春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~甘酒~②


 冬離宮の厨に凍蝶とさくらが向かう。途中、離宮の管理者達と廊下ですれ違った。今日は大量に甘酒を作るから出来上がったらみんな自由に飲んでくれと凍蝶が言うと喜んでいた。


――こういう所が、人望を集めるんだろうな。


 さくらはまた感心した。


「甘酒は米麹から作るものもあるが、うちは酒粕なんだ。それほど時間がかからず作れるし、甘さも調整しやすいから子どもが好きな味に出来る」


 厨に入ると早速凍蝶の料理講座が始まった。


「アルコールは?」

「入ってはいるが、お前が想像するような危険性のものではないよ。ああ、でも……昔は伝統だからと自分も子どもの時に飲んでいたし、他にも普通に振る舞っていたが、いま考えると雛菊様に飲ませたのはよくなかったのかもしれないな……。現在も未成年ではあるし……よしたほうが良いだろうか」

「運転するわけじゃないし、ちょっとくらい良いんじゃないか? これだけぐつぐつ煮込んでるんだからアルコールなんてほとんど飛んでしまうだろう。世界一美味しかったと仰ってるんだから飲ませてさしあげたい……。それにな、雛菊様……私と比べてアルコールに強い御方なのかもしれないんだ」

「本当か」

「うん。以前、お酒の入ったチョコレートを誤って口にされた時に美味しそうにパクパク食べられていたんだ。私はああいうの食べられないわけではないんだが、すごく好みはしないんだよな。普通に酒抜きのチョコのほうが美味しいというか……。まだ酒に慣れていないせいもあるが……」

「なるほど」


 舌は私より大人な可能性がある、とさくらが言う。複雑な気持ちのようだ。

 凍蝶はくっくっと喉を鳴らした。


「さくら、無理して酒を好きになる必要はない」

「飲めるんだぞ! 飲めるけど……」

「私だってお茶のほうが好きだよ。付き合い程度に飲めれば十分。断り方を上達すればいいだけだ」


 二人はそのまま会話を続ける。並んで厨に立つ様子はとても自然だった。


「さあ、ここで生姜を入れるぞ」

「二人分だとどれくらい入れたらいい?」

「そうだな……」


 春の頃にはまだ対立の雰囲気が残っていたが、夏でそれは氷解し、秋での対話を経て、昔とは違うが親密な仲になれている。


「出来た。味見するか?」

「する」


 特にさくらの態度が大きく変わったと言える。


『お嫁に行くな』と告げられてから、彼女の心の扉がぐっと開かれているようだ。

 少なくともこの寒月凍蝶という男はまだ自分を手元に置いておきたくて、そして何なら可愛がりたいのだ、昔のように。という事実がさくらにも伝わった。

 彼女が甘えられる相手などこの世に限られている。最も背中を追い続けて、最も憎んでいて、誰よりも助けに来てもらいたくて、そしてずっと好きだった男にそんな態度を取られたならば。


「凍蝶、これ美味しい……。飲んだことあるはずなのに……きっと忘れてしまっていたんだなぁ……美味しいよ……」


 さしもの春の代行者護衛官も、冬の代行者護衛官に大層可愛がられていた娘に戻る。


「何で忘れちゃったんだろ……」


 凍蝶は自然とさくらの頭に手を置いて撫でた。

 さくらはふうふうと甘酒を冷ましながら言う。


「おい、どうして撫でるんだよ」

「つい。可愛くてな」

「……いいか、凍蝶。世間一般で言えば私は可愛くはないんだ」

「確かにお前は美人だから、世間一般で考えるなら綺麗だと言うべきではあるが……」

「違う、そうじゃない。凍蝶……お前、弟子馬鹿だろう。ふ、二人きりだから良いが……他の人の前でもその調子だと笑われるぞ。あの護衛官は、春を……その、愛ですぎだと……」


 これに対して、凍蝶は苦笑した。

 さくらの頭から手を離したものの、ぐっと顔を近づけて言う。


「私が春を愛でているのはみんなが知っていることだ。今更からかう者なんていない。いたとしても気にしない」


 宣言、というよりかは言い聞かせに近かった。

 鈍感な春の娘に彼は言いたいのだ。


「私は恥ずかしくないんだ」


 お前だけが特別なのだと。


「さくらが目の前にいる。私も傍に居ることが許されている」


 特別な人に特別な対応をしているのだと。


「この時間を大事にせねば。他は些事だよ」


 私に愛でられることに慣れろ、という脅しも少し入っているように見える。

 さくらは至近距離で囁かれて、甘酒の味が急にわからなくなった。


「な、なんか近くないか?」

「そうか? 狭いからな」

「広いよ、この厨」

「私の身体が大きいから狭く感じる」


 冬の男の愛の狩りは始まったばかりなのだ。

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