第63話【種】

 ―― 一方


 ウィザードとリラとクムルはゼラル大陸へと向け、大海原を航海していた。


「クムル、寒くない? 大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 リラはクムルに自分の上着を着せると、水平線の彼方を見据えるウィザードへ話しかけた。


「隊長、少し休んでください、昨日からずっと休んでいらっしゃらないでしょう」


「……この辺りの海域は潮の流れが速い、油断していると航路を見失う、潮の流れが穏やかな海域に出るまで見張りがいる、気にするな」


「そうですか……」


 ウィザードは少し不安げなリラの表情に気が付いた。


「不安か?」


「え? ……いえ、ただ……本当に向こうの大陸の人達は、力を貸してくれるでしょうか?」


 ウィザードは再び水平線の向こうを見据えた。


「どうだろうな、しかし、今はそれしか手立てがない、それに…… 今はゲルレゴン王国で済んでいるが、奴ら、いずれは大陸全土を支配することになるだろう、そうなればゼラル大陸も次の標的にはなる、いずれは相まみえる敵だ、ないがしろにはされんだろうが、すぐに各国に声を掛け、大陸を渡りゲルレゴンへ軍を出陣してくれるかどうかは、正直わからない……」


「そうですか……」


「……しかし、 ガルイード王国のメダイ隊長は聡明な方だ、きっと状況を理解し、ゼラル大陸全土に応援を呼び掛けてくれるはずだ、私が、私が必ず説得して見せる」


 リラは決意に満ちたウィザードの横顔を見ると、少し不安な気持ちが安らいだ。


「ウィザード隊長はすごいですね……同じ女性なのに、尊敬します」


「……性別など関係ない、どんな意志を持ち、どう生きたいか、それが全てであろう」


「そうですね、私もウィザード隊長のように強い希望と意志を持ちます」


 そういうとリラはクムルの元へと戻った。


 ウィザードはそれを横目でみると少し微笑み、また先を見据えた。


(絶対、絶対に私がガルイードを説得して見せる! そして軍を率い、奴らを、奴らを必ず倒す! いざ! ガルイードへ!)



 ――ゲルレゴン王国王室


 テツが相変わらずスクリアに映し出された兇獣きょじゅうの映像を見ていると、そこへアンジが現れた。


「テツ様、先程チシリッチにいる兇獣きょじゅうから連絡があり、シム・ナジカの現存を確認したとのことです」


「ん? そうなの? なんで? なんかあったの?」


「あ、いえ……特には……」


「そう? てかさ、バジムがゼラル大陸に行ってる間、僕らどうする? なんもしないってのも暇だよね」


「はい、まずはこの大陸全土を支配下に置く為、兇獣きょじゅうを準備しております」


「お! いいね! じゃあ僕も行くよ!」


「いえ、この大陸の隊長達は先日ほぼ倒しておりますから、あとは隊長不在の統率の取れていない軍のみ、兇獣きょじゅう兵だけで十分事足りるかと、むしろ私やテツ様が行ってしまうとあっけなさ過ぎて面白くないかと思われます」


「まあ、そっか……せめて兇獣きょじゅうに対抗出来るだけの人間が出てくれば面白いんだけどなあ……」


「そうですね……この大陸ではそれは望めませんが、この世界で考えれば世界は広い……兇獣きょじゅうどころか兇承獣きょせいじゅうをも脅かす力を持つものが現れてもおかしくはありません」


「へー!! 強い人間探したいねー! どこにいるかなー?」


「そう簡単にはいかないでしょう……が、 種をまくことは出来ます」


「種?」


「はい、以前お話ししたように、人間とは進化をしていく生き物です、恐怖に怯える中で、それに抗い、対抗し、考え、強く進化してゆくのです、その為、あえて全滅はさせず、殺さず生かさずに留めておくことで、数年後、数十年後、はたまた数百年後に、我々を楽しませてくれる人材が育つのです」


「おおお! お主……やり手じゃのう……」


「そういった意味では以前テツ様がバジムにガルイードへの手出し不要を命じたのは聡明な判断かと」


「へ? ああ、いや、別にそんなことは考えてなかったけど? ただなんとなく……」


「そうでしたか……失礼いたしました」


「まあでもつまり、これからガルイードがどうなっていくかってことだよね! 強い人間が育つかな?」


「そうですね、我々の恐ろしさも充分に理解したであろうし、そのうえでどう進化していくか……見ものでございますね」


「んふふふ! 楽しみだー! 早く強い人間が育つといいなー!」


「国王も隊長各も殺してしまいましたからね、再建にはかなり時間は掛かるでしょうが、ゆっくりと待ちましょう」


「じゃあ、これからのガルイードに期待だね! 何年後になるかは分からないけど、 強い人間が育ったら、その時はぜひ会いに行こう!」


「はい、人間の底力、というものに期待いたしましょう」


「うん! 数年後に! ガルイードで!」





 ―― 十年後


 ガルイード王国闘技場


「でやあああ!!!!」


 ある少年が、サガネを一人の男に振り落とした。


「ぐわあああ!!」


 男は倒れ、そこにいたもう一人の男が右手を少年に向けた。


「勝者ティグ!!」


「はあはあはあはあ……」


 その時、客席で見ていた少年が飛び上がった。


「う、うをおお!! や! やりやがった! 本当に優勝しちまいやがった! すげえ! すげえよティグ!!」


「はあはあはあ……ははは! やった!  やったぞ!! やったー!! 優勝したぞー!!」


 闘技場の真ん中で、大声でティグは叫んだ。


「やったよコイル! 最年少記録だ!」


「おおお! すげえよ! お前はやっぱすげえよ! 本当に王国の大会で最年少優勝しちまいやがった!」


  闘技場の歓声がティグへと降り注ぎ、ティグは王杯を受け取った。



 ――闘技場帰り道


「まさか本当に優勝しちまうなんてなー、王国の大会を十歳で優勝するなんてありえないぜ!」


「へへっ! だからやるって言ったろ! きっとこれで王国の軍に認められる! 兵士になっていつか隊長になって、この国や大陸の人達を守るんだ!」


「ティグはそればっか言うよなー、でも実際この大会での最年少優勝の話はあのサルバ隊長の耳にも入るだろうからな、さすがにサルバ隊はないとしても、軍への入隊はありえるぜ」


「ああ! 一般人じゃ警備隊にしかなれないって言われてるけど、警備隊じゃなくて、王国軍に入るんだ! 絶対に入って見せるよ!」


「そうなったら一般人で初の王国軍への入隊か……まったく、初物づくしだな……なんか俺自分に自信なくすよ……」


「コイルの家は剣士の家系だろ、別に落ち込む事ないじゃん」


「いやあ、そういう事じゃなくてさ……」


「まあ元気出せって! 俺が兵士になったらお前も守ってやるからさ!」


「まあ、それは有り難いんだけどね……しかし、どの道この王国には兇獣きょじゅうとやらはなぜか襲ってこないからな、とりあえずは安心してていいんじゃねえの?」


「そんなの、この先、絶対襲ってこないなんて保証は無いんだ、安心なんか絶対しちゃ駄目だ! それに、今なお隣国の人々は兇獣きょじゅうに怯えながら暮らしているんだ、俺達が何とかしないと!」


「わかった、わかったよー……ったく……兇獣きょじゅうの話になるとすぐに熱くなんだからよ……」


「あ、ご、ごめん」


「いいって、お前の兇獣きょじゅうへの熱血は今に始まったことじゃねえし、実際今んとこ、言ったことは全て叶えちまってるしな! 俺もお前には期待してるよ! 立派な隊長になれよ!」


「コイル……ああ! 絶対になるよ! 見ててくれ!」


「へへっ! ほら、お前ん家あっちだろ? 帰ってお袋さんに報告してやれよ、無傷で優勝したってよ! 心配して待ってんだろ?」


「ああ! じゃあまた明日学校でな!」


「おう! またな!」


 ティグはそう言うとコイルと別れ、家路に急いだ。


「はあはあはあ!」


 家へと着いたティグは、家の扉を勢いよく開け中へ入ると叫んだ。


「母さんやったよ! 優勝した! 最年少優勝だよ!!」


 家の奥で夕食の準備をしていたティグの母親は、それを聞くと振り返った。


「ティグ ! ?  大丈夫? 怪我はない?」


「大丈夫だよ! ほら見てよ! これ! 優勝者に送られる王杯だよ!!」


「まあ、すごいわ、よく頑張ったわね、おめでとう、ティグ」


 ティグの頭にやさしく手を置き、 微笑むその母親は……。




 サオであった。



 ――― 第一章 完 ———

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