第10話【訃報】

 ――ガルイード王国入口


「わー! すっげえデッカい扉……」


「ああ、周りが山ばかりだから、野生の動物が入れないよう、大きな壁で囲ってあるんだ」


 二人は門をくぐり、ガルイード王国へと入って行った。


「久しぶりだなー、帰って来たんだなー」


「これからどうするの? アンジの家に行くの?」


「そうだね、その前に国王様に挨拶しに行かなくちゃ」


「国王様?」


「ああ、この国で一番偉い人だ」


「へー、こんにちはって言えばいいの?」


「はははっ! そうだね、テツの事は僕が紹介するから、テツはこんにちはって挨拶だね」


「わかったー!」


 二人は街の中心にある、大きな城に向かい、門番の前へと着いた。


「アンジです、帰還のご報告に参りました、国王様へのお目通りを願います」


 二人は城の中へと案内され、国王を待った。


「おお、アンジよ、長旅ご苦労であったな、調査の方はどうじゃ? なにか良い発見はあったか?」


「はい、調査の方はまだ途中の段階にあります、しかし、見ての通り腕を負傷しまして、治療と食料補充の為、一時帰還しました」


「そうか、それは難儀であったな、して、帰って来て早々なんじゃが、お主にとっても非常に残念な知らせがある……」


「はあ、残念な知らせ……?」


「お主もよう知っとる、この国で唯一の漁師でもあるリヴが、数日前にマハミという町で怪物に襲われ……死んだ……」


「な!!?? リヴ船長が??!!」


「ああ……」


「な、なぜ! 怪物ってなんです!? 一体どうして!?」


「ん……まあ、落ち着け……これからする話はあまりに常軌を逸しておる、ワシとて混乱しとるんじゃ、どうか気を落ち着かせて聞いてくれ」


「くっ……」


 アンジは拳を強く握りしめ、懸命に気を落ち着かせた。


「その怪物は日中に突如として現れたらしい……素手で建物を破壊し、片手で大の大人を軽々持ち上げたそうじゃ、しかし、なにより驚きなのはその容姿じゃ」


「容姿?」


「ああ、メザック……じゃよ」


「メ、メザック?」


「体長七メートルはあろう巨大なメザックに腕と足が生えていて、四つん這いで暴れまわったそうじゃ」


「なっ! なんだって……!? アミちゃんは!? アミちゃんは無事なんですか!?」


「ああ、娘のアミは怪我こそ負ったものの、命は無事じゃ」


「ほっ……」


「しかし、身体もそうじゃが、心に深い傷を負ったじゃろう……」


「……」


「リヴは娘のアミをかばって死んだらしい……」


「なっ!!」


「目の前で怪物に父親を殺されたんじゃ……ショックだったんじゃろう……それ以来一言も口を開いていないらしい」


「くっ!! アミちゃん……リヴ船長……」


 アンジは立ち上がり走りだした。


「待てアンジ! どこへ行く気じゃ!」


「マハミへ!! マハミへ行きます!!」


「愚か者!! そんなボロボロの身体で行ってどうしようと言うのじゃ! 第一、お主はその腕の治療の為に、この国に戻ってきたんじゃろう」


「し、しかし!」


「マハミにはすでに、我が国の兵士が救援物資と共に向かっておる、お主は一度家へ戻り、休養とその腕の治療に専念しろ! その間にまた新たな情報も入ってくるじゃろうて」


「くっ、リヴ船長……アミちゃん……」



 ――――


 二人は城を出てアンジの家へと向った、アンジは唇を噛み締め、拳を強く握り、険しい顔をしている。


「ねえ、アンジどうしたの?」


「ど、どうしたのって……テツだって聞いていたろ? リヴ船長が亡くなってしまったんだぞ……」


「ふーん……亡くなったって死んじゃったって事だよね? 動かなくなっちゃったって事?」


「そ、そうだよ……」

(な、なんでこんな平然と……?)


「へぇー、見たかったなぁ……」


 テツはなんとも言えない不気味な顔でそう言い放った。


「な!!?? テツ!!」


 アンジはテツの両肩を掴んだ。


「なんて事を言うんだ!? リヴ船長が死んだんだぞ! 悲しくないのか?! テツだってリヴ船長とは仲良くしてただろう!」


「え……? あ、うん……アンジなんで怒ってんの……?」


(なんて事だ! この子には悲しいと言う感情がないのか!? いや、そんなはずは無い……しかし、島でずっと一人でいたんだ、だれかの死に直面した事は確かに今までなかったのかも……動物の死は? 動物が死んだ時、悲しいと感じなかったのか?  またどこかで会えるとでも思っているのか? しかし、人が死んで悲しいと思えないなんて、人間としてなにか欠乏している、もしそれが解らないと言うなら、僕が教えなきゃ……僕は今テツの親代わりなんだ……)


 アンジはそっと、テツの前にしゃがみ込んだ。


「テツ……人が死ぬって言うのはね、とても悲しくて、辛くて、寂しい事なんだよ……楽しかった思い出も、二度と繰り返せない、もう二度と会えないんだ……」


「悲しい……辛い……寂しい……」


 アンジはテツの胸に手を当てた。


「ああ、ここがね、ギュッと締め付けられるんだ、そして涙が溢れてくるんだ……」


「胸が……ギュッと……」


「ああ……」


「アンジ……リヴが死んじゃって悲しい? 辛い? 寂しい?」


「ああ……テツだって、まだうまく表現出来ないってだけでそうなんだよ、人が死ぬと人は悲しむんだ……だから、だから命は大切にしなきゃならないんだ」


「人が死んだら……人が悲しむ……命……大切……うん! わかった!」


「――アンジ!!」


 すると、突然後ろの方から女性の声が聞こえ、二人は振り返った。


「サオ!!」


 アンジの婚約者であるサオだった、サオはこっちへゆっくりと近づいて来た、アンジも軽く駆け寄った。


「お帰りなさい!」


「ああ、ただいま!」


「身体は大丈夫? 怪我は無い?」


「ああ……いや、実は、腕を怪我してしまってね、その治療も兼ねて、一度帰ってきたんだ」


「ええ? 大丈夫? ちゃんと後でお医者様に看てもらわなくちゃ」


「ああ、そうだな、しかしそんな事より、国王様に聞いたよ……リヴ船長が……」


「ええ……私も数日前に、聞かされたわ……」


「はっ!! イトさんは? イトさんはどうしてるんだ? 大丈夫なのか?」


 サオは首を振った。


「リヴ船長さんの話を聞かされた直後は気が動転していて、精神状態が不安定な状況にあったんだけど……アミちゃんに私が着いていてあげないとって、兵士と共にマハミへ向ったわ……」


「そ、そうか……」


 アンジの脳裏にリヴとの約束が蘇った。



 ――お二人とも元気だったと、伝えておきます――



 アンジは拳を堅く握りしめた。


「くそっ!」


 サオはアンジの陰にいるテツを覗いた。


「あの子は?」


「ん、ああ、島で出会ったんだ、親がいなくて探してるんだけど、この子一人きりで島に置いて行くわけにもいかないから、一緒につれて来たんだ、暫く僕が面倒見ようと思ってる」


「そ、そう……じゃあ私アンジの家に一緒に行くわ、その手じゃなにかと不自由だろうし、暫くの間、私も一緒に面倒見るわ」


「すまない、助かるよ」


「いいのよ」


 そう言うとサオはテツの方へと歩み寄り、しゃがみこんだ。


「こんにちは」


「こんにちは」


「お名前はなんて言うの?」


「テツ」


「テツくんて言うんだー、お姉さんはサオって言うの、これからお姉さんも一緒にアンジの家に行ってもいいかな?」


「うん、いいよ!」


「うふふ、ありがとう、長旅疲れたでしょう? お家に着いたらお風呂沸かすね」


「おふろ??」


 テツは首をかしげた。


「あ-……サオ、その子はその……あまり、この世界の事を知らないんだ」


「え?」


「あとで、詳しく話す……」


 三人はアンジの家へと向かった。



 ――翌日


 アンジは腕を看てもらう為に病院へと向った。


「なんじゃ? 腕だけ丸々一本火傷するなんて、一体お主なにしたんじゃ? しかしまあ順調に治ってはいるのう……どこか別の病院にでも通ってたんか?」


「いえ、怪我をしたときに、ナオズキスを使ったので」


「ナオズキス!? なんでお主がそんな高価なもんを?! 一体どこで手に入れたんじゃ? あんなもん買おうもんなら十万ギットはくだらんぞ!」


「あぁ、いや、たまたま調査で向かった島で……」


「調査でー? お主一体なにもんじゃ?」


「まあ、一応考古学者を……」


「考古学者? ふーん、あんま賢そうには見えんけどのう……ナオズキスに咲く花の花粉は猛獣が好む匂いと言われとる、故にナオズキスの周りには必ず猛獣がいる、おおかたこの腕も、そんときに猛獣にでもやられたんじゃろ! はて? 火を吐く猛獣なんているんかの??」


「あの……どれ位で治りそうですかね?」


「ん? ああ、そうじやな……完全に治すとなると、あと一ヶ月以上は掛かるかの」


「そうですか……」

(一ヶ月か……そんなに待ってはいられない……早く治して一刻も早くマハミに向かわなくては)


 アンジは病院を出ると、そのまま国王の元へと向った。



 ――王室


「国王様、あれから、なにか新しい情報は入って来たでしょうか?」


「いや、なにぶん現場は混沌としておる、またいつ怪物が現れるやもわからんし、常時厳戒態勢じゃ、情報を取ろうにも近い町ではないしな」


「そうですか……それと、一つ気になる事がありまして」


「うん、なんじゃ?」


「私が島で調査をしていた時、私も怪物に襲われました」


「なんと、それはどんな怪物じゃ?」


「はい、私が襲われたのはラギットの怪物でした」


「ラギット? ラギットって……あのかわいらしいラギットか?」


「はい、ただ……容姿はやはり少し変わっていて、身の丈程の牙を生やし、爪も鋭く肥大していて、凶暴性も高く、なにより、通常のラギットでは考えられない程の腕力とスピードを持っていました……そして…感情があった……」


「感情?」


「はい、僕を痛めつけることを楽しんでいたのです、この腕の負傷も、その時に負ったものです……」


「そ、そうか……今回のマハミに出たメザックの怪物と、なにか関係がありそうじゃのぅ……その島にも兵を出し調べる必要があるの……」


「はい……では、私が島を周った時に作った地図があるので、作戦を立てる上でお役にたてればと思います」


「おお、それは助かるの、では明日にでも隊長を使いに出す、お主は調査隊の作戦指揮を隊長と共に行ってくれ」


「承知しました」


「なにかが……起こり始めているのかもしれん……」


 国王は窓の外の怪しい雲行きを、目を細め眺めた。

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