第7話【リヴ】

 ――数時間後


 船は帆に風を受け、波を切り大海原を掛けて行く。


「ねえー! アンジー!」


「んー? どうしたー? テツー?」


「このままこの船でアンジの国まで行くのー?」


「このまま北上すればあと三~四時間で、僕の知り合いの遠洋漁業をしている漁師の漁獲海域に入る! そこでその大型漁船に拾ってもらい、最寄りの港で降ろしてもらう! そこからは歩きだ!」


「歩くって! 近いのー!」


「どこで降ろしてもらえるかにもよるが、僕の国は内陸部だ! かなり歩くから覚悟しておくんだぞー!」


「えー!! 魔法でなんとかなんないのー!」


「そんな魔法があったら島でとっくにつかってるよー! なんだー? テツー! もう弱音かー?」


「違うよー!  アンジすぐ身体疲れちゃうから心配してんだよー!」


「なにー! 生意気なー! そんな生意気な奴はこうだ!」


 アンジは合わせた両手の隙間から、テツに向かって仕込んでいた海水を飛ばした。


「わっ! 冷て! やったな!」


 テツは船から腕を出して海水をアンジに向けて飛ばした。


「うわぷっ! こんのー!!」


 アンジもまた船から腕を出してテツに向けて海水を飛ばした。


「わー! つめてー!」



 ――船は勢いを増し北上していった。


 数時間程船を走らせると、アンジは船を停泊させた。


「この辺にいれば通るはずなんだが……」


 アンジはリュックから望遠鏡を取り出し、四方八方を見渡した。


「通るって、さっき言ってた漁船?」


「ああ、まあまだ陽が暮れるまで時間はある、気長に待とう」


「ええー、どんだけ待つのー? 暇―ひまーひまー」


「んなこと言ったって……あ! テツ! ほら! 魚!」


「え!? どこ!」


 船から身を乗り出して海を見ると、そこには魚が群れをなして泳いでいた。


「すげー! いっぱいだー!」


 ウズウズ……。


「ねえ行って良い?」


「はあ? 行くって飛び込むのか? ダメダメ! いくらテツは泳ぎがうまいからって、湖とは違って海には潮の流れってのがあるんだ、流されたらとても助けらんないし、第一濡れたまんま漁船を待ってたら風邪を引いてしまうよ、海で泳ぎたいならまた次の機会にな!」


「ちぇー……」


 テツは暫く海を泳ぐ魚の群れをながめていた。



 ――さらに数時間後


「お!」


 アンジはなにかを発見し、リュックをあさった。


「どうしたのアンジ?」


「漁船がいた! 僕達に気付いてもらわなくちゃ!」


「どうやって? ここからじゃ声も届かないよ」


「これを使うんだ!」


 そう言うとアンジはリュックの中から発煙筒を取り出した。


 火をつけると発煙筒は、何発も空高く打ち上げられた。


「これで気が付いてくれるはず……」


 アンジは望遠鏡を使い漁船を見た。


「よし! 進路をこっちに変えた! テツ! 漁船が来てくれるぞ!」


「本当!? やったね!」


 漁船はゆっくりと二人の船に近付き、目前まで来ると碇を降ろし、船を停泊させた。そして暫くすると船から梯子が二人の前に降りてきた。


「よし、テツ、先に登るんだ」


「え? でも船はどうするの? 荷物も沢山あるよ?」


「大丈夫! あとでまとめて引き揚げてもらうから」


「わかった!」


 そう言うとテツは梯子を登っていった、アンジもすぐ後から登っていった。二人が梯子を登り漁船の甲板へとでると、目の前に一人の男が現れた。男は恰幅が良く、肌は真っ黒く日焼けしていて、顔には真っ白い髭を生やしていた。


「やっぱりアンジくんだったか! どうだい? 調査はうまくいったのかい?」


「ご無沙汰してますリヴ船長、引き揚げて頂いてありがとうございます、調査はまだ途中なんですが、食料も尽きてしまったので、一度出直そうかと思いまして」


「そうかそうか、しかしその怪我はどうしたんだい? 大丈夫なのかい?」


「ええ、ちょっと島で、しかし順調に回復はしているので、お気遣いありがとうございます」


「そうか、なら良いんだが、部屋はあるから遠慮なく使ってくれ、大分疲れもあるだろう、今若いのに案内させる……ん!?」


 リヴはアンジの陰にいるテツに目をやった。


「で……その子は?」


「あ、ええ、寄った島で出会ったんですが、どうやら親とはぐれたみたいで、見つかるまでの間僕が面倒みようかと、名はテツと言います、ほらっ、テツ、挨拶しなさい」


「こんにちは……」


 テツはアンジの後ろから少し顔を出し頭を下げた。


「おお、こんにちは。テツくんていうのかい、君も部屋でゆっくりと休むがいい、食事の用意が出来たら声を掛けるから、ご馳走をたっぷり用意しておくから楽しみにしていると良いよ」


 テツは小さくうなずいた。


「それじゃアンジくん、部屋に案内するよ、おおーい! キン! アンジくんを部屋に案内してやってくれー!」


「へい!」


「船や残りの荷物なんかはワシらがやっておくから、部屋でゆっくりと休んでてくれ」


「すみません、ありがとうございます!」


「どうぞ、こちらになりやす」


 二人はキンに漁船内の部屋へと案内された。


「お荷物等は後ほどお持ちしやすので」


「ありがとうございます」


 二人は部屋へと入っていった。


「うわあ! テントより全然広いね! あ! これ布団ってやつでしょ! すげー! ぶよぶよしてる! あー! 窓もある!」


 テツは窓を開け海を眺めた。アンジは無邪気にはしゃぐテツを微笑ましく見ていた。


「さあ、旅の疲れもあるだろう、食事に呼ばれるまでの間少し休んでいよう」


「ええー!? アンジもう疲れたのー? 僕まだ平気! 船の探検したい!」


「勝手に船内をウロつくのはマズイよ、あとでリヴ船長に船内を見学させてもらって良いか聞いてあげるから……」


「本当!? 絶対だよ! じゃあ僕本読んでる!」


 そう言うとテツは本を取り出し読み始めた。


「やれやれ、本当に元気な子だ……」


 そうして二人は部屋でひと時を過ごした……。



 ――数時間後


(……大分日も落ちてきたな)


 アンジは火を付け明りを灯した。


「ん……むにゃ、明るい……」


「なんだ、本読んでると思ってたら寝てたのか」


「んー……この布団っていうのは何か魔法が掛けられているねぇ……」


「くすっ」


 その時、部屋の扉を叩く音がした。


「あ、はい」


「キンでやす、お食事の用意ができましたんで、お迎えにあがりやした」


「わかりました、今いきます!」


「さあテツ、食事を用意してくれたって、行こう」


「うん!」


 キンの案内で二人は船内の食堂へと向かった。


「うわぁ! すっげえ!」


 食堂には肉や魚や野菜にいたり、多種多彩な料理が並んでいた。


「がっはっはっ! 気に入ってくれたかねテツくん? いっぱい用意したから遠慮せず沢山食べるが良い! アンジくんにはこっちも用意してあるぞ、カタス産のラナ酒だ! 君の島での生活の話を肴に一杯やろう!」


「カタス産ですか! いいですねー」


「そうそう、あと娘のアミも今回の漁について来ててな、さっきアンジくんが来た事を言ったら大変会いたがっていたよ」


「アミちゃんが? 久しぶりですねー、いくつになりましたか?」


「八歳になったよ、時が過ぎるのは早いもんだ、ちょっと前まで寝小便垂れてたと思えば最近じゃ母親のイトよりもワシにガミガミ言いよる」


「ははは、リヴ船長も形無しですね」


「まったくだ! がっはっはっ! それにな、実は去年、お姉ちゃんになったんだよ!」


「ええ? そうなんですか!? そりゃめでたい!! おめでとうございます!!」


「ありがとう!! がっはっはっ!!」


 リヴはテツを見た。


「テツくん、アミはテツくんと年も近いだろうし、仲良くしてやってくれ」


「え? う、うん?」


「お! 噂をすればだ! おい! アミ! アンジくんだぞー!」


 リヴの声に気付き、奥の方から小さな女の子が三人の元へと駆け寄って来た。


「アンジさん!」


「やあアミちゃん! 久しぶりだねー、随分大きくなった、もう立派な女性だなー! それにお姉ちゃんになったんだって?」


「うん! うふふ、最近ね、パパにママに似てきたって言われるの」


「ああ! 確かに似てきた、イトさんに似て美人さんだ!」


「うん! 漁師のみんなもね、パパに似ないでよかったねって!」


「ははは! そうかー、でもパパだって力持ちで優しい良いパパじゃないか」


「ふふふ、あれ、アンジさんその腕どうしたの? 怪我したの?」


「ああ、まあ、ちょとね……この怪我の治療もかねて一度国に戻ろうかと思ってね」


「痛いの……?」


「平気平気! この子がいろいろと助けてくれたから、お陰で大分良くなってるよ、アミちゃんにも紹介するよ、仲良くしてあげてくれ、テツって言うんだ」


 そう言うとアンジはテツをアミの前へと出した。


 テツとアミの目が合った。


「ビクッ!」


 アミはテツを見るなりリヴの後ろへと隠れた。


「?? キョトン……」


「がっはっはっ! さては同年代の男の子を前に一丁前に照れてやがんだな! すまねえなテツくん、アミの奴こう見えてウブなとこがあるみてえだ、悪気があるわけじゃねえから気を悪くしねーでくれ」


「うん、大丈夫」


「さあ、いつまでも立ち話もなんだ、座ってジャンジャン食べてくれ! 今夜は宴会だ!」


「うわぁすっげえうまそー! いただきまーす!」


 テツは口いっぱいに料理を詰め込んだ。


「うめー!」


 美味しそうに食べるテツを見て微笑んでいるアンジにリヴは問いかけた。


「あの子……不思議な目の色をしてるな……」


「ええ……そうなんですよ、生まれつきなんですかね? 最初はなにかにぶつけたとかなのかと思っていたんですけど……」


「ふむ……それで……あの子の両親の手がかりはなにかあるのか?」


「いえ、それがまったくなくて……島も滞在中に出来る限りで探してはいたのですが……そんな中、この通りの負傷をしてしまい……両親も見つからないままこの子を島において出るわけにもいかず……」


「そうか、素直で明るい子だ、きっとご両親もさぞ心配している事だろう、ワシらもなにか力になれる事があればなんでも協力するから遠慮なく言ってくれ」


「ありがとうございます……」


(両親か、リヴ船長も子を持つ親だ、きっと他人事では無い気持ちでテツを見て心配してくれているんだろう……)


「ところでこの船は次はどこの港に立ち寄りますか?」


「ああ、次に寄る港はイソルベなんだが、君の国に帰るなら途中のマハミに寄った方が帰りやすいだろう、マハミなら明後日くらいには着くよ」


「そうですか、ありがとうございます。リヴさんにはいつもお世話になりっぱなしで」


「なに言ってんだい、ワシとアンジくんの仲だろう! がっはっはっ! さあ飲んだ飲んだ!」


 リヴはアンジのコップに大量に酒を注いだ。


「い、いただきます……」

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