第38話【幽霊とお化け】

「へっ?」


 デズニードの兜が床に転がった。


「あー! 隊長! ひどいじゃないですかー! 横取りするなんてー!」


「お前がもたもたしているからだ、もう六分は経った、茶も飲み終わった」


 床には空のコップが置いてあった。


「そんなぁ……折角良いとこだったのにー! もうちょっとで俺があの頭をスパーンて……ん……」


 ノーズは床に落ちた兜に近寄り、恐る恐る取り上げ、中を見た。


「た……隊長……こいつ……本当に顔がないみたいっすね……兜の中身が空っぽ……」


「ぬぅ……」


 その時、首を切られたデズニードは壁際の方へと歩き出した。 


「……てことは……あの鎧の部分も本当に空っぽ……じ、じゃあ、あいつ本当に下半身だけってことっすかああ?」


「ぬぅぅ……」


 テツは楽しそうに笑っていた。


「あはははは! 驚いてるねー! そりゃそうだよねー! 僕も最初見た時はビックリしたもん!」


 デズニードは壁際に飾ってある甲冑から兜を取ると、自分の頭に乗せた。


「フォォォォォォ……」


「えええ? 兜付ける意味ある?? どうせ動けるんでしょ?? フォォォォォォ……言いたいだけ??」


「慌てるなノーズ、落ち着け……落ち着けば倒せる、頑張れ、ほら」


「えええ? 隊長? 二人で片付けるんじゃ?? ビビってます?」


「馬鹿なことを言うな、お前の気持ちを尊重しているだけだ、頑張れ、ほら」


「えええ? 絶対ビビってるじゃーん……そういえばブロウ隊長、幽霊とかお化けの類は苦手な人だった……」


 ノーズは渋々一人でデズニードの元へと向かった。


「ふぅ……んじゃま、とっとと倒しちゃいますかね!」


「フォォォォォォ……」


 ノーズとデズニードは互いに向かい合うと、一段と激しい剣撃戦を繰り広げた、お互い、一歩も譲らぬ互角の戦いとなっていた。


「アンジ、あの二人本当に互角だね」


「互角……ですか」


 アンジは不敵に笑った。


「!!」


 その時、デズニードの剣先がノーズの頬を掠め、頬からは血が噴き出した。


「ちぃ!」


 ノーズはデズニードの胴を蹴り、後ろへ飛んだ。


「はぁはぁはぁ……」


 ノーズの呼吸はかなり荒くなっていた、ブロウ隊長は結構遠くから呟いた。


「ノーズ……助太刀するか……?」


「へっ! いいっすよ、怖いんでしょ……」


(くそっ……こいつ、体力とか関係ねえのかよ? フォォォォォォ……言ってるだけで全然わかりゃしねえ……)

「はぁはぁはぁ」


 テツは心配そうに見ていた。


「なんか辛そうだね、はぁはぁ言ってる」


「デズニードには体力という概念が存在しませんからね、攻防が互角であるなら、体力に限界のある人間に勝ち目はないでしょう」


「フォォォォォォ……フォォォォォォ……」


「へつ! フォォォォォォ……二回は疲れた、って意味じゃなかったわけかい……」


 デズニードは勢いよくノーズへ突っ込んできた。


「くそがっ!!」


 ノーズも応戦し、また激しい剣撃戦が始まった、互いに譲らず、所々で剣を掠り、傷を受けながらも攻防は続いた。


「ぜぇぜぇ、はぁはぁ」


 しかし、ノーズの呼吸はどんどん荒くなっていくばかりであった。


「フォォォオオオ!!」


「うがあああ!!」


 その時、一瞬の隙を付いてデズニードがノーズを下から切り上げ、ノーズは後方へ吹き飛ばされた。


「くっそぉぉ……」


 ノーズは辛くも立ち上がるが、足がおぼつかない。


「ぜえぜえ……はあはあ……くそう……疲労と出血で目が霞みやがる……」


 ノーズはフラフラしながらもデズニードの元へと向かうが、足に力が入らず、バランスを崩した、その時、ブロウ隊長が倒れそうになったノーズを抱きかかえた。


「へっ! ブロウ隊長……怖いんじゃなかったんですか……? お化け……」


「ぬぅぅん……部下のピンチだ! そんなこと言ってられん!」


「へへっ! おいしいとこ……持ってくなぁ……」


「フォォォオオオ!!」


 その時、デズニードが二人へと突っ込んできた。


「ぬうん!!」


 ブロウ隊長は剣一振りでデズニードを吹き飛ばした、それを見たテツは興奮を隠せずにいた」


「うわあ! すっげえ! あのおじさんすっごい力だね! 結構細身なのに!」


「もちろん、力だけの話ではございませんが、さすがは隊長、実力的にかなり差がありそうですね、これだと決着も早いかもしれません」


 ブロウ隊長はノーズをその場に座らせ、薬草を与えると、デズニードの元へと向かった。


「フォォォオオオ……」


 デズニードはゆっくり起き上がると、ブロウ隊長へと突撃してきた、そして剣をブロウ隊長へと振り降ろした。


 ブロウ隊長はそれを剣の腹で受けると同時に少し剣先を後ろに引き、デズニードの剣の力を外に逃がした。


 デズニードは体制を崩したが踏みとどまり、横なぎに剣を振るったが、ブロウ隊長はまた、それを剣の腹で受けた後、剣の角度を変え、自分の剣の鍔の方へと力を流すと、そのまま力を込めて剣を振り切り、デズニードを吹き飛ばした。


「ほう……」


 それを見たアンジは感心した。


「なるほど、大したものですね」


「なになに? どういうこと?」


「一撃目は剣の力を外に受け流すことで相手の体制を崩した……二撃目は自分により近い位置に剣の力を受け流し、その反動と自分の力を合わせて一気に吹き飛ばした……最初にデズニードを吹き飛ばしたのも同じ原理でしょう」


「え? そんな難しそうなことやってたの?」


「簡単にやっているようには見えますが、実戦であれを平然とやれるのは相当な技術とセンスですね、あの隊長……実力はガルイード王国のメダイ隊長の上をいくかもしれませんね」


「へー、メダイ隊長より上かー、……それ凄いの??」


「あくまで人間にしては、でございます」


「フォォォォォォ……」


 吹き飛ばされたデズニードだったが、何事もなく起き上がり、またブロウ隊長へと突っ込んできた。


「ぬうん!!」

 

 ブロウ隊長はまたデズニードの剣を受け流すと、デズニードの左腕を切り落とした。


「フォォォオオオ!!」


 デズニードは構わず下から剣を振り上げるも、ブロウ隊長は上体を反らして避け、剣をデズニードの胴へ突き刺した。


 それでもデズニードは止まらず、剣を振り落としたがブロウ隊長は半身を後ろにずらして避け、頭の下がった状態になったデズニードの首を切った。


 しかしデズニードはまだ止まらず、剣を横なぎに振るってきたが、ブロウ隊長はそれを剣で受け止めた後、後ろへ大きく飛んだ。


「ぬうぅぅ……顔がないのに……見えているのか……」


 ブロウ隊長はその場から動こうとしなかった。


「ん……?」


 それを見てノーズは何かを察した。


「ブロウ隊長……ビビってないすか?」


「馬鹿を言うな糞野郎!!」


「いきなり口悪いな!」


「顔や腕が無いのに動くからといって臆するものか!!」


「いやいや、ちょっとずつ下がってるじゃないすか……」


「ぬ!!」


 デズニードは兜と左腕のないままブロウ隊長へと向かってきた。


「ぬううぅん……」


 ブロウ隊長は剣を鞘に納めると、低く構えた。


「あれ? アンジ? 剣しまっちゃったよ? どうして?」


「居合……ですね」


「い・あ・い??」


「はい、剣を鞘から抜きながら相手を切ろうとする際、剣は前に抜かれながらも外へと力が掛かています、剣がすべて鞘から抜けたその瞬間、外へと掛かっていたその力が一気に解放され、爆発的な速度と力が生まれるのです」


「へー よく考えてるねぇ……」


「恐らく、決着はこれで着くかと」


「フォォォオオオ!!」


 デズニードがブロウ隊長へと剣を振り降ろしたその瞬間、デズニードの胴へ一閃が走った。


 するとデズニードの上半身と下半身は二つに分かれ、さらにブロウ隊長は下半身を切り刻んだ。


「ぬぅぅぅぅぅん……」


 デズニードはバラバラになった。


 それを見たノーズは微かに笑って呟いた。


「へっ! 幽霊やお化けなんかより……よっぽどあんたの方がおっかねぇや……」

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