春夏秋冬代行者外伝 ~水中花~③


 プール遊びの時間は瞬く間に過ぎていき、施設内でシャワーや食事を済ませたらあっとういう間に夕暮れ時になった。

 俺達は施設の外に出て茜色の空を見る。


「りんどう、ゆうひ」

「黄昏の射手様が今日もお仕事されたんですよ」

「しゃしゅさまは毎日、おそらに弓を射ってるのよね」

「はい、そうです。そうしないと大和に夜が届かないんです」

「わたくしはねんにすこしだけだけど、射手さまはまいにち……たいへんなおしごとだわ……」

「ええ、本当に。けれど貴方の仕事も尊いものです。比べるものではありません」


 日中は暖かかった空気も、今は少し涼しくなっていた。

 全員、それじゃあ解散しようかと顔を合わせる。

 何となく別れがたいが、それぞれ違う地域に住んでいるのと、どうしても代行者の警備の為に暗くなる前に安全確保された場所に移動せねばならない。


「あ、やばい」


 姫鷹様がご本人らしからぬ声を出した。


「どうされましたか?」


 俺が尋ねると、苦笑いを見せた。


「冬主従にうっかりプールに居ることをばらしてしまった。いま何処に居るのか聞かれて……電話をかけてくれていたようなんですが、ほら、ロッカーに入れっぱなしでしたから……安心させる為に場所を伝えてしまい……」

「さくら……雛菊、狼星さま、に、ごめんね、の、お電話、あとで、するよ」

「いや、する必要なくないですか? 別に……」

「さく、ら、また携帯、鳴ってる、よ」

「凍蝶だ……メールしてるのになぜ電話してくるんだ」


 

 花葉様と姫鷹様はそれぞれ鳴り響く携帯端末を持ちながら、俺達とまた再会の約束をしてから迎えの車に乗り込んだ。

 彼らは仲が良いのだな、と俺は思った。やはり冬主従だけ呼ばなかったのはまずかったのかもしれない。

 俺がそう言うと、瑠璃様とあやめ様が同時に俺の肩を叩いた。


「そんな単純なことじゃないよ。わかってないね竜胆さま」

「ええ、わかっていませんね阿左美様」


 哀れみの混じる目で見られて俺は狼狽える。


「な、何がですか?」

「多分、火の粉はそちらに行くと思います。けれど阿左美様なら切り抜けられると信じています」

「あやめ様?」

「ジメジメブリザードマンは確実にやばいけど、あの護衛官さんも相当執着心強いと思うからマジでフォローお願いね。ごめん! 海には呼んであげよ! またね!」

「瑠璃様?」


 夏のお二人は俺に強く生きろと言ってから迎えの車に乗り込んでしまう。

 俺はなんだかとんでもない面倒を押し付けられてしまった気がしてならない。


「りんどう、かえらないの?」

「帰りましょうか……」


 俺達の迎えの車も既に駐車場に待機していた。

 あれに乗ってしまえばしばらくは外出が出来ない時間の始まりだ。

 

――乗りたくないな。


 俺は子どものようにそう思ってしまった。


 離宮が壊され、里で生きるしかなくなってしまった現在の日々は息苦しい。

 あの水中で見た花飾りのように、身動きが出来ず、ただそこに在るしかない。

 勝手な行動は許されず、流れに身を任せるしかないのだ。

 秋離宮なら、撫子を守る為に集まった者しかいない世界が作れたのに。

 里の大人達がすべて撫子に優しいわけではない。


「りんどう」

「どうしましたか……?」


 はっとして、俺は撫子に視線を移した。

 手を伸ばしている。


「ん」


 ねだるように伸ばす手は彼女からの信頼の証だ。

 一度失ったからこそ、その栄誉が誇らしい。


「はい、撫子」


 当然のように抱くのは、義務感だけではない。


――いつか不自由ごと俺を憎んだりしないだろうか。


 俺もお前を閉じ込める大人の一人だと薄々わかってるはず。


――この関係はいつまで続くんだ。


 俺は来るかどうかもわからない未来を思ってため息が出る。


 すると、撫子は俺の頬に口づけをくれた。

 今日初めての撫子からのキスだ。


「かえりたくないわね、りんどう」


 撫子は俺のため息を里に帰りたくないからと捉えたようだ。

 俺は苦笑いしてみせる。


「そうですね……でも来られてよかった」


 俺はみんなが先程まで居た場所に目を向けた。

 夕焼けにそれぞれの影が伸びていた地面は、もう俺達二人だけになっている。

 寂しいが、それだけではなかった。


「撫子は楽しかったですか?」

「もちろん!」


 春の事件から生まれた結束は俺達を良い方向へと導いてくれている。


「りんどう、つれだしてくれてありがとう」


 俺達は不自由な身の上だが。


「とんでもありません」


 けして孤独ではない。


 そう感じられる別れだった。みんな『またね』と言って去っていったのだから。


「るりさまが海のおはなしをしていたわ。海もさそっていただけるかしら?」

「はい、きっと……。もしくはこちらからお誘いしましょう? 俺達で計画を立ててしまえばいいんですよ」

「……そうね! さすがりんどうだわ」


 気持ちを切り替えて、俺は歩き出す。

 いつか二人で、今よりもっと自由になれる未来を勝ち取ろうと、胸に決意を抱く。


「それにしても、お姫様のキスはいまなんですか? もっと他の時もしてくれるタイミングがあったかと……」

「だ、だって周りに代行者さまと護衛官のかたがたが……」

「俺はしたのに」

「う、うう……」

「悲しいですね。帰りにあともう一回はしてください」

「三回するわ!」

「三回もしてくださるんですか? 俺は愛されてますね」


 これには、照れること無く当然のように笑顔で撫子は頷いた。

 そして『そうよ』と、甘く囁く。

 俺の秋は愛を証明するようにまた口づけをしてくれた。



 夕陽の中で一つになった俺達の影が揺れていた。


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