第23話【道徳】

 ――王室


「シラウです、入ります」


 シラウは扉を開け、王室へと入った。


「お呼びでしょうか国王様」


「うむ……例の少年の処分じゃが、一週間後にサリヴの谷にて処刑する」


「かしこまりました」


「処刑時にはメダイ部隊を同行させる、十分に理解しとるとは思うが、非常に危険な少年じゃ、細心の注意を払うようにと伝えよ」


「はい、承知致しました」


(テツよ……悪く思わんでくれよ……これも国の、人類為じゃ)


「!!!!っら!!」


「!!んん」


「!!!!さまっ!!」


 扉の向こうで誰かが揉めているような声がした。


「なんじゃ?」


「!?」


 王室の扉が勢いよく開いた。


「はあはあはあ……」


「アンジ……」


「国王様……テツをどこにやったんです? テツをどうするおつもりですか!」


「貴様! 国王に向かって無礼であるぞ!!」


 国王は黙ってシラウの前に手を出しシラウを静止させた。


「国王さま……」


「アンジよ……テツは地下牢におる、テツがなにをしたかは、お主ももう知っておるのじゃろう?」


「知ってます、しかしそれには!!」


「アンジよ!!」


「!?……」


「質問を変えよう……テツがどういうものか、知っておるのじゃろう?」


「……テツに、とてつもない力が秘められているのは知っています……そして、国王様達が、その力を人間にとっての脅威と感じていることも……しかし、まだ人間の敵になると決まった訳では無い!」


「決まった訳では無い……確かにそうじゃ、しかし、敵にならんと決まった訳でもなかろう……? もし敵になった時、その時のリスクを考えるととても計り知れん、もし、あやつがこの世に解き放たれ、好き放題し出したら、この国はおろか、世界まで滅ぼしかねん……ワシにはその危険を未然に防ぐ義務がある」


 アンジは拳を強く握りしめた。


「だから処刑ですか? 計り知れない力を持っているから……いずれ脅威になるから……」


 アンジはさらに拳を強く握りしめた。


「大きな力を持っているなら、正しい使い方が出来るように教えてやればいい……過ちを犯したら、その度に何度も、何度も、正してやればいい……教えるべき立場の私達大人が、はなっからその義務を投げ出すなんて……」


 アンジの拳から血が滲み出した。


「そんなの大人の怠慢だろう!!」


 アンジは壁を思いっきり叩いた。


「人類の脅威?! いつか脅かす!? 言葉の通じない獣や怪物ならともかく! テツは言葉の通じる人間です! みんなと同じように、痛みも感じるし、悲しみだって、喜びだって、みんなとなんら変わりはないんですよ!! 純粋で素直な子共なんです! このままちゃんと育ててやればきっと立派な大人になります! あの力だって! きっと将来この国の大きな力になります!!」


 シーン……。


「……ふぅー……」


 国王はため息を吐き、窓の方へと進んだ。


「みんなと変わらない、純粋で素直、か……」


「そうです!! だか……」


「それが問題なんじゃ!!」


「!!??」


「……」


「そ、それが問題って……?」


「あの子が獣や怪物ならどんだけ楽か、言葉を話せなければ、理解出来なければ、純粋で無ければ、素直で無ければ、人間と同じで無ければ、どんなに楽だったことか……」


「こ、国王……? どういう……?」


「テツと話をしたよ」


「え? テツと?」


「確かに、素直で良い子じゃった、それと……よっぽどお前さんが好きなんじゃな、お前さんの話をし出した途端、目をキラッキラとさせておったよ」


「テツ……」


「アンジよ……この世の中で一番恐ろしいものはなんじゃと思う? 獣か? 怪物か? 天災か? いいや違う、人間じゃ……テツは強大な力を持っていながら人間に近づき過ぎた……」


「……」


「最初に出会ったのがお主だからまだよかったんじゃ……もし、テツが最初に出会ったのがお主じゃなく、悪意のある者じゃったら今頃どうなっていたか……」


「なら、この先も私が!」


「お主、この先ずっとテツに、お主以外の人間と接触させんつもりか? テツがそれで納得すると思うとるのか? そんなもん、今牢屋で監禁しとるのとなにも変わらんじゃないか?」


「そ、それは……」


「人として生き、人と接する中で、少しずつ起こっていったテツの変化に、お主も気が付かなかったわけでもなかろう?」


「……」


 アンジは目を下にそむけた。


「人間のワシがこんな事を言うのもなんじゃがな……」


 国王は、窓の外から遠くを見つめた。


「人間は醜い生き物じゃ……私利私欲に溺れ……嫉妬、妬み、裏切り、浅ましく、あくどい……醜悪な生き物じゃ……」


「……」


「テツがそんな人間と接していく中で、それでも人間を好きでいると思えるか? いいや、無理じゃ……そして、純粋で素直だからこそ、そんな人間程、人の醜悪に触れた時、屈折しやすいもんじゃ」


「だからって!」


「ああ……確かに、普通の人間なら例え人間の醜い部分を見つけたとて、人類に影響を与えるような事など到底ないじゃろ、せいぜい身近な人々に影響を与えるくらいなもんじゃろう、しかしあの子は違う……」


「……」


「もし、消したいと思う相手を、簡単に消せるだけの力を持っていたら……」


「人間には道徳というものがあります!! そしてそれを教えていくんです!!」


「そうじゃ、人間には道徳というものがある、しかしそれは誰に教わる? 最初は親、親戚、近所の親父、教師、先輩、上官、そこには絶対的な格差が存在しとる……言ってみれば皆、逆らえん相手に躾けられ、時には頭を抑えられ無理くり教えられ、叩き込まれ、身につけているんじゃ……しかし、絶対的な相手をもはるかに超える力を身に付けた人間は、はたしてどうかの?」


「そ、それは根気良く教えていけば」


「だから……お主、この先ずっとテツに、お主以外の人間と接触させんつもりか?」


「いや、それは……」


「テツには申し訳ないが、人間が、こんな生き物だからこそ、彼をこの世に存在させることは出来んのじゃよ……」


「そ、そんな……」


 アンジは唇を噛み締め、拳を握りしめた。


「アンジ!!」


 アンジは走り去って行った。


「シラウ!」


「はっ!」


「アンジは恐らく地下牢へ向かった、テツを助けるつもりじゃろう、捕まえテツの処刑までの間、投獄しておくのじゃ」


「ははっ!」



 アンジは地下牢へと走っていた。


 ――人として生き、人と接する中で、少しずつ起こっていったテツの変化に、お主も気が付かなかったわけでもなかろう――


(そんなの関係ない……テツは、テツは俺の家族なんだ……殺させやしない……必ず俺が助けるんだ!)

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