春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~甘酒~
春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~甘酒~①
※こちらの掌編は春の舞、夏の舞、暁の射手本編後の物語となっております。
ご注意下さい。
北の大島エニシ。その中に存在する牧歌的な町、不知火は霊験あらたかな土地だ。
巫の射手が日参している不知火岳があるのはもちろんのこと、冬の代行者の別荘である冬離宮もひっそりと存在している。
黎明二十年の大晦日前から、冬主従の招致により春主従がこの地で年越しを過ごしたことを知る者は限られていた。冬の王寒椿狼星が是非にと願い、それに春が応えた形だ。これは冬の護衛陣にとっても大きな意味がある年越しだった。
十年ぶりに戻ってきた花葉雛菊は、彼らからすると寒椿狼星と寒月凍蝶を守ってくれた恩人だ。春の代行者護衛官姫鷹さくらとて、事件のせいで春の里から放逐され、冬の里の娘同然に暮らしていた時期があった。その二人が突然戻ってきて、春顕現をし始め、春と夏に大捕物をし、それはそれは大変な一年を過ごす中、また冬と交流をするようになった。冬の里の誰もが考えられなかった未来がいま訪れている。
そうした背景もあり、賓客対応の人員はほぼ立候補で埋まった。
狼星が手当や代替え休暇を約束していたことも起因していただろうが、ほとんどの者は単純に過去の埋め合わせをしたいと願っていた。
春よ、どうか心安らかに年越しをしてくれと。
春主従はあたたかい歓迎ムードの中穏やかに冬との蜜月を過ごしていた。
「甘酒、おいし、かった、ね」
「はい雛菊様。久しぶりに口にした気がします」
「何杯も飲めるもんじゃないが、美味いよな」
「私も甘いものはそれほどだが、甘酒は好きだ」
そして、本日は冬の青年達と共に不知火神社に初詣に出かけていた。
メンバーの中に現人神が二名居るのに参拝するのはどうなのか、という問い掛けが多少なりともみんなの心の中にはあったが、地主神への感謝くらいは必要だろうと理由をこじつけた。本音は、民と同じことをしてみたかっただけだ。
無事お参りとおみくじを引き終えて、混雑した道から駐車場まで戻る間に屋台で甘酒を見つけ、買って飲んだら好奇心も大分満たされた。
「雛菊様は甘酒がお好きですよね」
さくらが主に微笑みかけながら言う。
「ほら、自動販売機でも甘酒を選ぶことがあるでしょう」
「……ちいさい、ころ、すっごく、美味しいの……のんでから、すきに、なっちゃった……」
雛菊ははにかみながら返す。
それを聞いてさくらは『嗚呼』と思い至る。
「お祖母様とお過ごしになられていた頃ですか?」
「うう、ん」
「あれ。じゃあ里ですか」
「うう、ん」
段々、謎々のようになってきた。
さくらがわからなければ狼星と凍蝶もわからない。会話の行方を見守っていた青年二人のほうに、雛菊は視線を向ける。
「凍蝶、お兄、さま」
砂糖菓子の声音が綺麗に響いた。
「凍蝶、お兄さま、むかし、冬の里で、つくってくれ、ました」
十年の裏切りを気に留めていない雛菊。
いつまでも負い目がある凍蝶。
「あれが、雛菊、せかいでいちばん、美味しい、甘酒、でした」
そんな関係性の中で、こんな言葉を捧げられてしまえば、この男がどうなってしまうかなど、予想するまでもなかった。
凍蝶は数秒感極まった様子を見せた後、サングラスのズレを直しながら主に尋ねる。
「……狼星。いまから三時間半、私に外出時間をくれないか」
許可を求めてはいるが、もう決めている顔つきだ。
「いいぞ」
狼星もすぐ許可した。
「どうせひなに甘酒を作ってやるんだろ。でも、外出ってどこに行くつもりだ? 今日は店が閉まってるところばかりだろ」
「正月に開いている酒屋を一軒知っている。少し遠いが……車を飛ばして戻ってくる。そこでなら私が求める酒粕があるはずだ」
「ああ、なるほど。お前の作る甘酒って材料が何でも良いわけじゃないのか」
「そうだ。あれでないと駄目だ」
「凍蝶お兄さま、ち、ちがうの、雛菊、そんなつもり、じゃ……」
雛菊が慌てて凍蝶を止める。
「雛菊、わがまま、言いたかった、わけじゃ、ありません、でした。ごめん、なさい。せっかく、お正月、どこか、いかないで……」
凍蝶は雛菊の『いかないで』という懇願に頷きそうになったが、誘惑を振り切った。
「いいえ、雛菊様。我儘などではありません。むしろこちらがお願いをしたいのです。どうか私に、雛菊様に甘酒を献上する機会をくださいませんか」
「け、けんじょう……」
大事になってきてしまった。雛菊は狼狽える。
「必ずや、雛菊様が美味いと仰ってくださった甘酒を再現します」
「で、でも……」
雛菊としてはそんなつもりではなかったのだろう。大昔にもらった無償の優しさを本人に感謝するつもりで振り返っただけだった。
せっかく四人で集まっているのに凍蝶だけどこかへ行ってしまうなど望んではない。
「どうか……雛菊様。御身に自分が作ったものを所望していただき、それを献上出来る。私にとってこれは身に余る誉れです」
しかし、凍蝶がやる気を出してしまっている。
「うう……」
雛菊が承諾するのは時間の問題だった。
蚊帳の外である狼星は、黙ったままでいるさくらをちらりと見た。
さくらは好きにさせるつもりなのか、それともこうなった師匠を止められないと判断しているのか、静かにしている。こんなめでたい日に、一人で車を走らせようとしているのは彼女の好いた男なのだが、雛菊と凍蝶なら雛菊に天秤が傾く娘なので主が喜ぶ物が手に入るほうがいいのかもしれない。
狼星と目が合うとぽつりとつぶやいた。
「なんか、料理ドラマみたいな展開だな?」
言い得て妙だと狼星も思った。
結局、凍蝶以外の他三人は冬離宮に戻り、凍蝶だけが一人冬道を車で走り抜けた。
宣言通り、三時間半で凍蝶は戻ってきた。
「おかえり凍蝶」
「おー、よく帰った」
「凍蝶お兄さま、おか、えり、なさい」
洋風の冬離宮のリビングに特別に設置されたこたつに足を入れてみかんを食べていた子ども達は勝利の品を無事入手してきた凍蝶を迎え入れる。
雛菊とさくらはこたつから抜け出して、凍蝶が持っている袋の中身を見た。
「これ、甘酒、の、材料?」
「はい。酒粕です。寒月流の甘酒はこの銘柄の酒粕と決まっています」
よくよく見ると、ラベルがついていて、手書きで元の酒の名前が書いてある。
酒を嗜む者なら耳にしたことがある酒造から出ている名酒だ。
凍蝶が説明すると、雛菊は拍手をし、さくらは携帯端末で酒の名前を検索した。
「これで作ればいいのか……」
その一言で、凍蝶は愛弟子がしたいことを察する。
「さくら、作り方を教えてやろうか」
「……え、でも……」
さくらは少し遠慮しつつ言う。
「寒月の秘伝とかじゃないのか?」
さくらの言葉に凍蝶は笑った。
「秘伝などではないよ。それにお前は私の弟子なのだから、寒月流の甘酒を知っていたって良いだろう。今日は私が作るが、雛菊様が帝州で所望された時にさくらが作ってくれないか。そうしてくれたら私としても嬉しい」
知識や権利を独占する気がない凍蝶に、さくらは内心尊敬の念を抱く。
――私なら絶対、雛菊様の好きなレシピを他に渡したくないけどな。
自分が主にとって一番でありたい。そうなれる手段を誰かにくれてやる気はない。
師匠の人の良さと自分の人の悪さを比べて若干反省した。
さくらは照れた様子で頷く。
「……じゃあ、教えて欲しい。教えて……ください」
「了解した。メモも書いてやろう。雛菊様、さくらをお借りします」
雛菊は二人が仲良く甘酒を作るのだとわかると、笑顔で頷いた。
狼星はこたつから一歩も出ることなく『頑張れ』とやる気のない声で応援をした。
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