春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~冬夏青青~③


 おれは気を失った輝矢様を抱き留めながら思う。


――輝矢様、おれ、言いたいことあります。


 図々しい願いを、この方に言う予行練習をしなければならない。

 だから心の中で語りかける。


――おれ輝矢様の名字もらったら駄目ですか?


 実際は何の関係もないし、拘束力もない。

 輝矢様の養子になるわけじゃないし、おれが親に売られた『巫覡慧剣』ということが変わるわけでもない。

 

――でも、輝矢様と同じものがもらえたら。


 何だかそれってすごく素敵じゃないだろうか?


 この方がもたらした夜空の中で光り輝くお月様のように、自分も輝ける気がする。

 この方に少しでも近づける気がする。

 良くない者であるおれも良くなれる気がする。


 きっと輝矢様はなんてことない様子で『なんだ、そんなことか。もちろんいいよ』と言ってくださるだろう。


――わかってる。


 おれは答えがわかっているから悩んでいたのだ。

 

 

 おれの神様はとても優しい。


 優しいのだ。



 優しいから、おれみたいなろくでもない子どもに好かれる。

『あれをくれ』、『これをくれ』と愛情を求められてしまう。

 きっとそれって、しんどいよ。




 おれは輝矢様から愛情を搾取しているんだ。




「……輝矢様は可哀想だ」




 おれは奪うんじゃなくて与えるべき立場なのに。


 小さな頃から苦労している輝矢様を支えるべきなのに。


 おればかり支えてもらって、ちっとも恩返しが出来ていない。

 こんなことじゃそのうち嫌われてしまうんじゃないか?

 輝矢様に嫌われたらおれ、どうしょう。

 もう今度こそ人生が駄目になる。

 生きていけない。



 輝矢様に嫌われたら、生きていけないよ。



 おれはしとしとと涙をこぼしながらどうしようもない願いを抱く。



――本当にあなたの子どもだったら良かった。


 意味がない。


――何の心配もなくあなたに愛されたかった。


 考えても意味がないこと。


――あなたなら、きっと愛してくれたのに。


 それを何度も何度も考えて、自分で処理出来なくて持て余して、そうして輝矢様にすがってしまう。


 おれのこういうところ。

 なんだかすっごく輝矢様に依存してしまうところ。

 きっと探したら何か病名がつく。

 それくらい、自分が歪んでいるのがわかる。



――良いものになりたい。



 綺麗なものに。



 夜の神様の傍に居るにふさわしいお星さまみたいな、そういう綺麗なものに。





――でもなれない。





 おれはどう足掻いたって、月夜に愛してくれと吠える狼でしかないのだ。




「……」



 輝矢様はまだ目覚めない。





「輝矢様……早く起きて……」




 おれは涙と鼻水を上着の袖でごしごしと拭きながら待った。

 脈拍は正常。きっとあと少しで目覚めてくれる。



「輝矢様、起きて……」



 おれの気持ちを聞いて欲しい。

 おれのことを見て欲しい。







「かぐやさま」







 あと少しの我慢だ。

 起きたら、輝矢様は何故泣いているのか聞いてくださる。

 まるでお父さんみたいに、おれを導いてくれる。







「輝矢様、おれ……おれ……」







 あなたは、本当はおれみたいな狼を傍に置くべきではない。




 でも、どうかこのままおれを飼い慣らして欲しい。







 そうしたらいつかは。




「……慧剣、どうした。何で泣いているんだ」




 あなたの為だけに存在する、強くて優しい狼にきっとなれるから。

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