春夏秋冬代行者外伝 ~水中花~②


 夏主従のお二人は泳ぎは得意ということと、瑠璃様がしきりにスライダーで遊びたいと主張されるのであやめ様と共に行ってもらい、俺は残った女性陣を水深の浅いプールに導いて顔に水をつけるところから指導を始める。


「花葉様と撫子は今日は水に触れて楽しむことを覚えましょうね。浮き輪レンタルして来ましたから」


 浮き輪を渡すと、二人は宝物でも見つけたようにはしゃいだ。


「うき、わ!」

「うきわです、ひなぎくさま!」

「それで遊んで水に慣れたらビート板で泳ぐ練習してみますか」


 純心な二人は浮き輪に大興奮し、ぷかぷかと浮かぶ。互いに遠慮がちに水をかけ合うだけで楽しそうだ。見ていて微笑ましい。


「これ、ロープついてるタイプだから浮き輪引っ張れますね。俺やります」


 俺がそう言って二人分の浮き輪の縄を掴んですーっと動かして差し上げると二人は初めての浮遊感覚にきゃっきゃと喜んだ。


「りんどう、これたのしいわ!」

「これ、楽しい、です! 阿左美、さま!」


――可愛いな。


 あまりにも可愛らしいので今度はもう少し激しめに浮き輪を引っ張ってプール内を移動してあげたら更にきゃっきゃと喜び笑顔になった。


――これが父性か?


 二人が喜ぶならいくらでも浮き輪で遊んでさしあげたくなった。

 姫鷹様はある程度泳げることは出来るが、息継ぎの仕方がわからないということだったのでそこを重点的に教える形になった。


「こうですか」

「あ、こうですね。ちょっと真似してもらっていいですか」

「はい、こう!」

「何か違う。ちょっと触れますよ。こう!」

「こう!」

「ばっちりです」


 クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの泳法の形を色々試してみて、ご自分で一番やりやすいものを探ってもらった。

 結果、クロールが良いということになり短い距離で息継ぎをしながらの練習になる。


――姫鷹様は冬の代行者護衛官、寒月凍蝶様に剣を習ったということだったが。


 寒月流はアクロバティックな体術と剣術を合わせた総合剣技。会得が難しいと聞いている。それが出来るということは、運動神経抜群であるということだ。


――これは弟子にしたくなるのもわかる。


 一を教えれば十を質問し、二十の成果に変換する人と言えばいいのだろうか。

 とにかく覚えが早い。

 何も言わなくてもどんどん自分を追い込んでいく姫鷹様に声をかける。


「姫鷹様、阿左美の一門で教えてる格闘技に興味ありませんか?」

「……はあ、はあ、えっ何ですか? 水泳に関係あるんですか?」

「いえ、ないんですが教えたらすぐ覚えられそうだなと思って……」

「はあ、はあ……脈絡がなくてよくわかりませんが、強くなれるのなら覚えたいです。雛菊様の為になるなら何でも……」


 俺は門下生候補を一人手に入れた。


「ねー! スライダー行かなくていいのー? 絶対行ったほうがいいよ!」


 姫鷹様が目まぐるしい進化をした後、夏のお二人が戻ってきた。

 俺はちらりと撫子を見る。高所からの滑走に怖がらないだろうか。


「ウォータースライダー、乗りますか、撫子」

「あれってわたくしものれるものなのかしら……?」

「俺と二人で乗るなら撫子も乗れますよ。保護者同伴というやつですね」

「王子様どうはんよ」

「そうでした」


 どうやらスライダー自体は乗ってみたいようだ。花葉様はどうかなと様子を窺う。あちらも一人では怖いから姫鷹様となら乗る、という話になっていた。

 というわけでみんなでぞろぞろとウォータースライダー乗り場に向かう。

 大きなトンネルや滑り台があり、その終点地点に水深浅めのプールが繋がっていた。

 撫子ぐらいの子どもはやはり大人に抱えられて滑っている。


「あたし達、下で見てるからー! 良い感じに降りてきて!」

「最後、ドボンって水に潜っちゃいますから護衛官の方は主が溺れたら引き上げてください!」


 あやめ様の注意喚起を肝に銘じ、俺達は進む。

 水着で滑走するボディスライダーと大きな浮き輪を使うものがあるようだ。しかも挑戦する高さのレベルもあるらしい。年齢が低い子どもは低いスタート地点からしか乗ることが出来ない。ボディスライダーでも、浮き輪でも、抱きかかえてあげればどちらでも良いと注意書きの看板に書かれている。

 俺達は浮き輪で乗ることにした。自分達で浮き輪を持ちながら長い階段を登る。


「姫鷹様、俺がお持ちしますね」

「阿左美様! 私が! 私が持てる!」

「いえ、ここは男が持つべきですから」

「私は強い! 持てる!」


 姫鷹様と浮き輪運びの取り合いをしながら階段を登り続けると、待機列にぶつかり、程なくして滑走路入り口にたどり着いた。水が流れているトンネルの中を浮き輪に乗って滑走するシステムのようだ。


「わあ……」


 撫子は人が水流の中に飲まれていくのを見ると俺にぴたりとくっついてきた。


「やめますか?」


 ここで怖がってやめる子どもは多いらしいので係員も困った顔はせず、微笑ましそうに見ている。


「りんどうとのるのよね?」

「はい、俺が抱きかかえていきますよ。絶対に離しません。それはお約束します」

「……じゃあ、がんばる」


 俺は撫子の頭を優しくなでた。


「花葉様、姫鷹様、撫子の勇気が固まっている内に先に行ってもいいですか?」

「もちろんです。大丈夫ですよ撫子様。下に降りたら瑠璃様もあやめ様も待っていますし、何も怖いことはありません」

「撫子、ちゃん、雛菊も、がんばる。おうえん、してるね!」


 春主従のお二人にエールをかけてもらい、俺達は失礼して先に挑戦させてもらうことにする。俺は巨大な浮き輪に座り、撫子を抱きかかえた。


「撫子、その前のハンドルをつかめますか? そうです」

「わ、わ、わ、こ、こわい……」


 乗るには乗ったが、やはり怖いのだろう。

 撫子の身体が震えだすのがわかって、俺は素早く彼女の頭のつむじに口づけを落とした。


「俺が居るでしょう」


 そう囁くと、撫子は一度俺の方を振り向いた。


「うん……りんどうがいるから、わたくしはだいじょうぶ……」

「そうです。俺が居るのに不安になる必要はない。俺は貴方の騎士で王子様なんでしょう?」

「うん……」

「じゃあ俺を信じて」


 今度は額に口づけを落とした。そうすると撫子はくすぐったいと笑った。


「それではランプが点滅したらスタートです……どうぞ!」


 先行の挑戦者が居なくなったのが確認された。俺達の浮き輪はゆっくりと水が流れ続けるトンネルの中に入っていった。

 

「あはっあはははっ!」


 俺は楽しくて笑った。そこまで激しい水の流れではないが、浮き輪に乗って滑走するには十分な速さだ。

 撫子もカーブするごとに笑い声を上げる。

 思えば護衛官に就任してから、彼女とこんな風にレジャー施設で遊ぶということはなかった。

 今回は三季節合同ということもあり警備人員も確保出来たのですぐ実現した。


――何回、こういうことを経験させてあげられるだろう。


 他の子ども達が学校に行き、友達を作り、同年代と恋をしている間も撫子は世に季節を贈らねばならない。


「撫子、息を吸い込んで口を閉じて!」


 俺も味方面しているが、彼女を神様に仕立て上げている大人の一人でしかないのだ。


「うんっ」


 あやめ様が言った通り、最後は水面に浮き輪ごと身体を投げ出される。

 浮き輪が滑り、二人の身体はプールの中に投げ出された。

 俺は水中で目を開く。

 撫子はちゃんと抱えていたが、彼女の髪に飾られていたなでしこの花のリボンがゆっくりとほどけていくのが見えた。


――水中花のようだ。


 俺は手を伸ばした。なでしこの花をけして失わないように掴む。


――撫子。


 水の中で目を瞑っている彼女は俺を信頼して息を止めている。

 俺はより一層自分の方に抱きしめて、プールの底に足をつけ立ち上がった。


「ぷはあっ……」

「撫子、大丈夫ですか?」


 水を飲んでないだろうか。撫子はやがてゆっくりと目を開くと、いつもと同じように手を伸ばした。


「りんどう」


 微笑っている。


「ふふ、ふふふ」

「その様子だと楽しかったようですね」

「うん、でもね……わらってるのは、嬉しかったから」


 何をだろう、と思ったが撫子はすぐ答えをくれた。


「りんどう、本当にはなさないでいてくれた」


 眩しそうに俺を見る。


「……それは、そうですよ。疑っていたんですか?」


 その勿忘草色の瞳に見つめられると、俺は彼女の目に映る者としてふさわしいのか少し心配になる。俺はそんなまなざしで見てもらうような人間ではないのだ。


「ううん、でもながれがはやかったから……もうだめかもって」


 けれど、撫子の為ならいくらでも望む姿で居たいとも思う。


「火の中水の中、けして離しません」


 それが道化でも。


「えへへ……わたくしはりんどうのものだものね」


 それが騎士でも。


「違いますよ。俺が貴方のものなんです」


 それが王子様でも。


「そうかしら、わたくしは自分がりんどうのものだと感じているのだけれど」


 お前の為なら何にでもなる。


「まあ俺の秋であるのは間違いないですね」

「そうでしょう。やっぱりわたくしはりんどうのものよ」


 俺だけは、撫子を守る者でありたい。


 手を振ってる夏のお二人に笑いかけてから、俺は撫子の額に口づけを落とした。


「俺の撫子」


 撫子は人前でされると大層照れるのであまりしないほうがいいのだが、この時ばかりはどうしてもしたくてしてしまった。先程は他の人から死角になっていたが今はそうではない。衆人環視でのキスに、撫子は驚いた表情をしてから両手で顔を隠してしまった。


 俺はやはり微笑った。

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