第5話【突然変異】

 ――その夜


 テツは目を覚まし起き上がった。


「うぅん……むにゃ……」


 アンジもそれに気付き薄目を開けた。


(……)


 するとテツは洞窟の入口の方へと歩いった。


 ……チョロ、チョロチョロチョロ。


(小便か……)


 アンジは再び目を閉じた。


 チョロ…… プルプル!


「はぁ……」


 ブルッ!


 ……。


 ブル、ブルブルブル……。


 テツは小刻みに震え始めた、そして自分の両手をみるとその後堅く握った。するとテツは不敵な笑みを浮かべ、森の方へと歩き出していった。


アンジは眠っている……。



 ――次の朝


「ん、んん……」


 アンジが目を覚ました。横を見るとテツはぐっすりと眠っている、アンジは少し微笑むとテツを起こした。


「テツ、テツ朝だぞ」


「ん、むぁ、んー……あー、おはようアンジ……」


「おはよう、さあ仕度をして帰るぞ」


「んー、わかったー」


 二人は荷物をまとめ台車を押し、洞窟を後にした。


「ねえ、洞窟の入り口になんか紙が置いてあったけど、あれ置いたのアンジでしょ? なにあれ?」


「あれはお守りみたいなものかなー、寝ている間に襲われないようにってね」


「あの紙が?」


「ああ、魔法っていうのはね、物に宿す事が出来るんだ、だからあの紙に獣達が嫌がる系統の魔法を宿し置いておく事で、虫除けならぬ、獣除けになっていたってわけだ、当然いつかは消えてしまうものだけど、宿す魔法力が強ければ強いほど長い間効力を持っているんだよ、まあ僕程になれば寝ている間くらいの効力を持たすのはわけないね!」


「へー! 僕もや……」


「!!」


 アンジは突然なにかに気付き、テツの前に手を出し、歩みを止めた。


「ど、どうしたの?」


「しっ!」


「……」


 アンジは茂みの方に移動した。


「テツ、少しの間ここでおとなしくしているんだ、絶対にここを動くんじゃないぞ」


「う、うん……なんかあったの?」


「ああ……」


 そういうと、アンジは道を挟んだ反対の茂みへと進み、少し奥へ入ると足を止めた。


「こ、これは……」


 そこには数匹の獣達の死体が血まみれに横たわっていた。アンジは一匹の獣の死体の近くに寄り、指で血をなぞった。


(……血が、固まり始めている……襲われたのは数時間も前、もう近くにはいないか……)


 アンジは獣達の死体を一匹一匹見て回った。


「なんだこれは……」


 獣のほとんどは切り裂かれていて、切り口はまるで刃物できったかのような綺麗な切り口であった。


(これは獣同士の争いではない、こいつらを襲ったのは文明を持った人間だ……しかも石器なんかではなく、ちゃんと研ぎ澄まされた鉄の武器を使っている……いったい誰が? 俺の他にもこの島に上陸している人間がいるというのか? 目的はなんだ? まさか俺と同じ……? いずれにせよこの死体を見る限り相当な手練れだ、どんな奴かわからない今、用心したほうがよさそうだな……)


 アンジはテツのいる方へと戻って行った。


「アンジどうしたの? なにかあったの?」


(テツは森の動物達と仲良しだ、あんなものを見せたらきっと悲しむだろう……この事は伏せておいたほうが良いだろうな……)


「いや、なんでもないよ、気のせいだったみたいだ、さあ戻ろう」


「はーい!」


二人はその場を後にした。


 テントに戻るとアンジはテツに中で本を読んでいるようにと言って中に入れた。そして台車に詰めた石を一つ一つ手に取り、形などを確認し始めた。


(なにかを巻き付けた跡がある……形からみて……なにか棒のようなものに巻き付け武器にしたのか……? これは持つところに縄のような物を巻き付け、棍棒代わりにしたのか? これだけの数を見る限り……この民族は狩りだけの為ではなく、なにかと戦っていた……あの壁に描かれた……やはり……この島に存在しているのか?)


 アンジは暫くの間、調べを続けた。


「アンジー……」


「ん? どうしたテツ?」


「お腹空いたー……」


「ああ、ごめん、もうそんな時間か……ごはんにしようか」


「うん、ぐぅぅぅ……」


(あ、しかし食べ物ももう無いんだ、森へ行って調達してこなければ……)


「テツ、ちょっと森へ食料を調達しに行ってくる、そこでおとなしく待っててくれ」


「えー! 僕も行くー! ぐぅぅぅぅうう……」


「ははは、腹が減っているならあまり動かない方が良い、すぐ帰ってくるからいい子にしてなさい」


「うーん……はーい……ぐぅぅぅぅうう……」


 そういうとアンジは身支度を整え、森の方へと歩いて行った。



 ――――


「うん、なかなか熟していてうまそうだ」


 アンジは森で果物や木の実、山菜やキノコなどを籠いっぱいに集めた。


「よし、これだけあれば良いな」


(しかし最近果物や山菜ばかりだ、たまには脂のノッた肉も食わせてやりたいな……)


「ん……!!」


(しめた! あれはラギットか?)


【ラギット】

耳の長い小動物、草食でおとなしい、動きは素早く、夜は土を掘って土の中で眠る。


 アンジは身を潜め気配を消した。


(よし、まだこっちに気付いていない、なんとか仕留めて今夜のご馳走にしよう、テツのやつよろこぶぞー)


 アンジは腰からナイフ取り出し構えると、ジリジリと間合いを詰めて行く。


「……」


 アンジはナイフを振り上げラギットに飛びかかった!


「!!」


(なに!? 消えた!?)


 ナイフはラギットがいた木に突き刺さった。


(ど、どこへ?)


 ガサッ!


 音のした方を向くと、アンジは驚愕した。


(な、なんだこの生物は……?)


 目の前に姿を見せたのは、自分の身体程もある牙を生やし、目は釣り上がり血走っている、なんとも獰猛な顔付きをした生き物であった。


「グルルルル……」


 ラギットはこちらを見て喉を鳴らしている……。


(み、見たこともない生物だ……ラギットではないのか?)


 その時、ラギットは瞬時に鋭い爪で、アンジの右肩を切り裂いた。


「ぐわぁ!!」


(な、なんて速さだ!)


 ラギットは爪に付いたアンジの血を舐めると、不敵な笑みを浮かべた。


(こ、こいつは……)


 そしてラギットは何度もアンジに切りかかった。


「ぐわぁぁぁぁああ!!」


 アンジは地面に倒れこんだ。ラギットはまた爪を舐めてはアンジを見て、不敵な笑みを浮かべている。


(こ、こいつ、間違いない、楽しんでいる、感情があるんだ……)


「グルルルル……」


 ジリジリとラギットは徐々に間を詰めてくる。


「グルガァアー!!」


 ラギットは大きく口を開け、牙をアンジに向け襲いかかってきた。


「くっ!」


 アンジは横に転がり牙を避けた、すると大きな牙が地面に突き刺さった。


(痛め付けた後は食べようって腹か……だが、牙での攻撃ならなんとかなる速さだ……)


「グルルルル……」


 ラギットは牙を抜き、またアンジの方を向くと、ジリジリと間合いを詰めてきた。


(どっちだ……? 爪か? 牙か?)


「消えた!?」


 ラギットはアンジの目の前から一瞬姿を消し、後方から牙を剥き襲いかかった。


「うわぁっ!」


 ラギットの牙は、アンジの後方にあった木にめり込み、アンジはなんとかラギットの牙から難を逃れていた。


「ぐ、はぁ、」


 アンジは咄嗟に右手をポケットにいれ、火薬の入った筒を握った。


「んがぁ!!」


 次の瞬間、その右手をラギットの口に突っ込み力を込めた。


「グバァアア!!」


 アンジの右手はラギットの頭部と共に爆発した。


 ラギットは頭から煙を出しながら倒れた。


「はぁはぁはぁ……くっ!」


 アンジの右手は焼け焦げ、もはや感覚すら無くなっていた。


(いったいこの生物は……? この島に来て長い間が経つが初めて出会う生物だ……明らかに突然変異……いったいなぜ……)


 アンジは自分の右拳に包帯を巻き付け、散らばった果実や穀物を拾い集めた。


(とにかくテントに帰ろう……考えるのはその後だ)


 アンジは傷付いた身体を引きずりながらもテツのいるテントへと戻っていった。

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