春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~初日の出~②

 りんどうが言うように、その山はこどものわたくしでものぼりやすい山だった。

 里のようすを一望できるばしょで、突っ切ってあるいていけば大和のたみのみなさまがすんでいるばしょへもつうじる。

 つまりは里がなにかおきたときの避難経路としてみちがつくられていたみたい。

 秘密のみちというかんじがした。

 


「昔は車もありませんでしたから、祖先の人々は外の世界に行く時にこうした山を乗り越えて行ったんでしょうね」


 りんどうはわたくしと歩幅を合わせながらゆっくり山道をのぼる。

 のぼりながら、いろんなお話をした。


「もっともっとまえの秋のだいこうしゃさまは大和ぜんぶをこうして歩いたのかしら?」

「もっと前……飛行機もない頃ですか?」

「うん」

「そうですね。でもさすがに馬には乗っていたと思いますよ。あとは駕籠ですかね。その代行者によって違ったようですが」

「駕籠……かご。かごはいまもおとずれるばしょによってはのるものね」

「はい」

「わたくし、あれちょっとはずかしい……」

「えっ最初は喜んでたじゃないですか」

「だ、だってものめずらしかったし……」


 りんどうはわたくしのこといつまでも初対面のときのこどものままだとおもってるふしがある。わたくし八歳です。もうかごはそつぎょうよ。


「いがいと中でじっとしているのたいへんなの。それにね、だんだん申し訳なくなるのよ。そんなにしてくれなくていいんですよって……。わたくし、あるけますって」

「はは、確かに仰々しいですからね。撫子が乗りたくなかったら無くしてもいいんですが……代行者を乗せた駕籠をかつぐのを生きがいにしている地元の関係者もいるので、もう少し大きくなるまでは乗ってもいいのでは?」

「いきがい……」

「竜宮の人とかは特にそうじゃないですか? 気のいい人が多いし」

「……たしかに。みなさん、どうしてあんなに楽しそうにかつぐのかしら」

「俺の秋が可愛いからですよ。これは周知の事実です」


 りんどうがへんに自信をもって言ってくれたことは置いといて、おしゃべりしながらの登山はぜえはあもしたけれどとても楽しかった。

 それにおべんきょうにもなった。この登山道は有事のさいに避難のせんたくしにはいるのですって。

 きっとそういうこともおしえたかったのね。

 じんせい、なにがあるかわからないもの。


 それはきょねんでわたくしじっかんしたわ。


「頑張れますか、撫子。あともう少しですよ」

「うん、へいきよ」


 でもりんどうがいれば、わたくしはだいじょうぶ。

 たとえこのみちをつかうようなことがあっても。


 そんな風におしゃべりしてたら山頂にとうちゃくするのはすぐだった。


 山頂はわたくしたちいがいも日の出をまっているひとたちがいた。

 めがあうと会釈される。

 わたくしはお世話してくれてるかたがたいがいとはほとんどおしゃべりをしない。

 わたくしがそうしたいとおもっているわけではないのだけれど。


「撫子、ほらこっち。簡易椅子を持ってきました。座って。見晴らしが良いでしょう? でも柵がありませんから崖に近づいてはいけませんよ」

「うん」


 りんどうが話しかけてくれたから、わたくしはいっしゅん感じたからっぽなきもちをすぐに忘れた。


 それからしばらくすると、空にだんだんへんかがあらわれた。

 かぐやさまのおかげできていた夜が、かやさまのおちからで朝になる。

 いまそのうつりかわりのじかんをまさに体感していた。

 わたくしはなぜだかわからないけれど、すごくせつなくなってしまった。


 射手さまの大変さがみにしみたのもあるけれど。

 それより、なんというか。


 とおいばしょにおなじように神さまにされた女の子がきょうもがんばっているというじじつが。


 すごくすごく、むねをしめつけた。

 そしてどうじにとても勇気づけられた。

 くらべられるほど神さまをしてきていないけれど、でもわたくしもこの土地で神さまをがんばっている。


 わたくしはひとりではないんだわ。




「撫子?」




 きがついたら、わたくしの目からぽろぽろとなみだがこぼれていた。

 

「どうしたんです。嗚呼、可哀想に」


 りんどうが椅子からわたくしを横抱きにしておひざにのせる。

 ほかのひとに見えないように腕のなかにおさめてかくしてくれた。


「……なんでもないの」

「何でもない人は突然泣きませんよ。本当にどうしたんですか? 具合が悪くなりましたか? それとも悲しいことが?」

「ううん、ただかやさまのことを考えていただけ……」


 ほんとうは、じぶんのみのうえもかさねて切なくなってしまったのだけれど、それは言わなかった。

 だってそんなのりんどうを困らせるだけだわ。

 

「きっと……大丈夫ですよ。時間を見てご挨拶のお電話をしましょう。撫子から連絡をすれば喜ばれるはずです」

「そうかしら……喜んでくださるかしら」

「ええ、きっと。貴女に気にかけてもらえて喜ばない者がいるでしょうか」


『いるわ』とは、わたくしは言わない。


 わたくしは頭のなかで『お家のひと』をおもいうかべた。

 ふたりとも、どんなお正月をすごしているかしらない。

 ほんとうならりんどうはわたくしと過ごさずごかぞくのもとへいけたはず。

 どうして会いに来てくれないのかしら。

 

 わたくしのことをお荷物みたいに本殿にあずけてから、あう回数がどんどんへってる。もうわたくしのことをわすれてしまったのかもしれない。


 わたくしは、誰かに預けられたぬいぐるみじゃないのに。



「…………りんどう、ありがとう」



 りんどうにはわたくしのようにさみしいおもいをさせたくないわ、とわたくしおもった。かぞくとしあわせでいてほしい。



――でもそれってわたくしといっしょだと叶わないのでは?


 むねがズキリといたくなる。

 むじゅんしたことをかんがえている。

 どうにかしてあげたいけれど、わたくしはどうすることもできない。

 わたくしがおとなにならないと、わたくしはひとりであるくことさえ許してはもらえないのだから。


 手袋に包まれた手で目をごしごししようとしたら、その前にりんどうが手巾で目元を拭いてくれた。


「目が赤くなってしまいますよ」

「ありがとう……」

「それにしても妬けますね」

「なにが……?」

「我が主が泣くほど他の誰かを想っていることが、ですよ」


 わたくしは目をぱちくりとした。

 

「朝日を見て花矢様を想い泣くだなんて。俺もそんな風に想っていただきたいものです」


 りんどうは付け足すように『俺は貴女にとって最も愛しい人の子のはずですから』と囁いた。

 わたくしは何を言っているのかしら、とおもう。

 わたくしが一番だいじにおもっているのはりんどうにきまっているし、そんなことはみんながしっていることだわ。

 ううん、りんどうだってしってるはず。

 きまっていることをなぜ願うのかしら。


「りんどうのこと、すごくおもってるわ。一番よ」


 わたくしがねんのためにそう言うと、りんどうはじっとこちらを見てきた。

 見つめられると言葉がひっこみそうになる。

 でも言わなきゃ。


「かやさまのことがしんぱいよ。かやさまをおもってる。でも、それとりんどうへの大好きはべつ。りんどうはわたくしにとって……その……一番だから」


 りんどうはちょっとだまってから、また聞いてきた。


「俺が一番。本当ですか?」

「ええ」

「ナンバーワン?」

「なんばーわんよ。これはぜったいです」


 りんどうは、急にじょうきげんになった。


「ありがとうございます、撫子」

「あたりまえのことよ」

「ええ、そうですね。でも確認したくて……」


 するひつようないのに。

 りんどうはいつもわたくしのこころがわりを心配する。


「今日、俺にそう言ってくれたこと……忘れないでくださいね」


 きっとわたくしがこどもだから、しんようがないのね。

 だからわたくし、『しんじて』という気持ちをこめてささやいた。


「わすれないわ」


 それきり、わたくしたちはくちかずが少なくなった。

 なんとなくもうしゃべらなくていい気がした。

 でもしゃべらない代わりに、おたがいぎゅっとくっついて寒さをしのいだ。


 ふと、考えがうかぶ。


 このせかいはわたくしにとっても冷たく厳しいものだけれど、りんどうにとってもそうなのかもしれない。


 だから、りんどうはわたくしから言葉をほしがるのかも。


 もしそうなのであれば、つみぶかくもわたくしは嬉しい。


「りんどう」

「はい」

「呼んだだけ」

「いたずらですか」

「違うわ、すきだから呼んだの」

「それはそれは」

「ほんとうよ」

「嘘だなんて思ってませんよ。俺の秋は当然俺のことが好きでしょう」

「そうよ」


 だってわたくしたち、さみしさをうめたいというところだけは。


 それだけは両思いということになるのだから。






 それから初日の出を終えて本殿に戻り、一眠りすると、かやさまの罰が解かれたとりんどうに教えてもらった。

 

 ひさしぶりに聞くかやさまの声ははずんでいて、ゆづるさまがすぐに会いに来てくれたことを喜んでいるようすがつたわった。


 初日の出を見たんです。ありがとうございますと伝えると、かやさまはすこしだまったあと涙声で『嬉しいです』と言った。


 わたくし、今年も神さまを頑張ろう。

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