第29話【冷たい風】
「…………」
「…………」
他の兵隊達は、あまりの出来事に動けずにいた。
「ぜえぜえ、ぜえぜえ」
アンジは身体を引きずりながらもメダイの元へと近付いて行った。
「ぜえぜえ、はあはあ……」
そしてメダイの元へ辿り着くと、何かを探し始めた。
「……!!」
アンジが探していたのは、テツが入れられている牢の鍵だった。
「ふぬぅ……」
鍵を手にすると、次はテツのいる牢の方へと這って行った。
「ぜえぜえ、はあはあ……」
「…………」
国王及び兵隊達は、その姿を黙って見ているしか出来なかった。
「ぜえぜえ……」
アンジはなんとこさ牢の扉の前へ辿り着くと、身体を起こし、ゆっくりと鍵を鍵穴に差し込んだ。
「ううぐっ……」
そして鍵を回した。
「テツ……今、助け……」
グサッ!
ブシュウウゥゥウ!!
その時、アンジの背中から血しぶきが舞った。
「かっ……はっ……」
そこには、アンジの背中に剣を刺し、返り血を浴びて仁王立ちしているサルバの姿があった。
「はあはあはあはあ、はっはははっはあー! はっはっはっ!」
「サルバ……」
「サルバさん……」
「サルバさん……」
国王と隊員達も驚いている。
サルバは狂気的な目で高笑いを続けた。
「はあーはっはっはっ!! ……はあ?」
アンジの口からは血が流れ出し、それでもアンジは動き始めた
そしてアンジは震えながらも、牢の鍵を回す手に力を込めた。
「テ、テツゥ……待ってろ……い、今開けて、やる……から……そ、そしたら、俺と一緒に……いこ……う……サ、サオも、海で……待ってる……はっ……ははっ……テ、テツ……う、海、好きだもんなぁ……さ、さんにんで……ま、また……」
――ナクロス川河口
「うをおおおい! サオちゃーん! 荷物全部積み終わったぞい」
「イモシチさんありがとう!」
「外はもう寒い、中ぁ入って温まんなぁ」
「うん、ありがとう、でも大丈夫よ、もう少しここにいるわ」
「うぅん……心配なのは分かるが、身体壊しちまったら……これから三人で長い旅が始まるんだろう?」
サオは少し黙り顔を伏せたが、また顔を上げ微笑んだ。
「うん、そうだねイモシチさん、ありがとう、わかった」
「お、おう! 今温けえ汁作ってっからよ! それ飲めば一発で温まらぁ!」
「ふふっ……ありがとう」
「おう! したら入れ入れ!」
「…………」
外は風が吹き荒れている。
「本当……冷たい風……」
風は勢いを増していった。
――ナクロス川中流海岸
アンジは鍵を回しきると、そのまま倒れた。
そして扉がゆっくり開かれると、そこにはテツの姿があった。
「ん?? なんだ? なんか明るくなった?? 外??」
そのとき突風がテツに向かい吹いた。
「うをっ!!」
突風はテツの目隠しを飛ばした。
「んん、眩しいな……」
テツはゆっくりと目を開いた、そして目の前で血まみれになり、倒れているアンジの姿を目にした。
「え?? アンジ?」
テツは状況を理解出来ていない。
「アンジ?? 寝てるの?? おーい! アンジー!」
テツはアンジの元へ寄ろうとするが、両手両足の鎖は鉄の牢と繋がっており、自由がきかない。
「アンジー! なにしてんのー! 起きてよー! これ外してー! アンジー! アンジー!」
アンジはピクリとも動かない。
「アンジ……なんで……?!」
テツはアンジに剣を突き刺しているサルバの姿に気付いた。
「お前……なにしてんだ……??」
「ひっ! ひぃぃぃ!!」
サルバは恐怖で後ろに尻もちをついた。
「それはなんだ?」
テツはアンジに突き刺さっている剣を見た。
「アンジが動かないのはそれのせいか?」
「ひぃぃいい!! ばっ化け物!!」
「おい!」
「ひゃあああああ!!」
サルバは兵隊の集まっている方へと逃げ出した。
「…………」
テツは両手の手錠の鎖を容易く引きちぎった。
「ザワザワ……」
そして歩きながら足の鎖も引きちり、テツはアンジの元へと歩み寄った。
「…………」
そしてアンジの前に静かに腰を落とした。
「アンジー! おーい! 起きてー! アンジー!」
アンジからの反応は無い。
「…………」
テツはアンジに突き刺さっていた剣の真ん中を無造作に掴み、引き抜くと、それをへし折った。
「ザワザワ……」
「おーい! アンジー! 起きてー! おーい!」
その時、サルバが兵隊達に叫んだ。
「お! お前等ぁ!! あいつはこの国を滅ぼす悪魔だぁぁ!! あいつを殺せぇぇええ!! 今はまだ子供だ! お前等大勢でかかれば倒せる!! いけーー!! 殺せぇぇええ!!」
「お、おおー!!」
その叫びに反応し、兵隊達は一斉にテツに向かって飛び掛かっていった。
「いけーーーー!!」
「うをおおお!!」
兵隊たちは四方八方からテツへ向かい、剣を突きたてた。
「よし!! 殺ったか!!??」
「!!!?」
なんと、テツを襲った無数の剣はテツの皮膚で全て止まり、傷ひとつ付けられてはいなかった。
「ギロリ……」
テツは兵隊達を睨みつけた。
「なんだお前等……?」
「う、うう……」
兵隊はたじろんでいる。
「なんだお前等はーーーー!!」
テツの身体から、突風というよりオーラのようなものが吹き荒れ、兵隊達は吹き飛ばされた。
「うわああぁぁぁあああ!!」
そして両手両足に着けられていた、手錠と足枷は破壊され、かつてダーチに着けられた、マディーリングも消滅した。
それをみた国王は驚愕していた。
(な、なんじゃあの禍々しいアークは……いや、アークとも少し違うぞ……)
「お前等……苛々するなぁ……」
「う、うう……」
兵隊達は怯えている。
テツは兵隊達に飛び掛かり、一人の兵隊の顔面を掴んだ。
「ひっひぃぃぃ! こっ! 殺され!!」
そしてその兵隊を地面に叩きつけた。
「ぐわぁ!!」
立て続けにまた兵隊に飛び掛かり殴り倒した。
「ごはっ!!」
そしてまた近くの兵隊を蹴り飛ばした。
「ぐえっ!!」
てつは両手を組み、腰をおとした。
「はあっ!!」
「うわああぁぁぁあああ!!」
そして一気に両手を広げると、その場にいた兵隊数十人を吹き飛ばした。
「うぐぐぅぅ……」
しかし、やられた兵隊達は全員まだ辛うじて生きていた。
するとそれを見たサルバが叫んだ。
「ま、まだだ!! やはり子供だ!! 攻撃にさほど殺傷能力は無い!! やられた兵隊もまだ生きている!! 恐れるな!! 突っ込め!! 突っ込め!! 殺せーーー!!」
「ぬうぅ……ち、違う……違うぞ……」
国王がボソリと呟いた。
(殺せないんではない、殺さないんじゃ……テツはアンジに人を殺してはいけないと教えられている……あれだけ憤怒していながらも、アンジに教えられた事をかろうじて守っているんじゃ……)
「うをおおお!!」
テツは一人の兵隊を押し倒し、馬乗りになっていた。
「ひっひぃぃぃ!」
テツは拳を振りかぶり、兵隊へとはなった。
拳は兵隊の顔の横をかすり、その奥の地面を広範囲にわたって砕き飛ばした。
「ひゃあああぁぁぁあああ!!」
兵隊は一目散に逃げ去って行った。
「くぅぅっ……」
テツは兵隊のいなくなったその場で、地面を立て続けに殴った。
「くそっ! くそーー!!」
(やはりそうじゃ……殺したい衝動をアンジに殺すなと言われている事で制御されている……そのせいでストレスを感じておる……)
「あああぁぁぁああああ!!」
テツは地面や岩を破壊し続けた。
(し、しかし……このままではその制御もそう長くは続かんじゃろう……一体どうすれば……国随一の使い手のメダイもやられ、サルバももう駄目じゃ……そしてこの状況……テ、テツを止める手段は……もう無いのか……)
「はあはあ……」
テツは国王を見つけると、ゆっくりと近づいて行った。
「ぬうぅ……」
国王の目の前で足をとめた。
「アンジが動かないお前等のせいか?」
「……」
「なんでアンジは動かない?」
「……ぬぅ……アンジは……死んでおる……」
「お前等がやったのか?」
「……そ、そうじゃ」
「なんでだ?」
「ぬしを……守ろうとしていたからじゃ……」
「……僕を守ろうとするとなんで殺されるんだ?」
「……」
「言え! なんでだ?」
「テツ……お主は人とは違うのじゃ!! この世に存在してはいけなかったんじゃ!! 自分でも薄々感じていたじゃろう、自分は他の人間とは違うと! それをアンジによって人間らしさを教えられた、しかし! 苦痛じゃったろう! 多大なストレスを感じたじゃろう! 抑えこもうとしても、溢れ出して止められない、こみ上げてくるものがあったじゃろう!! それを! それを抑えきれなくなった時………… お主はアンジをも殺し、人類を破滅させる……」
「僕がアンジを殺す?」
「ああ、そうじゃ……もしくは、アンジがお主を殺すじゃろう」
「デタラメ言うな!!」
「デタラメではない! アンジは人一倍責任感の強い男じゃ、もしお主が衝動を抑えきれず、大量の人間を殺すような事があれば、アンジは自分に責任を感じ、お主と共に死ぬ事を選ぶじゃろう」
「そんな、そんなの! 僕が人を殺さなければいい事じゃないか……」
「では、お主が殺したいという衝動を抑えきれなくなった時、どうするつもりじゃ?」
「どうって……わかんない……正直、なんで殺しちゃいけないのかもよくわかんないし……」
「じゃろう……それが爆発した時、お主は大量の人間を殺すじゃろう、それをアンジが知ればアンジはきっとお主と死ぬ事を考える、そうしたらどうする? 黙ってアンジに殺されるか?」
「アンジが僕を殺しに……?」
「そうじゃ……」
「…………」
テツは不敵な笑みを浮かべた
「そしたら……僕がアンジを殺すよ……」
「……ゴクリ……こ、こやつ……」
「でもアンジは僕を殺さないし、僕もアンジを殺さない」
「あ、溢れ出る衝動を……抑え切れると……?」
「うん、なんとかするよ、アンジとは約束してるからね」
「…………」
そう言うとテツは倒れているアンジの元へと向かった。
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