春夏秋冬代行者外伝 夏の舞 外伝 夏掌編集

比翼連理

 ※こちらの掌編集は夏の舞本編後の物語となっております。ご注意下さい。




 ある寒い日の午後、とある花婿が夏の里の邸宅で冗談めかしてつぶやいた。



「書記を務めさせていただく葉桜連理です。どうぞよろしくお願い致します」



 彼の真向かいに居るのは大和美人という言葉を体現しているような娘。

 この国の『夏』、葉桜あやめだ。

 あやめは彼がわざと真面目ぶって言う姿が面白かったのか、くすくすと笑った。


「ふふ、本格的ですね。連理さん、どうぞよろしくお願い致します」


 現人神の娘と人間の青年は、つい最近晴れて結婚式を終えて夫婦となっていた。


 本日はその素晴らしい門出に頂いた結婚祝いの返礼品を二人で考えよう、という時間を設けている。

 連理は珍しく眼鏡をかけていた。張り切って書記を買って出ているところを見ると、夫婦の共同作業が嬉しいようだ。


「あやめちゃんにはお祝い品を選別、読み上げてもらいます。そして俺が端末に入力していくね」


 その様子があやめにも伝わってくるので、あやめもつい笑顔になってしまう。


「はい、助かります」

「気になったこと、思いついたことがあったら言って。備考欄に書き込んでいくから。後で話していたことがわからなくならないようにちゃんとリスト化していこう」

「はい。それにしても……」

「何かあった?」

「連理さん、眼鏡似合うんですね……」


 あやめはうっとりと連理の眼鏡姿を眺める。連理は目をぱちくりと瞬いた。

 

「え、そうかな。かけるの、事務仕事する時だけだけど……」

「とても似合います。私、自分も眼鏡だからお揃いみたいで嬉しいです。眼鏡をかけている人が好き……という好みの問題もあるんですが」

「そうなの?」

「はい。眼鏡は嫌いじゃないんです。コンタクトにしていないのはそれが理由です」

「じゃあ寒月様とかも好みってこと?」

「うーん……寒月様の場合はサングラスなのでちょっと違うんですが、でもサングラスを外したりかけたりする仕草は素敵だと思います……」

「ああ、仕草が好きなんだ」

「はい。こう、なんというか……じっと見てしまう仕草というか」

「……」

「連理さん、ごめんなさい……ただ好みの問題ですよ。嫌な気持ちにさせてしまいました?」

「…………」

 

 何か考えているように連理は顎に手をあてた。そのまま黙る。

 

「連理さん……」


 あやめが慌てたところで、連理は少し唸ってから観念したように言った。


「……いや、寒月様は俺もときめくからなぁ」


 思わぬ言葉に、あやめはきょとんとした。


「と、ときめくんですか?」

「そりゃ……だって、寒月様だよ? あんな人、中々居ないでしょ。夏の里にあんな格好良い大人居る?」

「……同じようなタイプの方は確かに居ないかもしれません」

「でしょ。なんて言ったら良いんだろう。こういうの、あんまり男だから女だからって言うのも変なのかもしれないけど……。敢えて言わせてもらえば、男から見ても格好良い男って感じなんだよね、寒月様。洗練されてるし……何しても絵になる」


 連理にしては珍しい熱弁ぶりだ。


「そして喋ると意外と穏やかで、気配りの鬼って感じが……なんかこう……ギャップもあっていい……。強面じゃないけど近寄りがたさはあるじゃない? なのにこう……ね? すごい紳士というか。上司になって欲しい男性というかさ」

「ああ、それはわかります! 頼りになる方ですし、頼っても無下にされないだろうな、というお人柄への信頼感もありますよね」

「そう! それ!」

「寒月様がいらっしゃるから冬の護衛陣の方々は結束しているところがあるらしいですよ」

「だろうね。竜胆さんも格好良いけど、また別の格好良さだよね。……俺もあやめちゃんを守る立ち場だし、寒月様や竜胆さんみたいな方々には憧れるよ」


――嗚呼。


 あやめはその言葉で連理がどうして熱く語ったのか納得がいった。

 彼はこれから四季庁職員としてあやめや瑠璃の警護をすることになっている。

 起用理由としては医師としての力が大きいのだが、賊との対決の際には当然武力も求められる。

 そうした背景もあり、連理は今までまったくしてこなかった武芸事の訓練中だった。

 いわば新兵。

 そんな彼からすれば誰もが認める最年長護衛官の姿は大きく、まさしく憧れの形として輝いて見えるのだろう。竜胆のことを口にしたのも同じ種類の感情だ。

 妻が元護衛官で戦闘能力値が格上、しかし夫として、そして四季庁夏職員として物理的に守る立場にならねばならない。

 重責を感じているとは思うが、その中で『成りたい人』を見定めて憧れているのは良い傾向とも言えた。少なくとも、後ろ向きではない。


「……連理さんなら、きっとあのお二人に近づけますよ」

「いや、俺とあの人達は同じ土俵に立つのもおこがましいです」


 あやめはそこでふと、『雷鳥さんは憧れないんですか』と尋ねかけたがやめた。


 妹の夫でもあり、夏の代行者護衛官でもある雷鳥は腕っぷしも強く、賛美を浴びそうな体格の良さと雄々しい面構えをしているが。


――あの人の場合はそういうのとは違うのよね。


 あやめも最初は彼に対して非常に懐疑的だった。

 何だこの人は。変な人だぞ、と。

 しかし、夏の事件も含めて、交流を深めた結果、現在はよくわからない人から行動パターンは読めてきたが目を離すことは出来ない身体の大きな少年、という目線に変化した。

 大人びているところは大人びているのだが、基本的に行動が悪童なのだ。

 何をするかわからないから制御しなくていけないという焦りを抱く時がままある。もちろん、彼に守ってもらえるというのはありがたいという大前提で。


 連理もいつも雷鳥にからかわれたり悪戯されたり、かと思えば甘えられたりと振り回されているので憧れの対象にはならないだろう。あやめにとっても連理にとっても雷鳥は今まで自分の周りには居なかったタイプ。未知の宇宙人、可笑しな友人だった。


「とにかく眼鏡選手権は俺の負けです……」


 連理の悔しそうな言葉にあやめはつい吹き出す。


「そんな選手権開催されてませんし、私の中では連理さんが一番ですよ」

「……」

「連理さんが一番です」

「……そう?」

「もちろん、私の旦那様ですから一番に決まっているでしょう」


 連理は見てわかる程度には照れて、最後に顔をくしゃっとして嬉しそうに笑った。


「そんな褒められたら、俺、毎日眼鏡かけちゃうけど……」

「毎日だと素顔が恋しくなるので……」

「わかった。適度にかけます」


 あやめは連理の返しに微笑み返す。それから、ふと気になっておずおずと尋ねた。


「……連理さんは、眼鏡をしている私と眼鏡をしていない私、どっちが良いですか?」


 連理は迷うこと無く答えた。


「どっちも好き」

「え、あ」

「どっちも好きだね」

「じゃ、じゃあ……どちらかで答えなくてはならないとしたら……?」


 問われて、連理は一応考えてみたが首を横に振った。


「いや、俺は本当にどっちも好きだから何とも言えない……。眼鏡をかけている女の子が特に好きなわけではなかったんだけど、あやめちゃんがかけてるから、眼鏡の女の子、可愛いなと思うようになったし。でもあやめちゃんがお風呂上がりとかで眼鏡かけてない時とかは素顔可愛いなとも思うし、どっちが良いとかないな」


 きっぱりとした全肯定の言葉に、あやめも先程の連理に負けず劣らず恥じらった。

 連理も、言ってから恥ずかしくなったのか無言で照れた。

 やがて二人は見つめ合いながらただにこにこと微笑み合う時間が流れ続けたのだが、互いにハッとした。


「さ、作業しなきゃですね!」

「ごめん……俺が話を脱線させたんだ」

「いえ、話を膨らませてしまったのは私なので……こういうのは後で」

「そうだね、あ、後で!」


 結婚したとはいえ、まだまだ初々しい恋人同士はそこでようやく本題に入ることにした。此度の結婚はイレギュラーな扱いを受けているので、そもそも結婚祝いを贈ってくれる人が少ない。その為、あやめも連理も通常の結婚祝いのお返し方式に則らず、それぞれの人に送りたい物を返すと決めていた。


「ええと、では頂いたものを仕分けしていきますか……。こちらは春主従の方々からです。これ……箱もすごく可愛い……。有名ブランドのオーダーメイドウェディングベアですっ」

「す、すごく可愛い。ちゃんと俺たちの名前が足の裏に刺繍されてる……」

「これは女の子の発想、という感じですよね。本当に素敵……。こちらも可愛い物をご用意したいです」

「春のお二人はお菓子とかお茶が好きなんだよね? ティーカップと紅茶のセットにしようか。お揃いのカップとか、喜びそうな印象があるよ」

「はい、ぜひ。では二品目……秋主従から。海外製のコーヒーメーカーです。コーヒー豆もセットにしてくださってます」

「助かる……実用的だ」

「これは実際助かりますよね。私も連理さんもコーヒーを飲みますし」

「多分、竜胆さんの提案だよね。またお洒落なメーカーの品だなあ……。お返しも悩むね」

「恐らく、撫子様が喜ぶものを選んだほうが竜胆様は喜ぶと思います。それかこちらもお揃いのものか……男女共に使いやすい意匠を揃えた品を探してみましょうか」

「そうだね、何かお菓子か……季節の果物もおつけしたいね」

「そうですね。果物は良い気がします! では三品目は冬主従から。……ええと、これが一番驚きがすごかったです。受け取っていいのかしら……脇差しです」

「刀をもらったとは聞いていたけど、これが……!」


 連理は長方形の箱を恐る恐る開け、厳重な包みをゆっくりと解いていき、やがてお目見えした立派な刀に慄いた。

 結婚祝いの品の管理もお礼の文もあやめが一括でやっていた。

 その上、連日様々な事後処理に追われていたので彼は実物を見ていなかった。


「……絶対高いやつ。なんか、名匠から買ったやつ……」

「お高いやつです」

「寒椿さんの家と寒月さんの家って相当すごいんだね……」

「そうですね。寒月様のお家は元々寒椿様のお家を支える家臣的な一族らしく、そういう方々が居るという時点で寒椿様の家格が高さがうかがえます」

「代行者になる前から有名なお家ってことだ」

「はい、ですが寒月様のお家も家臣的立ち位置とはいえ、里内では影響力が大きいと聞いていますから、合わさるとこうなる……という」

「怖いよ。分家の次男からすると怖い」

「連理さんのところも夏の里では有名じゃないですか」

「いやいや、まったく次元が違うよ。うちが名前を知られやすいのは医局を一族が牛耳ってるってだけ。だって先生の名前がほとんど老鶯なんだもん。そりゃ、里の子どももご年配の方も名前覚えるでしょ。しかし……何で刀をくれたんだろう。嫁入り道具の懐剣? でも今回婿入りなんだけど」

「お手紙では連理さんが使えるようにと書かれていましたよ。これは……その、責任を感じて欲しくないんですが……連理さんが私と瑠璃を守る四季庁職員の立場になったからではないでしょうか?」

「ああ、なるほど。そしたら雷鳥さんにも贈ってるのかもね。うわあ……俺、護衛官みたいだ……。それにしても、お返しどうしよう……」

「お返しは衣世の名店のお蕎麦がいいそうです。恐らく、返さなくていいと言っても私達なら絶対に何かしてしまうから、高価な物を手配する前に封じ込めで指定してされてますね。寒月様の配慮を感じます……」


 連理は指定の蕎麦屋を携帯端末で検索してみた。

 確かに有名な蕎麦屋ではあるが、通販もあるのでわざわざこれを指定しなくても良いと思われるお返しだ。結婚祝いのお返しが大変なことを見越して、利便性の良いところにしてくれたのだろう。それにしても費用の格差がありすぎる。


「……細やかな気遣いありがたいけど、これは申し訳ないよ。だって半返しにも遠すぎるもん」

「はい……そこなんですよね。多分、あちらは痛くも痒くもないのでしょうが、さすがにこれは……」

「まずこの刀の値段がわからないから、それ相応の物を探すにしても外商案件になるね……瑠璃ちゃんについてた外商さんに連絡取ってもらう? 今はあやめちゃんにもついてるんだよね」

「可能ですが、あちらが蕎麦で良いと仰ってるのに勝手に変えるのも失礼にならないか不安なところがあります……」

「そうだよね……それも失礼っちゃ失礼なんだよね。ご厚意でそう言ってくれてるんだし……俺らからすると代行者としても護衛官としても先輩の方々だし……後輩に気を遣わせまいとしてくれてるんだよね……」

「悩ましいですね」

「あ……!」

「どうされましたか」

「冬の護衛陣の方々も食べられるように多めに贈るのはどうかな? すごい量になるけど」


 あやめはぱっと瞳を輝かせた。


「きっと寒月様なら配ってくれると思う。変に高い物を考えるより、指定された物を皆さんでお召し上がりくださいってたくさん贈ったほうが冬の方々は喜びそう。護衛陣の方々には夏の山中でもご迷惑おかけしたし……どうかな?」

「確かに、それは良いですね! 一応寒月様にお聞きしてみますが、きっと配ってくれます。寒椿様もそれなら快く受け取ってくれるかと。そうしましょう!」


 これが一番の難関だったのか、あやめは安堵した様子で次の包みに取り掛かる。


「じゃあ次で、黄昏主従からも頂いています。これ、連理さんが美味しいって言っていた竜宮産のお酒じゃないでしょうか?」

「……いや、酒造の名前は合ってるけど違う。グレードが違うやつだと思う……というか桁が違うやつ」

「検索したら恐ろしいことになる物ですか」

「恐ろしいことになる。しかも恐ろしいことになるやつが数本入ってる」

「……」

「……こちらもお酒で対決しましょう」

「そうだね、衣世のお酒も美味しいですと地酒を贈るのが一番良い気がする。輝矢様、お酒にすごく強いご様子だったし」

「結婚式の二次会でどんどん人を潰してましたよね」

「矢を放って下山して、疲れてるはずなのに強かった。国家治安機構の人達も加わってどんちゃん騒ぎだったよね……。あ、でも慧剣くんもいるから、果物ジュースとか、お菓子も贈りたいな。ほら、あの子も竜宮から出られない身の上だし……」

「それなら、衣世の特産の詰め合わせもおつけしましょうか? 旅行には来られなくても、こういうのが衣世の郷土料理ですと、楽しんでいただけるような物をぜひ……!」

「いいねいいね、そうしよう! 慧剣くん、きっと喜ぶよ」


 二人は和やかに話しながら祝いの品を見ていく。

 あれこれ喋っていたらあっという間に数時間経ってしまったが、無事返礼品の目処が立った。


「連理さん、今週末にでも車出してもらってもいいですか? 今回は外商を使わないので、買い物が大変になっちゃいますけど……」


 あやめの申し出に連理は快く頷く。


「もちろん、運転手させてください。町に出かけてちゃんと二人で足を使って返礼品選びたいよね。瑠璃ちゃん達にも声かける? お互い被らないお返しのほうが良くない?」

「確かに。でもあの子達、ちゃんと考えてるかしら……。いえ、考えてないほうに今日のお皿洗いを賭けます」


 今日という日は、忙しい日々の単なる一幕にすぎないかもしれないが、いつか振り返ればきっと楽しい思い出になるはずだ。


「いや、俺もそっち賭けたいからもう勝負が破綻してる……。とりあえず、電話してみようか」


 何せ、結婚祝いはそうそうもらえるものではない。


「あやめちゃん、二人とも何だって?」

「まずリスト化という発想がなかったそうです」

「……あっちの家、行ってあげようか」

「うちの妹がすみません……」

「いや、俺も……雷鳥さんがすみません。昨日一緒に筋トレしてたんだし、あの時言うべきだったよ。というか、まだ若い瑠璃ちゃんがこういうのわからないのは良いとして、雷鳥さんが何もやってないのはどうなんだ……?」

「…………ええと、電話口で『連理くんと一緒に考えると思ってた』と言っています」

「何で俺とやるんだよ。瑠璃ちゃんとやりなよ。俺は雷鳥さんと結婚してない」

「大量にカレーを作って余らせているから食べて欲しいとも言っています」

「もう、本当……何なの? うちも献立とかあるんですけど……」

「瑠璃、雷鳥さん、わかったから。とりあえずそっち行くわね。結婚祝いのお品、ちゃんとリビングに出しときなさい。一緒に確認するわよ」


 結婚とは一大行事。する前も、した後も大変だ。

 二人はむしろ此処からが本番だろう。

 連理もあやめも自身にとって大きな変化を迎えた。


「……仕方ない。二人でご飯支度したかったけど行こうか」

「はい。瑠璃達のカレーの実力がどれくらい上がってるか楽しみですね」


 しかし、あまり構えずとも良いだろう。


「絶対変なもの入れてるよ……雷鳥さん、闇鍋するの大好きだもん」

「食べられない味にはしないと思いますけど……昨日、私が作った蒸しパンも持っていってあげましょうか。他に食べる物ないなら、瑠璃と雷鳥さんに食べさせてあげたいわ。ほら、朝食にも出来ますし。連理さんも美味しいって言ってくれたし……。それに、あの子達まだ料理が手探りだから……お台所借りて何か作ってあげたほうがいいのかもしれませんね……うん、そうしましょう」

「……」

「どうしました?」

「いや、しみじみと俺のお嫁さんはあやめちゃんで良かったなと」

「私もしっかり者の連理さんと結婚できて本当に良かったですよ」


 何せ二人はもう、死が互いを分かつまで共にと約束をしている。


 貴方となら大丈夫と、そう思える結婚なのだから。

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