第3話【不思議な少年】
――数時間後
辺りには大雨が降り出していた。
「んっ……」
アンジは目を覚まし、上半身を起こして辺りを見渡すと、目の前には頭の無いマグベシノの死体が横たわっていた。
(あの少年は一体……しかもどうやってあの一瞬でこいつの頭を切り落としたんだ……?)
アンジは立ち上がろうと身体を動かした。
「くっ!」
しかしダメージが抜けきれておらず、うまく立ち上がれない。
(暫く休養が必要だな……)
アンジはまた獣に襲われないよう、岩場の陰に身を潜めダメージの回復に務めた。
(回復魔法でも使えればもっと楽に事を進められたんだが……薬草にも限りがある……ここは気長に回復を待つか……)
――数日後
ダメージもすっかりと回復したアンジの目はある決意に満ちていた。
(あの少年を探し出そう! もしかしたらこの孤島に昔存在した、文明の手掛かりを持つ存在かもしれない……まさか生き残り? 親は? 他にも仲間はいるのか? 獣から俺を助けてくれたところを見ても、今のところこちらに敵意はないはずだ、なんとか探し出して話を聞き出すんだ……)
アンジはテントに入り装備を整えると、外に出て遠くを見回した。
(あの山で良いな、まずはこの孤島の全体を見渡せるあの山にのぼろう!)
そして山の方へと歩き出し、一時間程も歩くと山の麓までたどり着いた。
(近くで見ると思っていたよりかなり大きな山だな……この装備では少し辛いか……)
リュックに必要最低限の装備を入れ直し、杖を突き山を登り始めた。
「はぁはぁはぁ……」
最初こそ緩やかだった山路も、進むにつれ次第に急になってきた、アンジは帰り道を迷わないように、所々に目印を付けながら進んでいった。
さらに進むと勾配はどんどんキツくなり、ついには岩場に入り歩ける道はなくなった。
アンジはリュックから鉤爪をとりだし、岩に突き刺しながら岩場を登りはじめた。所々休める岩場を見つけては、その場所に降り、休憩を取りながら登って行った。
(これは容易に山頂までたどり着けそうにないな、酸素も大分薄くなってきたし、あまり飛ばすと酷く体力を消耗してしまう、ゆっくりと行くか。)
――数時間後
「はぁはぁはぁ……こ、ここが山頂か……つ、着いたー!!」
なんとか頂上に辿り着いたアンジは、孤島を見渡すと驚愕した。
「こ、これは……」
なんと、アンジの降り立った島の、反対側の大部分が火山灰に埋まり、焼け焦げていたのだった。
アンジはさらに目線を変えた。
(あの山が噴火したのか……この島の状況を見る限り、噴火したのはここ数年……)
アンジは島一周を見渡した。
(しかし思っていたより大きな島だな……これは島全体を周るにはかなりの時間が掛かってしまう、また凶暴な獣に出くわすかもわからないし、食料も大分減ってきた……一度国に戻って装備を整え出直すか……?)
するとアンジは紙を広げ、島の概要を書き留めた。東西南北に始まり、最初に自分が降りたった場所、テントを建てた湖の場所や洞窟の場所、今登っている山や噴火した火山の場所、焼けている規模などを事細かに書き留めた。
(一度国へ戻りこの地図を使って作戦を立て直そう……それにしても今日は大分時間が経ってしまった、降っている最中に日が落ちてしまったら危険だ、ここで一泊してから降る事にしよう)
アンジはリュックから毛布を出し羽織ると、食料を取り出し食べ始めた。食事が終わると毛布を身体に包み、そのまま眠りに付いた。
――次の朝
アンジは早々に支度を整え、長いロープを使い、岩場をスルスルと降っていった。途中休憩を挟みながらも、登った時よりもずっと早い時間で降っていった。そして山の麓までたどり着くと、途中置いていった荷物をリュックに詰め直した。
(地図が書けたのは大収穫だな! この島の探索も今後かなり楽になる)
そう思い、地図を片手に歩き出したその瞬間、右足首に何かが巻き付いた。
「うわっー!!」
アンジは足から勢いよく吊り上げられた!
「な!? なんだ一体!!」
自分が振られた方を見ると、大きな花が口を空けて待ち構えていた!
(肉食植物!? あ、あれはドローセラか!!)
【ドローセラ】
肉食植物、体長三メートルもある巨大な植物で、長く丈夫なツタを使ってありとあらゆる動物を丸のみにする。
アンジは勢い良くドローセラの口へと放り込まれた。
「ゴボゴボッ……!!」
すると服が溶け始めた。
(さ! 酸 !?)
アンジは腰からナイフを取り出し、ドローセラの内部に突き立て切り裂き飛び出した。
「はぁはぁ……こ、こんな植物までいるのか……まったくすえ恐ろしい島だ……」
(……はっ!!)
その時、アンジはまたあの時の気配を感じた!!
「誰かいるのか!? 誰だ!! 出て来てくれ!! 俺は怪しいもんじゃない!! 俺は考古学者で、この島の事を調べにここへ来た!!」
ガサッ。
「!!!!」
音のする方を見るとあの時の少年が木の陰から現れた。
「き、きみは……あ、赤い瞳……」
少年は不思議な赤黒い瞳をしていた、それは明るくもあり、暗くもある、なんとも不思議な瞳であった。
アンジが一歩踏み入ると、少年は眉間にしわを寄せた。
「あ、ごめん……君はこないだ僕を助けてくれたよね? 危ないところをありがとう、本当に助かったよ」
「……」
「僕の名前はアンジ……君の名前は?」
「……」
「御両親は?」
「……」
少年はずっと黙ったままでいた、するとアンジは少年の目線が自分の腰の方に向いている事に気付いた。
(ナイフ?)
「て、敵意はないよ」
するとアンジはナイフを腰から取り、地面に置いた。
「……」
少年はまだずっとナイフを見つめている。
(そうか、あの洞窟にあった文明の後を見る限り、鉄で出来たナイフを見るのは始めてなんだ)
するとアンジはナイフを再び拾い上げた。
「これはナイフって言ってね、こうやって草や細い木の枝くらいなら、簡単に綺麗に切ることが出来るんだ」
そういうとアンジは、近くにあった草や小枝を切って見せた。
「君もやってみるかい?」
そういうと、ナイフの柄の方を差し出した。少年は暫くナイフを見つめると、少しずつアンジの方へ歩み寄った。少年はそっと手を差し出し、ナイフを受け取ると近くにあった草を切ってみた。
「どうだい? いい切れ味だろう? 僕の国の有名な鍛冶屋に特注で作ってもらった一品物なんだ!」
(え?)
アンジがそう話した瞬間、少年は自らの手を切り裂いた!!
「な!? なんて事を!!」
アンジは少年の持つナイフを取り上げ、裂かれた手を掴んだ。
(失敗した!! いくら近付く為とはいえ、まだこんな小さな少年にナイフなんて渡すべきではなかった!!)
アンジは急いでリュックから薬草と包帯を取り出し少年の手に巻きつけた。
「よし、とりあえずこれで出血もすぐ止まるだろう……」
ふと、少年の顔を見ると、これだけの傷を負ったにもかかわらず、顔色一つ変えていなかった。
(こ、この子は一体……と、とにかく親御さんにこの事を伝えなくては)
「君のご両親はどこにいるんだい?」
「……」
「頼むよ、なにか喋ってくれよ……」
すると少年は始めて声を発した。
「……ん、あ、うぉう……」
アンジはそれを聞くと考え込んだ。
(まさか言葉をしゃべれないのか? いや、そんなはずは……年齢的にも五~六歳位だ、いくら文明が遅れていようとも、言葉くらいしゃべれてもいいはず……言葉の無い文明だったのか? いや、あの壁には文字らしきものが書かれていた、文字があるくらいなんだ、片言でも言葉があってもおかしくないはず……)
アンジは近くにあった花をむしり、少年の前に持ってきた。
「これはなんていうか、わかるかい?」
少年はじっと花を見つめた。
「うう、あ……」
次にアンジは石を拾い、少年の目の前に持ってきた。
「これは? わかるかい?」
少年はまた石を見つめた。
「う、あぁ……」
そうしてアンジはいろんなものを少年の前に持ってきては、それがなにかを聞いていった。
(放つ言葉に規則性は無い……やはり……この子は言葉というものを使っていない、知らないんだ……文字は書けるのか? あの洞窟に書かれていたのは間違いなく文字だ、あの文明に関わる子であれば、少なからず文字が書けるはずだ)
アンジは手頃な石を拾い、地面にいろんな文字を書いた。少年はそれをじっと見つめる。
「君も書いてみるかい?」
そういうと、アンジは少年に石を差し出した。少年は石を受け取り、地面に擦り付けた。しかし少年が地面に書いたものは、到底文字と思えるようなものでは無く、ただ線をジグザグに重ねただけのものであった。
(文字も書けない……? まさかあの洞窟の文明とは関係ないのか? ますますこの子の正体がわからなくなったぞ……しかし、言葉も文字も駄目ともなると、どうやって親の元に届ければ……? そもそも親もいるのか? 捨て子? まさか? こんな場所簡単にこれるはずもないし、第一こんな場所に捨てて行くなんて、この子を殺してくれと言っているようなものだ……)
アンジは暫く考え続けた。少年はその間、近くに生えていた草を手で払い遊んでいた。
(俺の国に連れて行くわけにもいかないし、かといってこのまま放っておくわけにもいかないし……)
アンジはまた考え込んだ。
(よし……ひとまずこの手の傷が癒えるまでは俺が面倒をみよう……その間に簡単な言葉でも覚えてくれれば、なにかこの子の手掛かりになる様な事を話してくれるかもしれない…)
「おい君!」
アンジは少年に声を掛けると歩み寄り、膝をつき手を差し出した。
「僕の今住んでいる所へ行かないかい? まあ、小さなテントで大した家ではないけど、その手もちゃんと治療しなくちゃいけない、その手が治ったら一緒にお父さんとお母さんを探そう」
少年はアンジの手をじっと見つめ、匂いを嗅いだりした。アンジは少し微笑むと、そっと少年の手を取り握り、テントのある湖の方へと共に歩き出した。
―― 一方
先程少年が手で払い切り落とした草の切り口は、まるで鋭利な刃物で切ったかの様な切り口であった……。
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