第31話【冷たい雨】

 テツの身体は返り血で真っ赤に染まっていた。


「テツ様、お見事でした」


 テツが空を見上げると、雨が降り出した。


「アンジ……」


「はい」


 テツはまた不敵な笑みを浮かべた。


「この感覚、久しぶりだなぁ……」


「それこそがあなた様の本来あるべき姿でございます」


「世界中を恐怖にかぁ……いいなぁ……どこから行く? まずはやっぱりガルイード王国から行く? 近いしね」


「はい、それも良いのですが、この世界は広く、私とテツ様だけで一国ずつ落として回っていても、潰した後からまた次から次へと湧き出でくるので効率も悪く、それではなかなか世界の支配は困難です、なので、まずは部下を増やしましょう」


「部下?」


「はい、テツ様を中心に多くの部下を作り、それを世界中に散らばらせ、人間どもを服従させていけば、より効率よく支配下に置けるかと思います」


「えー、人間を殺すなら僕一人で十分だよ、それに自分でやった方が楽しいし、たまんないんだよね、この感じ」


「ご安心を、先程私が一人の兵士を始末した時、気付かれたと思いますが、私の感覚はテツ様とリンクしております、私が人を殺めれば、その感覚はテツ様にも同様に感じれます」


「へー、そうなんだ、だからかぁ……でも部下なんてどうやって増やすの?」


「スクリアでございます」


「スクリア?」


「はい、私のように、テツ様からスクリアを与えられた生物は、絶対なる服従心と共に、絶大なる力を得えられ、兇承獣きょせいじゅうとなります」


兇承獣きょせいじゅう……そうなんだ? ところでさ、僕が出したその……スクリア? って一体なんなの?」


「申し訳ありません、はっきりとした事は、私にも分かりかねます、ただ、今私の体の中でテツ様から頂いたスクリアは、人間で言うところの「心臓」の役割をしており、スクリアが生み出す生命エネルギー【オーム】によって、心臓の止まった私が復活する事が出来たのです」


「え? じゃあアンジ今心臓動いてないの? そっかぁ、スクリア……そんな力があったんだ? オーム……生命エネルギーって、アークと一緒?」


「担っている役割としては、人間でいうアークと同じですね、ただ、アークよりもずっと優れたエネルギーであることは間違いありません、テツさま唯一のエネルギーでございます、その力を生成するコア、スクリアを授けて頂いたのがこの私、兇承獣きょせいじゅうとなります」


「へー、そうなんだ? なんか凄くない? 僕、そんな力があったんだ? アークじゃなくて、オームか、僕だけの力ってかっくいいね!」


「はい、偉大なるテツ様でございますから、ではまずは兇承獣きょせいじゅうを増やし、全世界にばらまきましょう、やがて世界は混沌とし、恐怖に包まれます、そしてテツ様はこの世を牛耳る支配者、大兇帝だいきょうていとなるのです」


「いいねー! よし! それじゃあさっそく兇承獣きょせいじゅうを増やそう! えーと……生き物、生き物…」


「テツ様、兇承獣きょせいじゅうの能力はスクリアを与えられる前の能力に大きく左右されます、ですのでスクリアを与える生物は、出来る限り能力の高い生物が良いかと思われます」


「えー、じゃあどうすんの? あ、メダイ隊長とかどう?」


「それは良い案でございますね」


「でしょ! えっと、メダイ隊長は……いた! あそこだ」


 テツとアンジはメダイの元へと移動した。


「よーし! じゃあメダイ隊長を兇承獣きょせいじゅうにするよー!」


「はい」


 テツはメダイの上に右手をかざすと拳を強く握りしめ集中した。


「んん……ん……ん? あれ?」


 しかし一向に拳が輝くことはなく、なにも起こらなかった。


「あれー? なんでだろう? 出てこないね、スクリア……」


「…………」


 しばらく考え込んだアンジが口を開いた。


「テツ様……もしかしたらスクリアはいかにテツ様とはいえ、そう簡単に作り出せるものではなく、ある程度の期間が必要なのではないかと……」


「えー、そうなの? どのくらい?」


「期間まではわかりかねますが、恐らく……」


「恐らく?」


「今、テツ様の瞳の色は黒く、スクリアを私に授ける前はスクリアと同色になっていらっしゃいました、即ち、スクリアの輝きが再び瞳に宿る時が、スクリアをまた生み出せるタイミングなのではないかと思われます」


「え? 今僕の目黒いの?」


「はい」


「そっか……じゃあどうしよっか……ここでスクリアをまた作れるまで待ってるのも退屈だよね」


「そうですね、では今回メダイ隊長は諦めて、以前私とテツ様が初めてお会いした孤島に行きましょう、あそこなら獰猛な獣が沢山おります、スクリアを再び生み出せるようになった時、その島一番の獣を兇承獣きょせいじゅうに致しましょう」


「それいいね! じゃあ孤島に行こう! でもリヴいないけど、船に乗せてもらえる人いるの?」


「船の必要はございません」


 そういうとアンジは宙に浮かび上がった。


「飛んで行きます」


「えー! アンジって空飛べたの!? すっげー! 乗せて!」


「いえ……テツ様も」


「僕空なんて飛べないよ……」


「身体が浮かび上がるイメージを持ってみてください、テツ様なら容易かと」


「またそんなこと言って僕をからかうつもりだな……意地悪な……身体が浮かぶ……イメージ……んん……」


 するとテツの身体は浮かび上がった。


「わ! ははっ! 本当だ!」


「では行きましょう」


「おー!」


 二人は孤島へと向かい飛んで行った。

 


 ――ナクロス川河口


「……」


「……」


 船の中でサオとイモシチは、ただ無言で二人の帰りを待っていた。


「よっと……」


 イモシチは立ち上がった。


「サ、サオちゃん、なんか飲むかい?」


「いいえ、大丈夫、ありがとう」


「うん……そ、そうだ、こないだタツの野郎が旅行に行って、土産に茶菓子持って来たんだ! それでも食うかい?」


「大丈夫……」


「そ、そうかい……」


「……」


「……」


 サオは立ち上がった。


「サ、サオちゃん?」


「少し……外の空気を吸ってくる」


「そ、そうか……」


 サオは扉を開け外に出ると、外は雨が降っていた。


「……」





 ――――


「サオ! 君も一緒に行こう! 君とテツと僕の三人で! 三人で暮らそう!」



「あ……いや、その、まあ、なんだ、その、ちゃんとしたのは……ま、また、後日に、ちゃんとというか……」



「絶対に! 絶対に二人で帰ってくる!!」


 ――――




「……ふぅ……」


 サオは深くため息をついた、そして、そのサオの遥か上空を、兇承獣きょせいじゅうとなったアンジとテツが飛び去って行ったのであった。



 ――数分後


 テツとアンジは快調に孤島に向け、空を飛んでいた。


「あ! アンジ! 待って!」


「いかがいたしました?」


「エイ婆の町だ! ほらっ! アンジに薬と食べ物をくれたエイ婆の! アンジが良くなったらまた一緒に行くって言ってたんだ! 行こう!」


 するとテツはエイ婆の家へと降りて行った。


「…………」


 そしてアンジもテツを追い降りて行った。


「エイ婆! テツだよ! アンジ連れてきた! エイ婆!」


 テツは扉を叩き、エイ婆を呼んだ。


「エイ婆! いないの?」


 暫くすると扉が開いた。


「エイ婆! 久しぶり!」


「お、おお、テ、テツくん……久しぶりだねぇ、来てくれたのかい」


「うん! 今日はね! アンジ連れてきたんだよ! ほらアンジ!」


「その節は、大変お世話になりました」


 そういうとアンジは深く頭を下げた。


「いえいえ、お身体も良くなったみたいでなによりです」


「…………」


「さ、さあテツくん、中に入って、ゆっくりしていけるんだろう?」


「うん! またエイ婆の料理食べたい!」


「ええ、いいとも、たんと作るから沢山お食べ」


「へへ、やったー!」


「…………」



 ――――


「うんまーい!!」


「そうかい、それはよかった」


「そういえばエイ婆の息子さんてまだ帰ってこないの?」


「え? あ、ああ……」


「どうしたの? なにかあった? 喧嘩でもしたの?」


「息子は……死んだ……」


「え?」


「数ヶ月前に、ある凶悪犯を追っていた時……その凶悪犯に……」


「そ、そうなんだ……」


「…………」


「まあ、その事はもういいから、今日はもう遅いし日もくれたから泊まって行きなさい、今布団用意するわね」


「うん! ありがとう!」


「…………」


 アンジは何かを見透かすような目で、エイ婆を見ていた。



 ――その夜


「スヤスヤ……スヤスヤ……」


 エイ婆はテツの寝ている部屋に来ていた、そしてなんと手には小刀を持っていた。


「……」


 エイ婆は小刀を強く握った。



 ――数日前


「息子が死んだ!? なぜ!? どうして!?」


「国の任務で、ある凶悪犯を追っていたんだ、その時にその凶悪犯によって……」


「は、はぁぁああ……な、なんで……もうすぐ帰って来るって、お嫁さんと、三人で……う、うわはぁぁぁあ……」


「エイ婆……」


「犯人は!? 息子を殺した犯人はどうなったの?! 捕まえたの!?」


「いや……とんでもない奴で、その場にいた他の警備隊も殺されてる……犯人は依然逃走中だ……」


「くぅぅ……どんな奴なの!? わたしが! わたしが息子の仇を!」


「エイ婆……気持ちはわかるが相手はとんでもない化け物だ、無茶だよ」


「いいから教えて!! 犯人はどんな奴なの!?」


「……うーん、犯人は子供だ」


「こ、子供?!」


「ああ、見た感じ七~八才くらいのまだ幼い子供だった、しかしとんでもない化け物で、その場にいた警備隊を一瞬で次々と殺していったよ、特徴は、赤黒い眼をしていた」


「あ、赤黒い眼……赤い眼の子供……」



 ――――


「スヤスヤ……スヤスヤ……」


 テツはなにも気づかずぐっすりと寝ている。


(お前が! お前が息子を! どうしてかは知らないけど今は黒い目をしている、だけど私は騙されないよ! 息子を殺したのは絶対にこいつだ!)


 エイ婆は更に小刀を強く握った。


(絶対に……仇は取るよ!)


 テツの寝ている前へと立ったエイ婆は小刀を自分の胸に当てた。


「はあはあ……ふうふう……」


 エイ婆は震えている。


「む! 息子の仇ー!」


 エイ婆は小刀を振り上げ、テツの心臓目掛けて振り下ろした。


「!?」


 なんと、突き落とした小刀はテツの皮膚で止まり突き刺せないでいた。


「な!? くっ! ああぁぁあ! 仇! 息子の!! ああぁぁあ!」


 エイ婆は何度も何度もテツに小刀を突き下ろすが、テツには傷一つ付けられない。


「ん、んんん……あれ? エイ婆、どうしたの?」


「ひぃっ! う、うぁぁああ!! 化け物ぉぉおお!!」


 エイ婆はまた、渾身の力を込めて小刀をテツに突き下ろした。


「!!!!」


「あ、ああ、かはっ」


 エイ婆は後ろからアンジに心臓を貫かれ倒れた。


「あっ、エイ婆、アンジ?! どうして? エイ婆を?」


「この老婆はテツ様を殺そうとしておりました」


 そういうとアンジは倒れているエイ婆の持っている小刀を見た。


「あ……」


 テツもまた小刀を見て事態を飲み込んだ。


 そしてアンジはテツに近付くと膝を落とした。


「テツ様、お気を付け下さい、これが人間です、表向きは善人を装い、油断している所で寝首を掻く、弱き者こその為ん術にございます」


「……」


 テツは立ち上がり倒れるエイ婆の顔を見た。


「……」


 その表情は酷く冷たいものであった。


「アンジ……」


「はい」


「行こう」


「承知しました」


 二人は再び孤島へと向かって飛んで行った。

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