第60話【別れ】

「うわあああ!!」


「クムル! 見ちゃ駄目! とにかく走って!」


 二人は全速力で走りだした、しかしその直後、クムルは石に躓き転んでしまった。


「うわっ!!」


「クムル!!」


 リラは急いでクムルを抱きかかえまた走り出したが、兇獣きょじゅうはだいぶ近くまで来ており、狭い洞窟の壁を殴りつけながら追ってきた。


「きゃあぁ!!」


「うわあ!!」  


 すると洞窟の天井が崩れ、無数の岩の破片が降ってきた、リラは覆いかぶさるようにクムルを抱きかかえ守ると、岩の破片がリラの肩や腕を擦った。


「ううっ!!」


「お母ちゃん!!」


 そして遂に兇獣きょじゅうは二人の目の前に立ち塞がり、手を伸ばしてきた。


「こっじへごいっ」


 兇獣きょじゅうはリラの首を掴み持ち上げると、洞窟の出口を探し歩き始めた。


「ううっぐ……」


「やいお前! お母ちゃんから手を放せ!!」


「うわっ!」


「ク! クムル!!」


 兇獣きょじゅうはリラからクムルを引き離すと、クムルを脇に抱えた。


「ク、クムル、大丈夫だから、暴れないで静かにして……」


「お母ちゃん……」


 兇獣きょじゅうは出口を探すが、出口が分からず洞窟内を彷徨っていた、その間リラはずっと首を持たれていた為、窒息しかけていた。


「ううっ……」


「お母ちゃん!? やいお前! お母ちゃんが苦しんでるぞ! 離せ! お母ちゃんを放せ!!」


 クムルが騒ぐも、兇獣きょじゅうは聞く耳を持たずに歩き続けた。


「ううう……くっそ……」


 その時、クムルは思いっきり兇獣きょじゅうの腕に噛みついた。


「ウグアア!!」


 すると兇獣きょじゅうはクムルを手離し、クムルは地面に落ちた、すかさずクムルはリラの首を持つ兇獣きょじゅうの腕に飛び移り、今度は指を噛んだ。


「ウガアア!!」


 兇獣きょじゅうはたまらずリラの首も難し、リラはその場に倒れた。


「かはっ! ごほっ!」


「お母ちゃん大丈夫!?」


「ク、クムル! 逃げて!」


「お母ちゃんも一緒に!」


「ウググ……ガアアアアア!!!」


 その時、兇獣きょじゅうは怒りの形相で、大きな拳を二人に振りかざした。


「あああ!!」


 リラはクムルを抱きかかえると、恐怖で目を瞑った、しかし、何も起こらなかった。


「……え……?」


 その時、何かが落ちた音がしたので恐る恐る目を開けると、そこには兇獣きょじゅうの首が転がっていた。


「ええ?!」


 そしてその瞬間、兇獣きょじゅうの首は爆発した。


「きゃあっ!!」


 リラが驚きながらも立ち上がった煙の方を見ると、煙の向こうに人影が見えた。


「あ、あなたは……?」


 晴れた煙から現れたのはウィザードだった。


「リラ!!!!」


 するとその時、その奥からシムが駆け寄ってきた。


「リラ!! 大丈夫か!?」


 シムはリラの肩を掴むと心配そうに尋ねた、リラは一瞬茫然とするも、すぐに正気を取り戻し、シムに抱き着いた。


「シム!!」


「リラ……よかった……本当に無事でよかった」


 シムはホッとした表情を見せ、リラを強く抱きしめた。


「おとうちゃん……」


 ふと横を見るとクムルがシムの服を掴み、指をくわえていた、シムは微笑むとクムルも一緒に抱きかかえた。


 ウィザードは三人の姿を見ると少し微笑み、そこから少し離れた場所で洞窟内を見張った。


「リラ、クムル、とにかく一旦ここを出よう、安全な場所へ移動するんだ」


「ええ!」


「わかった!」


「ウィザード隊長、すみませんお待たせしました、行きましょう」


 四人は洞窟を抜け、カイルの森の最南端を流れるボルダ川の畔まで移動した。


「あそこに洞穴がある! あそこに入りましょう!」


 シムはリラやウィザードを洞穴に入れると木の枝を集め、洞穴の入り口を隠した、その後その中で火を起こすと、四人は久しぶりの休息を得た。


「ほら、クムルお食べ」


「わあ! ありがとう!」


「リラも」


「ありがとう」


 シムはリラとクムルに持っていた木の実を分け与えた、シムはそれをおいしそうに食べる二人を微笑ましく見ていた。


「ううぅ……くっ……」


 その一方で、ウィザードは緊張感から緩和されたせいか傷が痛み始め、苦しそうにしていた。


「ウィザード隊長!? 大丈夫ですか!?」


「あ、ああ……心配ない、直に治まる」


 それを見たリラは立ち上がるとウィザードの横に腰を落とし、両手を前に出し目を閉じた。


 するとリラの両手からはやさしい光が放たれ、光はウィザードを包み込み、傷の痛みを和らげた、リラはさほど強くはないが回復魔法が使えた。


「……すまない」


 ウィザードの痛みも治まり落ち着いた後、シムは今起こっている現状をリラに説明した。


「そ、そんな……」


 リラは驚きを隠せずにいた。


「そ、それで……この先どうするの……?」


「ああ、今はとにかくチシリッチで捕らわれているコールや王国のみんなを助けなきゃ、俺がチシリッチから逃げたことが バレて、剣が作れないことが分かったら、コール達がどうなるか……」


「でもどうやって……?」


「隣国に応援を頼もうと思う、アルティラ国やバレスティナ国へ行って軍の応援をもらうんだ、何国もの軍で攻めればきっと!」


 今まで黙って話を聞いていたウィザードがそこで口を開いた。


「残念だがそれは無理だ……」


「え? 無理って、どうしてですか!?」


「あの二人組がゲルゴンへ乗り込んできたとき、そのアルティラ国とバレスティナ国の軍隊長と副隊長も、さらにはミルマーナ国の隊長たちも、国衛会議の為に城へ来ていたんだ、そこで、ほぼ全員が殺された……」


「なっ!?」


「もはや国王もどうなっているか……」


 ウィザードは拳を強く握った。


「そんな……だ、だけど軍が、軍がなくなったわけじゃ! 大勢で攻め込めばきっと!」


「隊長も副隊長もいないだぞ、 統率の取れていない軍など何人いようがただの烏合の衆でしかない、そんな軍隊であの二人になど……」


「じ、じゃあどうすれば!? このままじゃコールが! 王国のみんなが殺されてしまう!」


 ウィザードは黙ったままうつむいていた。


「ど、どうすれば……」


 シムもまた絶望を感じ、茫然とした。


 そして暫くの沈黙の後、ウィザードが再び口を開いた。


「大陸を渡ろう……」


「え?」


「大陸を渡るんだ、この大陸から北北東に、ゼラル大陸という大陸がある、昔一度だけそのゼラル大陸にある、ガルイード王国という国に行ったことがあるんだ、ゲルレゴンよりは少し小さな王国であったが、そこの軍隊長を務めるメダイ隊長は、聡明でかつ勇猛な人だった」


「ガルイード王国……」


「ああ、そこには魔法に優れた人も多く、私も初めて魔法に触れたのはその王国でだった、あの国の統率された軍と、ゼラル大陸にある他の国の軍も合わせれば、きっとあの二人を倒せる!」


 それを聞いたシムは浮かない顔をしていた。


「大陸を渡って……その王国の軍を引き連れて……」


「そうだ、もうそれしか方法はない! 大陸を渡れば君の家族も安心だろう、大陸を渡ったあとのことは、この私や軍に任せればいい」


「駄目です!!」


「え?」


「そんな悠長にはしていられない…… 一刻を争うんです、俺がいなくなったと分かったら、コール達はすぐに殺されてしまう、今すぐにでも助けに行かなきゃならないんです、大陸を渡っている暇なんて……」


「しかし、かと言って他に方法がないだろう! 統率の取れていない軍を率いたところでみすみす死人を増やすだけだ!」


「だからって!!」


「まだわからないのか今のこの状況を!! 世界が滅ぼうかという時なんだぞ!! よく考えろ!! 今、この家族を守るのか!! 家族もその友達も王国の人々も共に死ぬか!! どっちを取るんだ!?」


「ううう……くそうっ! どうすれば!」


 シムは地面を強く殴りつけた。


「シム……」


 リラは心配そうに見つめていた。


「おとうちゃん……」


 そして暫くの沈黙の後、シムは口を開いた。


「俺が残ります……」


「なに?」


「俺さえ戻って剣を作れば、少なくともその間はコールや王国のみんなが殺されることは無い、その間にウィザード隊長、リラとクムルを連れて大陸を渡り、応援をもらって来てください!」


「シム!?  駄目よ!! 何を言っているの!!」


 動揺するリラの両肩を掴み、シムは優しく話しかけた。


「コールは親友なんだ、死なせたくない、王国のみんなだって」


「だけど!!」


「リラのお父さんやお母さんだって、チシリッチ鉱山にはいなかったけど、王国にいる限り、危険であることには変わらない、俺が剣を作る替わりに奴らには絶対に王国の人達には手を出させない、その為にも俺は行かなきゃ駄目なんだ」


「そんな! だったら私も! 私も一緒に!」


「君はクムルを頼む、クムルを危険な目に合わせないよう、一緒にガルイードに行ってくれ、頼む……」


 リムは湧き上がる感情を必死に抑え、顔を伏せた。


「お父ちゃん……」


 シムは不安そうに見ていたクムルの前に腰を落とし、頭に手を置いた。


「クムル……お父ちゃん、お仕事で暫くクムルとお母ちゃんの元から離れなくちゃならなくなったんだ……それにな、元のお家にも、もう戻れなくなっちゃたから、クムルはお母ちゃんと一緒にお引越しして、新しい土地で二人で暮らすんだ、出来るな?」


「お父ちゃん……いつお仕事終わるの……?」


「それはわからない……でもクムルが良い子にして、ちゃんとお母ちゃんを助けてくれれば、きっと早く会える」


 クムルは不安げな顔をしていたが、歯を食いしばり強い目でシムを見た。


「うん! わかった! クムルがお母ちゃんを守る! だからお父ちゃんも頑張って!」


 それを聞いたシムは少し微笑むとクムルを抱擁し、その後立ち上がるとウィザードと目を合わせた。


「いいのか?」


「はい、どっちかを切り捨てることなんて、俺には出来ません……ウィザード隊長……リラとクムルをお願いします、そして、ゲルレゴン王国のみんなも」


「……わかった」


 そしてその夜、シムとリラとクムルは、クムルを中心に三人で川の字になって眠りについた。


 次の日、四人はボルダ川を川沿いに歩き、コルタンという港町へたどり着いた。ウィザードはそこの漁師に話をし、船を一隻借りた。


 そしてシム達は食料などを集め、船に積み込んだ。


「準備は出来たな……時間がない、早速出発するぞ」


「はい」


 リラとクムルは悲しそうな顔でシムを見ていた。


「……その前にもう少し船の操縦方を確認してくる、その間だけ少し待っていろ」


 ウィザードはそう言うと船室へと向かった。


「ウィザード隊長……」


 シムはクムルの前に立つと、膝を落とした。


「クムル……お母ちゃんを頼んだぞ」


「う、うん……」


 シムはクムルを強く抱擁した。


 そしてリラの前に立つと、リラも強く抱擁した。


「気を付けて……」


「シム……シム……」


「大丈夫……絶対にまた会える、君の両親や王国のみんなは俺に任せて、君はウィザード隊長の力になってあげてくれ」


「……うん……」


 シムがリラとクムルを船に促すと、ウィザードは船を出発させた、シムは船が小さくなるまで見届けた。


「リラ……クムル……」


 寂し気な目をしたシムは両手で自分の顔を叩き気合を入れた。


「早く戻ってコール達を助けなきゃ!!」


 シムは全速力でチシリッチ鉱山へと走り出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る