第61話【健軍】

 ――ゲルレゴン城王室


 テツは頬杖をつき、スクリアから映し出される兇獣きょじゅう達の見る映像をずっと見ていた。


「テツ様」


 するとアンジがテツの元へとやってきた。


「ん、ああ、アンジ、どうしたの?」


「随分と…… 熱心に見ていらっしゃいますね」


「んん……面白いよこれ、いっぺんに色んな経験が出来てる感じ、もっと各地に兇獣きょじゅうを送りたいねぇ」


「そうですね、ところで今しがた、バジムが目を覚ましたようです」


「本当!?」


「はい、支度をしたらこちらへ顔を出すように命じておきました」


 暫くすると王室の扉が鳴った。


「入れ」


 すると兇獣きょじゅうに連れられ、バジムが姿を現し、テツの前で膝を着き敬礼した。


 テツは興味津々にバジムへと話しかけた。


「やあバジム!」


「バジム……??」


「ああ、君の名前だよ、僕が付けたんだ、どう? ダサいかな……?」


「いえ、光栄です、ありがたく頂戴致します」


「ならよかった、身体の調子は? どう?」


「はい、特に異常はありません」


「そっか、とこれでさ、バグレットだった頃の記憶ってあるの?」


「バグレット……?」


「ああ……ないんだ?」


「申し訳ありません……」


「いや、別にいいけど」


「ただ……」


「ただ?」


「私の中に、揺るぎない意志だけが、一つ存在しております」


「意志……?」


「はい、大兇帝だいきょうてい様にお仕えし、大兇帝だいきょうてい様の成す事を邪魔する者は全て排除する、それが私の中に存在する、唯一の意志でございます」


「おおー、頼もしいねぇ、ちなみにバジムは強いの? 強いよね? どれくらい? どんな戦いが得意なの?」


「すみません……戦闘における能力は、自分でもまだ理解し兼ねております」


「そうなんだ? まあでも多分強いよ! これからよろしくね!」


「はい、大兇帝だいきょうてい様のご命令はこの命に代えても……」


「まあそんな固く考えなくてもいいよ、気楽に行こう」


「かしこまりました、それで……私はなにを?」


「へ?」


「なにか……ご命令を……」


「ご命令……かぁ……アンジ、どうしょう?」


「そうですね、では手始めに、国を一つ落とす、等は如何でしょうか?」


「あー! いいねぇ! じゃあ、国っていうか、どうせなら大陸一つ頼むよ! あっちに確か……ゼラル大陸っていう大陸があるからさ」


「ゼラル大陸……」


「そう、結構範囲広いからさ、時間かかると思うけど、王国も何個あんのか知らないし、どう?」


「かしこまりました、このバジム、命に代えても、必ずゼラル大陸を支配いたします」


「別に命なんて懸けなくっていいって、気楽にやってよ、状況と様子は一応スクリアでも確認できるけど全部は無理だから、たまに帰ってきて詳しい出来事とか聞かせてよ」


「かしこまりました、命に代えても」


「だー! だから別に命なんて懸けなくっていいって!」


「はい」


「あ、あと……その大陸にさ、ガルイード王国ってあるんだけど、その王国には手を出さないでいいから」


 それを聞いたアンジが少し反応したが、特に口は挟まなかった。


「あそこの国王はもう殺してるしさ、これから増やしていくだろう君の遣いの兇獣きょじゅう達にもくれぐれも言っておいて」


「はっ、わかりました」


 バジムは一礼すると王室を出て行った。


「大丈夫かな? どう思うアンジ?」


「そうですね、お手並み拝見、と言ったところでしょうか」


「ふふん! いろいろ楽しいことが増えてきたなー!」


 そう言うとテツはまたスクリアの映像を見始めた、そしてアンジは王室を出ようと扉を開けた。


「あー、アンジ」


 アンジは足を止めた。


「そういえば、カイルの森に行ってた兇獣きょじゅうが一匹、急に死んだよ、なんでかわからんけど」


 アンジは少し考えた。


「そうですか、ご連絡ありがとうございます」


「それと……」


 テツは机に頬杖をついた


「ほどほどにね」


 それを聞いたアンジは少し笑みをこぼした。


「はい」



 ――ゲルレゴン王国庭園


 バジムは城の外へと出て庭園を歩いていた、その時、ふと何か気配に気付き足を止めた。


「なにか御用ですか……? アンジさん」


 すると庭園の奥からアンジが現れバジムに近づいてきた。


「よく、分かったな」


「ご用件を、おっしゃってください……」


「いやなに……貴様をどこまで信用してよいのやら、少し、図りかねていてな」


「私の、大兇帝だいきょうてい様への忠誠心が足りないとでも?」


「信用……と言うのは忠誠心の事ではない、カの事だ」


 その時、バジムの背中から羽が飛び出した。


「お試しに……なりますか?」


 アンジは不敵に笑うと、バジムへと手をかざし風の塊を放った。


 バジムは瞬時に全身からオームを放出させ空高く飛び上がると、手の平からアンジへ向け高圧の炎を数発放った。


 アンジもまたバジムを追い、オームを放出させながら空へ飛ぶと、高圧の炎を避けながら凄まじい速さでバジムへと向かった。


 そしてアンジは剣を抜きバジムへ振ると、バジムはそれを全て避け、後ろに回り込みアンジの剣を素手で掴んだ。


 アンジは剣から手を離し、右手を風で覆い剣の形にするとバジムへと振った、バジムはそれをも躱すと後方へ大きく移動した。


 バジムは手に取った剣を見つめると、何度か振ってみた。


「剣が……気に入ったか?」


 バジムは暫く剣を眺めた後、アンジへと突っ込み剣を振った、 アンジもまたその剣撃を全て避けると、最後に風の剣で受け両者の動きが止まった。


「良い太刀筋だ……剣士に向いている……」


 そう言うと、アンジは剣を引き後ろへ下がると左手指を上に挙げた。


「バルウィンド」


 その瞬間バジムは風の牢獄に包まれた。


「どうする? 下手に動くと風の刃が貴様を切り裂くぞ」


 するとバジムは力を集中させた。


「オオオオオオオ!!!!」


 バジムの身体から大量の赤黒い炎のようなオームが放出され、バルウィンドは消し飛ばされた、バジムから放出されたオームは広範囲を破壊し、城の一部をも破壊した。



 ――ゲルレゴン城王室


「うを!! うわわわあ!!」


 急な爆発音と振動にテツは驚き、椅子ごと倒れた。


「いてててぇ……んもぁ……アンジめ、程々にって言ったのに」


 テツは立ち上がると窓の外から破壊された城の一部を見た。


「あーあ……折角大分直ってきてたのに……」


 そしてテーブルへ戻ると椅子を直し座り、頬杖をついてまたスクリアの映像を見始めた。


「しかしやっぱバジム強いね、兇承獣きょせいじゅうになりたてでアンジより数段強いじゃん」



 ――ゲルレゴン城上空


 アンジはバジムのオームを風のバリアで防いでいた、アンジは抉られた地面を見た後、バジムを見た、その瞬間、バジムはアンジの前から姿を消し、後ろへ回り込むと突きを放った。


 アンジがそれを弾くと、それを切っ掛けに激しい剣撃戦が始まった。


 両者互角の剣撃戦を繰り広げる中、次第にバジムの攻撃がアンジの衣服を擦り始めた、そしてついには風の刃を切り裂き、アンジの頬を切ると、両者は再び距離を取った。


 アンジは切り裂かれた頬から出る血を手に取ると、それを見て大いに笑った。


「ふふふっ、ははは、はあーはっはあー!」


「…………」


「素晴らしい、素晴らしい力だ! さすがはバグレットからなる兇承獣きょせいじゅうよ!」


 アンジは全身のオームを解くと、剣の鞘をバジムへと投げた。


「選別だ、その剣はくれてやる、剣をさらに磨け、ゼラル大陸を落とした暁にはテツ様の軍の一軍隊長の座を用意しておいてやる」


 バジムは鞘を受け取ると剣を収め腰に差した、そしてアンジへ一礼をすると、ゼラル大陸へと飛び去って行った。アンジはそれを見届けると城内へと戻り、そこで一体の兇獣きょじゅうに声を掛けた。


「チシリッチ鉱山にいる兇獣きょじゅうへ伝えろ、シム・ナジカが逃げ出している可能性がある、早急に存在を確認し、報告させろ」


「はっ! 承知いたしました!」


 その後、アンジは王室へと向かった。


「ん、あ! こらアンジ! 程々にって言った のに!」


 テツは椅子から立ち上がると窓から破壊された城の一部を指さした。


「あれー、せっかく直ってきたのに、また壊しちゃったじゃーん」


「大変申し訳ありません、想像より、遥かに大きな力を持っていたもので……」


「まあ、確かに……アンジよりずっと強かったね、この先まだまだ強くなりそうだし」


「はい、流石……伝説と言われていただけの事はあります」


「うんうん!! 将来が楽しみだ!!」


「ゼラル大陸も、広いが故に時間は掛かるでしょうが、バジムならまず間違いなく支配は可能でしょう」


「進み始めたね! 世界征服! やっぱ持つべきものはよく出来た部下だなー」


「はい、そこで一つ提案があるのですが、この広い世界を支配するにあたりこの先さらに強力な部下を増やしていく必要があります」


「まあ、そうだね」


「部下が増えるのであればそれを統制する制度が必要となります」


「うんうん」


 そこで、大兇帝だいきょうていテツ様にお仕えする、兇承獣きょせいじゅう兇獣きょじゅうによる、兇帝軍きょうていぐんを健軍してはどうかと」


兇帝軍きょうていぐん!? なにそれ! めちゃめちゃカッコいいじゃん!! 入りたい!! 隊長やりたい!!」


「いえ……テツ様の為の軍なので、隊長というわけにには……テツ様は大兇帝だいきょうていになられるお方なので」


「えー…… 隊長やりたい……」


大兇帝だいきょうていは軍の隊長どころか、この世の頂点に立つお立場なので、たかが一軍の隊長より、よっぽど……かっこいい……ですよ」


「んー……そう? まあ、じゃあいいか」


「ほっ……ありがとうございます、軍にはいくつかの隊を設けようと思いますが、バジムがゼラル大陸の支配を終え、戻ってきた暁には一隊の隊長を任せようと思いますが、よろしいでしょうか?」


「いいんじゃん! 適任だと思うよ兇帝軍きょうていぐんかー、いいなー、そしたら今後もっともっと強い兇承獣きょせいじゅうを作らないとね!」


「はい、この世界にはバグレットのような、とてつもない力をもつものがまだまだ存在する筈です、強大な力を持つものを兇承獣きょせいじゅうにし、最兇の軍隊を作りましょう」


「ううーん! 面白くなってきたねー!」


 興奮するテツの瞳には、再びスクリアの輝きが戻っていた。

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