インヘリテンス

梅太ろう

第一章 RIGHT OR WRONG ー受け継がれていくもの一

第1話【孤島】

 大陸から数千キロも離れたとある小さな孤島。鬱蒼とした森の中には獰猛な獣や凶暴な虫、はたまた猛毒を持った植物などが無数に存在した。


 そんな、およそ人など立ち入りようのない小さな孤島の丁度東側にあたる、ある火山の火口にて、一人の幼子が燃えさかるマグマへと投げ捨てられた。


 まるで生き物の様に渦を巻き、燃え盛るマグマの中、飲み込まれたらどんなものでも瞬時に消滅してしまうだろうマグマの中で、なんと幼子は生きていた。


 体の周りを包み込む様に銀白色の光を放ち、その光に護られるように静かにゆっくりと、幼子はマグマの奥底へと沈んでいった。


 島はまだ静寂に包まれている……。


 それから数年の月日が経ち、孤島は静かに震え始めた、空には悪雲がたちこめ、獣達が騒ぎ出し、森の樹々がざわつく。


 数秒の静寂の後……。


 火山は真っ赤なマグマを天高々に噴出した、それはまるで何かを吐き出すかの様に、大量のマグマを勢いよく吹き出していた。空は火山灰に、陸はマグマに覆われ、孤島の約三分の一程が炎に包まれた頃、流れ出たマグマの一角から銀白色の光が輝き出した。


 光はゆっくりと森の方に動き出し、次第に減光していく。輝きが全て消えるとそこには、数年前にマグマへと放り投げられた幼子が立っていた。幼子は概ね少年と呼べるだろう体格へと成長していた。


 少年は自分の腕や足、身体を見て、手のひらを閉じたり開いたりした後、辺りを見回した。少し口を開き「ああ、うう……」と声を出し、暫くして森の中へと歩きだした。四方八方を見渡しながら歩き、時には植物や岩や石などを触りながら、長い時間森を歩き続けた。


 すると、一匹のヒューマが少年の元へやってきた。


【ヒューマ】

鋭い爪と牙をもつ獣、非常に足が速く、獰猛で肉食、森や草原ならどこにでも生息している為、人間にもよく知られる、特徴として顎に細く長い髭が生えている。


 ヒューマは腹が減っているのかひどく興奮状態にあり、大量のヨダレを垂らしながら喉を鳴らし、今にも飛びかかりそうである。


 ヒューマはジリジリと間合いを詰めるが、少年は黙ってヒューマを見つめている。


 ふと、少年が足を一歩踏み出したその瞬間、ヒューマは勢いよく少年に飛びかかり、喉元に噛み付いた。


 ギリギリと鈍い音をたてる牙。


 しかし驚いたことに、噛みちぎる程の勢いで噛み付いたにもかかわらず、喉元にはまったく牙がめり込んでいかず、ヒューマはまるで岩か石にでも噛み付いたかのような感覚に陥っていた。


 そして、少年がふと右手を上げようと動かしたその瞬間、野生の勘からかヒューマは素早く少年から離れ、一目散にその場から逃げ出した。


 次の瞬間、ヒューマは首元に異常な圧を感じた。なんと少年はもの凄い速さで逃げ出したヒューマをそれ以上の速さで追いかけ、首根っこを掴み持ち上げたのだった。


 バタバタと暴れるヒューマを眺めながら、少年はその首を握り潰した。


 頭と胴体が地面に落ちた。地面に落ちた頭と胴体からは大量の血液が流れ出ている。その胴体を掴み上げ、眺め、匂いを嗅ぐと、大きな口を開けて噛み付いた、そのまま噛みちぎり、数回の咀嚼の後呑み込むと、少し笑みを浮かべ、立て続けにヒューマの胴体を噛みちぎり呑み込んだ、少年の初めての食事であった。


 ひとしきり食事を終えると、辺りをキョロキョロと見渡し、鼻をスンスンと利かせ始める。何かに気付いたのか、更に森の奥へと足をすすめると、大きな湖へと辿り着いた。


 少年は湖へ走り、何度も顔を浸けては水を飲んだ。


 その時、ふとなにかの気配に気付き顔を上げると、そこには数匹のカディアが群れをなしていた。


【カディア】

穏やかな草食動物、群れをなして行動する、ジャンプ力があり、最大で七メートルも飛ぶものもいる、それゆえ怒らせてその足で蹴られると岩をも砕く威力があるので要注意。


 少年は不敵な笑みを浮かべ、数匹のカディアに飛びかかると頭を握り潰し、胴体を蹴り破り、そこにいた全てのカディアを惨殺した。


 少年は満足そうに笑みを浮かべている。


 少年は動いているものを自分の手で再起不能にする事に快感を感じていた。最初のうちは風に揺れる葉や流れる水など、動いているものにはなんにでも反応していたが、それが動物に限定されるまでにはさほど時間はかからなかった。


 少年の恐ろしいところは、動物達を殺す事が捕食の為の行為ではなく、欲求を満たす為の行為であるところにあった。自分を見て逃げ出す動物や、怯える動物、なによりついさっきまで生き生きと動いていた動物が、ピクリとも動かなくなる様を見ては快感に浸っていた。


 しかし、数週間もするうちにそれにも飽きてしまい、もはや動物達には捕食時以外ではなんの興味も示さなくなっていた。


 そんな時、ある一人の男がゆっくりとこの孤島に近付いていた。


 男の名前は「アンジ」考古学者である。


 アンジは乗っていた船を岸壁につけ、颯爽と降り立った。沢山の荷物でパンパンに膨れ上がったリュックを背負い、岩場をゆっくりと登って行く。


 暫く歩くと小さな湖に辿り着いた。湖の水を一舐めすると両手でまた水をすくい、一飲みした。


「大丈夫そうだな、ここにするか」


 アンジはリュックからテントを取り出しそこに建てた。テントを建て終えると、小さな斧を片手に森の中へと入って行く、森へ入ると小枝を集め、斧で枝を切りロープで縛り肩に背負った。大量の枝や小枝を集め、テントに戻る頃にはだいぶ日も落ち、辺りは薄暗くなり始めていた。


 アンジは小枝を一つ持つと、もう片方の手の掌を広げ目を閉じた。


 すると、広げた掌から拳大くらいの炎が発生した。そして持っていた小枝に炎をかざし火を付け、火の付いた小枝へ更に小枝を足し、火が大きくなると枝を重ね焚き木を始めた。


 アンジは魔法を使う事が出来た。


 魔法と言ってもこの頃の魔法は、生活に役立てる程度のもので、決して争いの為に使うような事もなかった。


 リュックから食糧を取り出し食事を始め、それを終えるとテントに入り眠りについた。



 ――次の日の朝


 テントから出てきたアンジは湖の水をすくい顔を洗うと、リュックの中から一回り小さなリュックを出し、森の中へと入って行った。


 森の中の見た事も無い様な植物に触れ、時にはナイフで切り取り、小袋に入れたり、持っていたノートにいろいろと書き込んでいたりした。そうして何日もかけて森の中を調べいた。


 一週間もした頃、いつもの様に森を調べ歩いていると、急に立ち止まり目の色を変えた。その場に腰を落とし、リュックからスコップを取り出し少し地面を掘ると、指し棒の様なものを伸ばし地面の深くまで刺し、なにかを調べ始めた。


(やはり……)


 その時、背後に気配を感じ、アンジは即座に後ろを振り向いた。


(……気のせいか?)


 アンジはその後、テントにも戻らずその周辺を数日調べ周った。そしてある日、大きな木の根っ子部分に、人一人は入れる程の穴を見つけた。


 中を覗くが真っ暗で何も見えない。


 指の先に少し炎を出し中を照らしたが、穴は奥深くまで続いていて先までは見れない。一度穴から顔を出し、リュックからロープを取り出すと、ゆっくり穴の奥深くへと降っていった。


 数十メートルも降りると地面へと辿り着いた。


 指に出していた炎の灯りを大きくし、辺りを照らして見渡すと、そこは大きな空洞になっており、その空洞は奥へと続いていた、アンジは辺りを見渡しながらゆっくりと歩き始めた。


 暫く歩くとさらに大きな空間へと辿り着き、一瞬足をとめた。


「!!」


 アンジは何かを見つけ走り出した、するとそこには石で出来た椅子やテーブルの様なものが無数にあった。


「やはり文明が……」


 さらに辺りを見渡すと別の部屋らしき穴を見つけた、中に入ると削られ先の細くなった石や、おかしな形をした石が無数に転がっていた。


「思った通りだ……」


 いろいろな形に削られた石を物色している中、壁に何か描かれているなにかに気がついた。


 壁に炎を向け照らし出すと、そこには奇妙な生物の絵が描かれていた。


「本当だったんだ……ふ、ふは、はははは!」


 アンジはその場に倒れこみ、そしてそのまま眠り込んだ。



 ――翌日


 その洞穴の先が岸壁に繋がっている事を発見すると、その岸壁の穴の近くにテントを移し、洞窟の中にあるものを調べた。


 そして数日たったある日、木で台車の様なものを作り、洞窟内にあったものを外に運び出している最中、またなにか気配を感じた……。


「誰だ!? 誰かいるのか!?」


 シーン……。


(気のせいじゃない……間違いなく何かいるぞ……同業者か? いや、そんなはずはない、仮にそうだとしたら姿を見せない理由が無い……)


 気配のした方向へとゆっくりと向かい、辺りを見渡す。


(いったい何者が……?)


 元の場所へ戻ろうと振り返ったその瞬間! 


 何者かがアンジへと襲いかかってきた!!

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