第22話【取り調べ】

 アンジは雨の中、ずぶ濡れになりながら重い足取りで家へと向かっていた。


 数十分後、家に着くと扉を開け、中へと入った。


「?!」


 するとアンジは真っ暗な部屋の奥に気配を感じた。


「サ! サオ!」


 そこにはうなだれうつむくサオの姿があった。


 アンジはサオに駆け寄った。


「サオ! どうしたんだ! 大丈夫か!? いったいなにがあったんだ!?」


「ア、アンジ……?」


 サオはゆっくりと顔を上げ、アンジの顔を見た。


「う……うわぁぁぁあああ!!」


 サオは泣きながらアンジに抱きついた。


「ごめんなさい! わたし、わたしテツくんを守ってあげられなかった! テツくんが! テツくんが殺されちゃう! 殺されちゃうよ! うわあぁぁぁあああ!!」


「な!? テツが!? まさか警備隊に捕まったのか?!」


「うっうっ……テツくんは、わたしを守る為に人を殺めてしまって、国王様はテツくんを危険人物と見ているの、いつか人類を脅かすって、だから、だから今のうちに処分するんだって……」


「な!?」


「わたし、テツくんを守ってあげれなかった……わたしが守ってあげなくちゃいけなかったのに、わたしがしっかり、守ってあげなきゃいけなかったのに……ふぅぅぅ……」


「サオ……」


 アンジは理解した、サオの言う(守ってあげなきゃ)と言う言葉の真意を、サオがテツに秘められた強大な力になんとなく感付いていた事を。


(サオ、君はそこまで理解していたのか……いや、もちろん確信があったわけではないだろう、薄々感付いているなかで、なんの隔たりもなくテツと接し、尚且つ間違った方向に導かれないよう、色眼鏡でみてくる他人の目からテツを守ろうとしてたというのか……)


 アンジは唇を強く噛んだ。


「……」


 そしてサオの両肩を掴み、サオの目を見た。


「サオ、ありがとう……君は悪くないし、君は間違った事は何一つしていない」


「でも、でもテツくんは、うっうっ……」


「大丈夫! テツは僕がなんとしてでも助け出す!」


「アンジ……」


「そしてまた三人で仲良く暮らそう」


「うっうっ……」


 サオは深く頷いた。


(テツ、待っていろ……必ず助け出してやるからな)



 ――城内


 国王はテツを捕らえたという知らせを受け、城の地下奥深くの牢獄へと向かっていた。


「あちらでございます」


「うむ」


 国王はテツのいる牢獄の前に立った。


「……」


「久しぶりじゃのう……」


 太い鉄格子に囲まれた牢屋の奥で、両腕両足に巨大な手枷足枷を着けられたテツの姿があった。


「お主に初めて会ったのは、アンジが島での調査を終え、帰還の挨拶をしに来た時じゃったの」


 テツは顔を上げ国王を見た。


「王様……」


「うむ……」


 国王はその場に腰を落とし、座り込んだ。


「国王様! 只今椅子をご用意いたします!」


「いや、よい……それと、お主等はもうええ、下がっておれ、ワシとこの少年の二人きりにしてくれ」


「し、しかし!」


「いいから……」


 国王は護衛の者を睨み付け、言い放った。


「は、はい……で、では、なにかありましたらすぐお呼びください」


「うむ」


「し、失礼します」


「……」


「さて……」


 国王はジッとテツの目を見つめた。


「テツと言ったな、お主は一体なに者じゃ? どこから来た? 親は? アンジとはどう出会い、何故行動を共にしとる?」


「……」


 テツは不意に立ち上がり、手枷足枷を引きずりながら、部屋の隅へと移動し、小便をし始めた。


 その後、また元の場所に戻ると腰を落とした。


「……」


「ふむ、すまん……質問を絞ろう、お主はどこから来た?」


「……知らない」


「知らない?」


「気がついたら島にいた」


(気がついたら? 記憶喪失?)


「アンジと会うまでの間はどうしてたんじゃ? あの危険な島でどうやって過ごした? 食料は?」


「どうやってって……アンジと会う前の事はもうあんま覚えてないよ」


「そうか……食料は? 食べ物はどうしてたんじゃ?」


「食べ物は、動物とか、木の実とか食べてた」


「動物? 島のか?」


「うん」


「死骸などを見つけて食べてたのか?」


「死骸? ああ……殺して食べてたから、死骸っちゃあ死骸だね」


「殺してって……お主がか?」


「そうだよ」


(あの島の動物はかなり獰猛で危険な獣ばかりな筈じゃぞ……)


「なにか道具を使ったり、罠を張ったりしたのか?」


「いや? そんなの知らなかったし、でもアンジがいろいろ教えてくれたよ!」


「素手で……狩っていたと……」


「うん、でもねー、一度アンジ、自分で作った罠に自分で引っかかってたー! あの時は笑ったなー! あはははー!」


(話に聞いた身体能力からすれば、あながち嘘とは言えん話か……しかし、獰猛な獣を素手で制圧するとは……一体どれ程の……ゴクッ……)


 テツの話に唾をのむ国王をよそに、テツは愉し気にアンジとの思い出を語り始めた。


「あとねー! 川で釣りしてたら、アンジの竿にデッカい魚が掛かったんだけどねー! 大き過ぎて、釣るどころか川に引きずり込まれて、逆に魚に釣られちゃった事もあるんだよー! あはははー!」


「……お主、随分とアンジを慕っとるようじゃの?」


「うん! アンジはなんでも知ってて、色んな事を教えてくれるんだよ!」


「そうか……」

(なるほどの……アンジといる事で、ある程度の抑制にはなっとった訳か……)


「テツよ……」


「なに?」


「ワシに、アンジと出会ってからの、二人で過ごした日々の出来事を教えてくれんかの?」


「うん! いいよー! まずねー、初めてアンジを見たのがー」


 テツはアンジと過ごした日々を愉しそうに語った。



 ――――


「でねー! アンジのお尻から、こんなデッカいのが出てきたんだよー! あはははー!」


「はっはっは! ふむ……テツよ……」


「え?」


「アンジが好きか?」


「うん! 大好きだよ! 大切な人!」


「そうか……では、人間は好きか?」


「人間?」


「うむ」


「……わかんない……」


「わからない?」


「最初は、島でアンジと二人きりでいて、一緒に国に行こうって誘ってくれて……そこには僕等の他にも、たくさんの人間がいるって言われて」


「ふむ、それで?」


「アンジは人間は良いもんだって、僕にもいっぱい仲良くなって欲しいって」


「うん」


「リヴとか、エイ婆とか、サオとかは、楽しくて、アンジみたいに色んな事を教えてくれて、確かに面白いなって思ったんだけど」


(面白い……か……)


「中にはそうでもない人もいるんだなって……」


「そうでもない人とは?」


「サオをイジメた奴とか、、トビをイジメてた奴とか」


「そうか……そやつらを見てなにを思った?」


「別に、消しちゃえばいいと思うんだけど」


「ぬぅ……」


 国王の目つきが変わった。


「消す……とは、殺してしまえば、と?」


「うん! でも人が死ぬとアンジが悲しむんだよ……人が死ぬのが嫌だって……だから我慢してた」


「我慢か……しかし、サオを襲った奴等は殺したのう? それは何故じゃ? 我慢出来なかったか?」


「ううん……アンジに、大切な人を守る時は手を出していいって言われてたから! それを思い出して!」


「手を出して良いとは、殺して良いと?」


「ん? いや、手を出して良いって……あれ? 殺すのは駄目だったのかな?」


「我慢……と、言ったな、この先もずっと我慢を続けて行くのか?」


「うーん、じゃないとアンジが悲しむから……でも、我慢し過ぎてなんかたまにおかしくなりそうな時があるんだよね……」


「もし、我慢しなくて良いと、そうなったらどうする?」


「そりゃあ嫌いな人間は全てけすよー!」


「そうか……そん時はワシも消されるんかの?」


「うん!」


 テツはニッコリと笑い、言い放った。


「……」



 ――――


 国王は話を終え、牢獄部屋を出た。


「国王様! 大丈夫でしたか?」


「うむ、シラウ大臣にワシの部屋へ来るように伝えよ」


「はは!」

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