第8話【風邪】

 ――二日後


「さあテツ! いよいよ今日港に着くぞ!」


「……むすぅー」


「あれ? どうした? なんか怒ってる?」


「だってアンジ、船の探検させてくれるって言ってたのにさせてくれない……」


(あ……そういやそんな約束したなぁ……)


「嘘つきは泥棒の始まりってアンジの本に書いてあった、つまりアンジは泥棒だ、泥棒め、ブツブツ……」


「い、いや、探検! 探検しよう! じ、実はリヴ船長にはもう許可も取ってあるんだよ!」


「え!? まじ!? そうなの? やった! 探検! じゃあ行こう!」


「あー! っと……その前に、ちょっとトイレに……」


「えー! 早くしてよー!」


「わ、わかった! すぐ戻る!」


 アンジは一目散にリヴの元へと向かった。


「リヴ船長!」


「ん? どうしたアンジくん、そんなに慌てて」


「実は……カクカクシカジカで……」


「がっはっはっ! もちろん良いよ! ただし、二人きりじゃ危ないところもあるから、ワシが案内しよう」


「ほっ……ありがとうございます」


 二人はリヴの案内の元、船内を周った。


「どうだいテツくん? 船もなかなか楽しいだろう?」


「うん! 僕も欲しい!」


「がっはっはっ! そしたら将来は立派な漁師になって、ワシらの仕事を引き継いでくれよ!」


「わかった!」


「おいおい、学者になるんじゃなかったのか?」


「どっちもなる!」


「あのな……」


「がっはっはっ! こりゃ将来が楽しみだ! がっはっはっ!」


 三人は船の水槽部屋へとたどり着いた。


「うわぁーすげー、魚がいっぱいだ!」


「凄いだろ? 捕った魚はこの水槽で鮮度の良いまま港に運ぶんだ、そうだ! 面白いものを見せてあげよう」


 そう言うとリヴは二人を一つの大きな水槽の前へと連れた。


「こ、これは」


「どうだい? デカイだろう? 南の海で捕ったんだ、体長約五メートルはある巨大なメザックだ! めちゃくちゃ暴れたが、まあワシの手で一捻りだ」


【メザック】

魚類で最大を誇る肉食魚、温かい海域に生息し、時には人を襲うこともある。


「凄いですね! でもこいつどうするんです?」


「ああ、カーガモゥという国に大きな水屋敷があってな、そこに売り出そうと思う、これだけのデカイメザックだ、きっと良い値で売れる」


「へー、凄いなテツ! カッコ良いな!」


「……うん」


「?? あんまメザックには興味ないのか?」


 その時、船が汽笛を鳴らした。


「お! どうやら港が見えてきたようだ、甲板へ出よう」


「はい!」


 一方、テツは巨大メザックを前にはしゃぐ事もなく、ただジッとメザックを見続けていた。


「あれがマハミの港だ! 小さい街だが情緒があって良い街だよ」


「リヴ船長はまだしばらく漁を続けるんですか?」


「ああ、今回は割と短い期間なんだが、それでもあと一ヶ月は国には帰れんかな……国に帰ったらイトによろしく言っといてくれ、なんせ短い漁だからといってアミを連れて来ちまったもんだから、きっと心配しているだろう……」


「そうだったんですか、分かりましたおニ人とも元気だったと伝えておきます」


「すまねえな」


「いや、とんでもな……? あれ? テツは?」


「おや? てっきりついて来てるもんかと」


「おーい! テツー! テツー!」


 柱の陰からテツが現れた。


「おいおい、なにやってたんだ、一人でいたら危ないじゃないか」


「うん……あのね、アンジ、また身体が……あ! あれが港!?」


「ああ、そうだよ、あの街から僕らの国へ向かうんだ!」


「へー! 小さな家がたくさんあるー」


 船は街の港に着き、碇を降ろした。


「ではリヴ船長、本当にありがとうございました」


「いいって事よ! また国で会ったら酒でも飲もう!」


「はい! 是非」


「テツくんもまたな!」


「うん! またね!」


「しかしアミの奴、アンジくんが行っちまうってのに、見送りにも来やしねーで、なにやってんだか!」


「いや、いいんですよ、アミちゃんも慣れない遠洋でいろいろと疲れているんでしょうし、よろしく言っておいて下さい」


「そうか? なんだか悪いねぇ」


「いえ、ではそろそろ行きます、リヴ船長も気を付けて、また会いましょう」


「ああ、また! 元気でな!」


 アンジはリヴとガッチリ握手をし、テツと二人、街の方へと歩いて行った。


「行っちまったな……ん? あ、アミ! なにやってんだそんなところで、アンジくん行っちまったぞ! ろくに挨拶もしねーで!」


 アミはうつ向き、リヴの服をギュッと掴んだ。


「こ、こわい……」


「ん? 怖い? なにが?」


「あの子……こわいよ……」


「あの子? テツくんのことか? 素直で好い子じゃないか」


 アミは少し震えている。


 リヴはテツ達の向かう方向に目を向けた。


(怖いって……ただ、不思議な存在感はあったな……)



 ――――


 二人は港を出てマハミの街中を歩いていた。


「へえー、活気があって良い街じゃないか、どうだいテツ? 初めての街は?」


「凄いね! 人がいっぱいいる!」


「そうだね、人と人が助け合い、寄り添って生きているんだ、森とはまたひと味違うだろ?」


「うん! 人がいっぱいいるって楽しそうで良いね!」


「ああ、テツは人が好きか?」


「うん! 面白いと思う!」


「そうか、僕の国に着いたらいろんな人を紹介してあげるよ」


「本当!? どんな人なんだろー」


「それは着いてからのお楽しみだ!」


「わかった! じゃあ急ごう!」


「え? いやいや、ここからまだまだ先だから、あんま飛ばすとバテちゃうよ、焦らず気長に行こう、今日はマハミを抜けて次のゴサマっていう街に着ければ十分だから」


「えー、アンジもう疲れたの? 置いてくよー」


「おいおい……」


 二人はマハミの街を眺めながら、ゴサマに繋がる山道まで歩いた。



 ――その後、マハミの街で起こる惨劇を、二人が知るのはまだまだずっと先の事である……。



「はぁはぁ、テ、テツー……歩くの速いよ、もう少しゆっくりあるこう……」


「えー! だって早く着きたいじゃん! アンジもっと速く歩けないのー?」


「そんな事言ったってこっちは荷物だってあるし」


「もう、だらしないなぁ……」


 そう言うとテツは、アンジが引いてる台車の後ろへ回り、勢いよく押し始めた。


「それー!」


「う、うわあー!」


 台車は凄い勢いで走りだし、アンジはそのまま台車の上に転がった。


「ちょ! ちょ!! 速! 速いよ! と! とめ! い、いや……ら……楽…… だ……」


「アンジはそのまま休んでて良いよー! 僕がこのまま国まで押してってあげる!」


(いやいや、国までって、あとどんだけあると思ってんだか……しかしこの勢いなら日が暮れるまでにゴサマに着けそうだな……)


「よーし! 行けテツー!」


「おー!」


 台車は勢いを増し、山道を駆け抜けて行った。



 ――――


「テツー! 大丈夫かー? そろそろ疲れたんじゃないのかー?」


「えー? なにー?」


「つー! かー! れー! てー! なー! いー! かー?」


「んー! 全然大丈夫だよー! このまま真っ直ぐで良いのー?」


「ああー! このまま真っ直ぐだー! まっす……ま……? だ、だああ! み右! テツ右―!」


「えー? なにー?」


「ああぁぁぁぁああああ!!」


 台車はその勢いのまま、山道を外れ、林の中へと突っ込んで行った。


「だあああああああ!!」


 木々を掻き分け、すごい勢いで林を降っていく。


「きゃあぁぁぁああああ!!」


 林の先は崖になっていて、アンジは崖下へと落ちていった


「どわぁぁああああ!!」


 ドッッボーン!!


 崖の下は川になっていて、アンジは川へと落ちた。


「わっぷっ! ぶはぁ! な、流れ! 流れ速! ぶわっー!」


 川の流れは速く、アンジはすごい勢いで流されていった。


「!!」


 その時、一本のロープがアンジの元へと投げ込まれた。


 アンジはすぐさまロープを掴んだ。


「ぶはっぷ! ぶはっぷ! た、助かった……」


「アンジー! 大丈夫―!」


 ロープはテツが崖の上から投げたものだった。


「テ、テツ……た、助かった……」



 ――――


 アンジは火を起こし、濡れた服などを絞り、乾かしていた。


「は、は、はっくしょーうぃ!」


「アンジ大丈夫?」


「あ、ああ、今日はもう日が暮れるし、ここで一泊して行こう」


「ごめんね、アンジ……」


「いや、むしろテツが助けてくれなきゃあのまま溺れてたかもしれない、ありがとな」


 そう言ってアンジはテツの頭を撫でた。



 ――翌日


「うーん……うーん……」


 アンジのうめき声にテツが気付いた。


「どうしたのアンジ?」


「ど、どうやら風邪を引いたみたいだ……」


「風邪!?」


 テツはアンジの額に手を当てた。


「わっ! 凄い熱いよ! これまずいんじゃないの?」


「ん、ああ、大丈夫だ……暫く休んでれば良くなるよ……」


「本当に? 本当に大丈夫なの? 凄い苦しそうだよ?」


「あ、ああ、すまないが少し休ませてもらうよ」


 そう言うとアンジは毛布に包まった。


 テツは少し考えると、リュックを漁り一冊の本を取り出した。


「風邪……風邪……あった! えーと、暖かくして、栄養、薬……暖かくはしてるから……栄養……薬……」


 テツは立ち上がり、アンジの方を見た。


「アンジちょっとまってて! 栄養と薬持ってくる!」


 そう言うと、テツは物凄い勢いで林の中へと駆けていった。


(栄養は食べ物の中に入ってるって前にアンジに聞いた事がある、あとは薬だ、薬は売っているものだ、てことは町を探さないと……よし……)


 テツは林の中にある一番大きな木を目指して走った。木に近づくと、思いっきりジャンプして一本の太い枝につかまり、重力と体重を使って目一杯枝をしならせた。


 思いっきりしなった枝は勢いよく元に戻り、その勢いでテツは空高々に跳ね上がった。


 空高くに跳ね上がったテツは、辺りを見回した。


(んー……あった! 町だ!)


 テツは着地するや否や、さっきよりもっともっと速いスピードでその町のある方へと林を駆け抜けていった。


 テツの見つけた町は、マハミでもゴサマでもなく、ソガと呼ばれる小さな町で、小さいながらも文明の進んだ町であった。


 そしてテツはあっと言う間にソガの入口へとたどり着くと、中に入って行った。


(どこで薬って貰えるんだろう?)


 テツは世間話で盛り上がっているニ人の女性に聞く事にした。


「ねえ、風邪の薬ってどこにあるの?」


「え? あ、風邪薬? えっと……そこの道を真っ直ぐ行って、三つ目の曲がり角を右に曲がったところに薬屋さんがあるわよ」


「そう、ありがと!」


 テツは薬屋へ向け走り出した。


(三つ目、三つ目、ここか……? あった!)


 薬屋に着くとそこには、痩せこけた体に髪はボサボサの、丸いメガネをかけた店主が座って本を読んでいた。


「ねえ、風邪の薬頂戴」


「ん? ああ、風邪薬ね、よっこいしょ」


 店主はゆっくりと腰を上げ、棚から風邪薬を取り出しテツに渡した。


「ありがと!」


 テツは風邪薬を受け取ると、その場を去ろうとした。


「はあ!? ちょちょちょ! ちょっと待て坊主!」


 慌てて店主はテツを引き止めた。


「お前金は? 金を払わんか!」


「え? あ……」


 テツは前にアンジから、物を貰うときにはお金を払うということを教わったのを思い出した。


「お金……無いんだ……頂戴!」


「はあ!? 馬鹿かお前!? こんな高価なもん、タダでやれるわけないだろう!」


「アンジが風邪引いてるんだ! いいじゃないか! 頂戴よ!」


「阿保な事抜かすなこのガキ! さっさと薬返せ!」


 店主は強引にテツの腕を引っ張り薬を取ろうとした。


「ムッ……」


 テツは店主を睨みつけ、反対の腕を構えた。

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