春夏秋冬代行者 春の舞 外伝 ~水中花~
春夏秋冬代行者外伝 ~水中花~①
※本作は『春夏秋冬代行者 春の舞 上下巻』の外伝となります。
本編をお読み頂いた上でお楽しみください。
「春夏秋冬代行者外伝~水中花~」
ねだるように手を伸ばされたので、当然のように彼女を抱き上げた。
暑くないですか、と尋ねたが『あつくないわ』という言葉が返ってくる。
俺は彼女の顔を間近で見た。
小さな唇、愛らしい鼻、薔薇色の頬、勿忘草色の珍しい瞳。
どれも神様に愛されたような造形だ。
胡桃色の髪まで目を移すと、額に汗をかいているのが見えた。
やっぱり暑くないですか、と尋ねる。
彼女は額に浮かんだ証拠を素早く自分の手で拭うと、また『あつくないわ』と言って、証明するように俺の首に腕を伸ばした。ぎゅっと抱擁される。
これだけ抱き合っても暑くないと言いたいのだろう。
いじらしさに、自然と微笑みが浮かぶ。
「俺の姫君は頑固ですね」
「だって、あついからくっつかないなんていやだわ」
「それにすぐ寂しくなる」
「りんどうにだけよ」
「そうですね、俺にだけだ」
黎明二十年、春。
帝州、帝都は陽春と呼ぶにふさわしい日を迎えていた。
陽炎が立つところもあるほどの陽気だ。まだ夏の代行者達は大和に夏を送る時期ではない。しかし、こうした気温の上昇は稀に起きる。
俺達が居る場所は帝都からほど近い大型屋内プール施設の入り口前。
俺こと、秋の代行者護衛官、阿左美竜胆は今日も警護任務の最中だ。
守護対象はもちろん、この国の秋の代行者、祝月撫子。
秋の里の警備部の同僚を数名伴い、ホームである創紫を離れ遠出をしていた。
本日は冬主従を除く他の四季の代行者様との交流日である。
先の春の事件で我が主、撫子には年の離れた女性達との友好関係が築けた。
今日どうして一堂に会することになったかというと。
まず、俺達秋主従が春主従と遠隔でゲーム通信をしている最中に海の話が出た。
そこから泳ぐことは出来るかという会話へ移行した。
俺は泳げる。
撫子は泳げない。
花葉様は泳げない。
姫鷹様は満足に泳げるとは言えない実力。
ということが判明した。
花葉様は長らく監禁生活の身だった為、水遊びすらしたことがない。
興味がありぜひしてみたいというご様子。
姫鷹様は主が水難に遭った時に救えなくては困ると嘆いた。
練習が必要だが、花葉様をほぼお一人で守っている状況であまり身動きが出来ない。
撫子がプールに行ってみたいと言い出し、俺が快諾。
そのやり取りを聞いて、姫鷹様が更衣室内の撫子の世話や警備を自分が承る、その代わり施設内の警備を一緒にして欲しい。プールに同行させてくれないかと俺に依頼。
俺はついでに泳ぎも教えますよと快諾。
そうこうしている内に夏のお二人が春主従の方々からこの水遊びのことを聞きつけ、彼女達も同行することに。
もちろん冬主従のことも頭に浮かび、お誘いしますかと他の方々に打診したのだが。
『ジメジメブリザードマンとプール……? あたし、あいつとそんないきなり遊べるかな……? というかあの人海パン持ってなさそうじゃない? 寒椿狼星、海パン履くの?』
『……あの、泳げるようになってからではないと……その、凍蝶は私の師匠で……無様な姿を見せるわけには……それに今回はほら、女子会なるものに近いですし……』
などと匿名で拒否の声が出たのでやはり冬主従抜きの水遊びになった。
俺達が待ち合わせ場所に一番にたどり着いたが、すぐに春と夏も集合した。みんな駆け寄って挨拶してくれる。
春の代行者、花葉雛菊様。
「阿左美、さま、よろ、しく、おねがい、し、ます。撫子ちゃん、も、よろしく、ね」
春の代行者護衛官、姫鷹さくら様。
「撫子様、阿左美様、お久しぶりです。とは言っても連絡のやり取りはしていましたね。本日は雛菊様共々、泳ぎのご指導ご鞭撻お願いします」
夏の代行者、葉桜瑠璃様。
「竜胆さまー! 撫子ちゃん! あたしスライダー! スライダー乗るから!」
瑠璃様の姉であり護衛官職も継続中の葉桜あやめ様。
「瑠璃、挨拶! 撫子様、阿左美様、春主従の方々もお久しぶりです。今日はご一緒出来てとても光栄です」
そして俺と撫子、計六名での水遊びだ。
俺は此処に来るまでは『よくよく考えたら女性陣の中に男である俺が居るのはまずかったのでは』という気持ちが少しあったのだが。
「す、ごく、たの、しみ……さくら、わくわく、だね」
「はい。こんなことは中々ありませんので、ぜひ羽根を伸ばしてください、雛菊様」
集まった女性陣の顔を見たらすぐ消えた。
プールが楽しみな元気いっぱいの女の子しかいない。
完全に引率の先生の気分になったし、みんなもそのように俺に接している。
それに俺は冬の代行者寒椿狼星様に、言いつけられているのだ。
彼女達の守り刀になれと。
今日は彼女達が楽しめるよう誠心誠意努力しようと改めて思った。
「それでは女性陣の皆さん、撫子をお願い致します。俺の方が支度が早いでしょうからごゆっくりと」
一旦施設内で別れて、彼女達と再度合流する形になる。里や四季庁から派遣されている各季節の護衛陣は館内に散らばり、見守ってくれる形となる。
両親の仕事の都合で他の四季の血族より里で暮らす期間が短かった俺は、こうした施設の遊びも多少は心得ていた。
――とりあえず一番水深が浅いところから泳げない娘達に水泳教室をしよう。
順序立ててどう指導しようかと考えている内に、着替えを終わった夏の方々がまず先に集合した。
「竜胆さまー! 見てー!」
「瑠璃、館内を走らないの! 阿左美様、いま撫子様も春主従の方と来ますから」
二人共それぞれの性格や好みが現れた水着だった。瑠璃様はオフショルダーのビキニ、あやめ様はホルターネックのワンピースだ。髪も瑠璃様は二つ結び、あやめ様は三編みにしている。瓜二つの双子だが、こうして見るとやはりまったく違うと感じる。
「お二人共、素敵ですね」
当たり障りなく褒めたのだが、瑠璃様はそれでは満足されなかった。
「え? もっと何か言って。いま褒めタイムだよ」
眉をしかめて怒られる。
「あ、すみません」
「あたしのこの水着すごく可愛くない? このね、オフショルダーのね、ひらひらがすごく可愛いと思わない? 動くたびに揺れるの!」
「可愛いです」
「あやめのはさ、一見普通だけどホルターネックのところのリボンが大きくて可愛いんだよ! しかもね、後ろはぐっと肌見せセクシーなの!」
「本当ですね、魅力的です」
「やめなさい瑠璃、恥ずかしいから! お褒めの言葉を強要しないの……! 阿左美様すみません……!」
「だって竜胆さまに褒めて欲しいんだもん」
ここは素直に従うべきだろう。俺は風紀的な観点からあまり水着には注目せず、ヘアスタイルを褒める方向性にシフトさせた。
「いえ……たくさん褒めすぎてもいけないのかなと塩梅を気にしていていたので、言っていいのでしたら言います。水着も素敵ですが、髪を結い上げているのがとても可愛らしいですね。お二人共、普段は髪を下ろされていますから新鮮です」
「ほんと? えへへ髪も頑張ったの。あやめが」
「そう私が……ヘアスタイリストの人って大変ですね……」
あやめ様の苦労が窺い知れる。
「というかさー、竜胆さま予想はしてたけど腹筋すごいね。ねー、触っていい?」
「瑠璃様、殴ろうとしてますよね。拳の形を見せながら触っていいかと聞くのはおかしいです」
「へへ……」
瑠璃様は小悪魔的な笑顔を見せながら俺の腹に拳を当ててきた。ぺちぺちと弱そうな拳の音が鳴る。
「パンチ、パンチ」
「る・り!」
あやめ様がじゃれる猫の手を叩き落とすように、瑠璃様の拳にチョップをして制裁した。あやめ様はか細く見えるが相当腕っぷしの強い護衛官だ。瑠璃様はチョップが痛かったのか無言で悶絶しだした。
「すみません、妹が本当にすみません」
腰を折って綺麗に何度も謝罪するあやめ様を俺は止める。
「いえ、まったく痛くないので大丈夫ですよ。じゃれてらっしゃるのだなあと思うだけですから。あのそれより……春主従のお二人と撫子が遅れているのは?」
「ああ、それが……」
あやめ様は手を痛そうに押さえている瑠璃様を見た。
「瑠璃が姫鷹様に……」
「姫鷹様に?」
「あたしが予備の水着貸したの。さくらさま持ってきてたやつ可愛くなかったから! 拒否するさくらさまに無理やり着せた」
――いいのか?
「ここだけの話、さくらさまの肌きめ細かくてめっちゃ綺麗だった……」
――それは男の俺に言っていいのか?
信用されているんだろうが、若干どぎまぎしてしまう。
俺は保護者とも言えるあやめ様に困っているとわかるであろう視線を向ける。あやめ様は深いため息をついた。瑠璃様が元気な分、あやめ様の疲労も二倍になっている。
「瑠璃様の今日の荒ぶり方は何なんですか?」
「ごめんなさい……この娘、楽しくなるとすごい王様ぶりを発揮する駄目な癖があって……」
「ああ、気が大きくなると……」
酒を飲ませたり、ハンドルを握らせたら駄目なタイプである。
「ちがーう! 別にわがまま放題じゃないもん! 女の子同士の配慮だよ、配慮! だってね、さくらさまったら競泳水着持ってきたんだよ?」
言われて、俺はごく普通のスポーツで使用する競泳水着を想像した。
そして成程、と思う。こうした大型屋内プールは学びより遊びが大目的だ。
家族で、友達同士で、恋人同士で、という括りで行動する人がほとんどなので自然と水着の選定も実用性よりファッションを楽しむ傾向が強い。瑠璃様はこの女性陣の中で姫鷹様だけが競泳水着だと浮いてしまうことを懸念したのかもしれない。
「何となく理解しました。きっと姫鷹様は泳ぎを覚える為にそうされたのでしょうが……この施設はそもそも競泳するほど泳ぐにはあまり環境が適してませんから、今日はコツを教える感じになると思います。競泳水着ではなくてもまったく構いません」
「ねー? さくらさまはさ、きっと言わないだろうけど自分も可愛い水着にしたかったかもって後で思うかもしれないじゃん。他の子のは可愛いんだよ。じゃあしょんぼりさせる前に着せなきゃ」
瑠璃様は我儘に見えてこういうところはとても思慮深い。
「あたしの予備ね、直前までどっち着るか迷ってやめた方なんだけど、すごく可愛いからそこは安心して。さくらさまにも似合ってた。ちなみに雛菊さまと撫子ちゃんはあやめが髪の毛やってくれたから可愛いの二乗になってるよ」
「あやめ様、ありがとうございます」
「いえいえ。撫子様の髪の毛、ふわふわで……いじっててすごく楽しかったです」
「髪やってあげてってあやめに言ったのあたし!」
「瑠璃様、ありがとうございます」
瑠璃様の積極性、あやめ様の面倒見の良さは正直なところありがたかった。
男である俺が入れない話題もある。撫子然り、姫鷹様然り、遊びに受け身な方が他に世話してもらえるのは見守る者からしてもホッとする。本人達もよほど嫌なことをされない限り悪い気はしないはず。瑠璃様が姫鷹様に無理やり水着を着せたという点はどうかわからないが。
そうこうしている内に、姫鷹様と花葉様、そして撫子がやってきた。
花葉様に手を繋いでいただきながらやってきた撫子は、身内の贔屓目になるが一番愛らしかった。
「りんどう!」
チューブトップのワンピースが良く似合っている。肩紐はリボンがあしらわれ、腰からスカートがついた一体型の水着だ。花柄なのもあって元気な印象でとても可愛い。撫子は子どもっぽいのは嫌、俺はあまり露出して欲しくないという互いの意見を擦り合わせた結果こうなった。
髪の毛は少し編み込みをした後になでしこの花のヘアアクセサリーをつけてもらっていた。
「りんどう、見て! おはなのおりぼん!」
撫子が雛菊様の手を離し駆け出してきたので俺はすぐに馳せ参じて膝をつく。
撫子の笑顔はいつも煌めいて見えるが、今日は楽しい気分も相まってか更に光り輝いていた。
「聞きました。あやめ様に飾って頂いたんですね。とても素敵です」
撫子は頬が少しだけ赤くなった。照れている。
「りんどうもかっこいい……」
「そうですか? 普通の水着ですが」
「わたくしのみずぎすがた、へんじゃない?」
「俺のお姫様が変なわけないでしょう」
撫子はよほど嬉しかったのか、俺の腕に抱きついた。
顔を上げると俺達の様子を微笑ましそうに見ている花葉様と目が合った。
こちらも花の髪留めで総髪にしている。フリルのついたフレアトップの水着は花葉様らしい可憐さだ。全体的に深窓の令嬢感がある仕上がりと言える。
――さすが姫鷹様。
自分の主をどう飾り立てるか、完全に理解している手腕である。
「花葉様もお似合いです」
「あり、が、とう、ご、ざい、ます。えへへ……」
「それで、どうして姫鷹様は花葉様の後ろに隠れてらっしゃるんですか? 身長的に隠れきれていないのですが……姫鷹様、似合ってらっしゃいますよ」
「……さくら、ね、照れてる、の」
雛菊様は困り笑顔で後ろを振り向いた。
「さくら、だいじょぶ、だよ」
「大丈夫じゃないですね」
「あの、ね……すっごく、すっごく……きれい、だよ」
「水着の生地は綺麗ですね……」
「もー! さくら、が、きれい、なの。どして、雛菊の、いうこと、信じて、くれないの……?」
「雛菊様は私を愛してくださってるから採点が甘いじゃないですか。基本的に甘口というか……」
「そんなこと、ありま、せん。雛菊、辛口の、カレー、食べれる、もん……さいきん、おとな、だよ」
「それちょっと違いますね雛菊様」
姫鷹様はどうやら無理やり着せられたという水着姿を恥じらっているようだが、何故そんな風になるのだろうと俺は純粋に疑問になった。
「姫鷹様、お綺麗ですよ」
瑠璃様が予備で持っていたというのは真っ白なビキニだった。胸元やアンダーのサイドにリボンがあしらわれており、上品かつ清楚だ。瑠璃様は白い服を好む傾向にあるのでこれを予備に持っているのは納得だった。
そして姫鷹様にも似合っている。
姫鷹様の境遇についてはあまり詳しくは知らないのだが、苦労されてきたというのは聞いているので自分が着飾ることに違和感があるのだろう。
「護衛官として浮かれすぎていませんか……?」
姫鷹様は絶望的な表情で問いかけてくる。
「貴方は服装一つで護衛官として機能しなくなるようなお人ではないでしょう」
「そうなんですが……何か、こんな……分不相応な……あと私、小さい傷とか、ええとあとほら、銃槍とかあるし……」
女性でありながら護衛官でもある、というのが本人の悩みどころなのだろうか。
すかさずあやめ様がフォローする。
「姫鷹様、傷って意外と誰も見てませんから大丈夫ですよ。私もあります。ほら、こことここ。ねえ阿左美様」
「はい。むしろ護衛官の傷は勲章のようなものなので、俺達の前でそんなに気にするほうが不思議です」
というか、春の事件の後なのでみんな大小少なからず痕が残ったままの傷などはあった。撫子含め他のみんなも傷を見せ合う。
それが功を奏したのか、姫鷹様は『そうか……』と俺達の言葉を噛み締め、段々表情を明るくしていった。
「あの、さくらさま……そんなに困らせた? すごい似合ってると思うんだけど……あたし、意地悪のつもりじゃないよ。好きな子にしか自分の物渡さないもん……」
瑠璃様が申し訳無さそうに言うと、姫鷹様は首を横に振った。
「いえ! 着てみたい……という代物ではありました。しかし、自分では恐らく選ばなかったので……着られたのは……その、気恥ずかしいですが嬉しい限りです」
「ほんと!? じゃあ、あげるよそれ」
「えっ! いやいやいや結構です!」
「あたしが大和に夏を贈ったら次はみんなで海行こうよ。夏こそ海でしょ。海も競泳水着なしね。それ着てきてね。可愛い水着以外禁止」
「海こそ競泳水着では……? というか、いただけません」
「駄目。着てもらいます~可愛いの以外禁止」
何だかんだと立ち話をしたが、姫鷹様もようやく花葉様の背中に隠れるのをやめたので俺達はついにプールを楽しむことにした。
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