春夏秋冬代行者外伝 ~祭衣~
春夏秋冬代行者外伝 ~祭衣~
金襴緞子の帯を持って、これはどうかと尋ねる従者に冬の代行者寒椿狼星は畳に寝転がりながら答えた。
「悪くはない」
冬の里本殿内の一角にて、箪笥整理が行われていた。携帯端末を片手に、面倒そうに返事をする様子は従者泣かせだ。冬の代行者護衛官寒月凍蝶はため息をつきながらも他の帯を見せる。まだ仕立てていない反物もたんまり積まれて日の目を待っている。
「こんな明るい色、俺持ってたのか」
「お前は黒しか着たくないと言っていたから、よけておいただけだ」
そういう凍蝶も黒い服ばかりだ。十年前、春の代行者を失ってから互いに示し合わせもせずそうなった。
現在は春主従と再会を果たしている。凍蝶はこれを機に主をもっと着飾らせたかった。
「狼星、雛菊様やさくらとの再会の記念に、良かったら明るい色も着てみてくれないか……?」
「別に黒で良いだろ」
従者の心、主知らず。狼星は素っ気ない。
百歩譲って興味が無いのは許せるが、端末を見ながらの返事は許せない。凍蝶は携帯端末を取り上げようと関節技を仕掛けた。狼星は抵抗した。冬主従恒例の肉体言語の開始だ。数分後、狼星が畳の海に沈んだ。
「何を観てたんだ?」
「ギブ! ギブ! もー、お前やだっ!」
二人の喧嘩は往々にして凍蝶による腕挫十字固で終わる。凍蝶は解放する条件に携帯を取り上げた。若い男女が軽快な音楽と共に激しいダンスを踊っている。
「それ、いま流行ってるやつ。凍蝶わかんないだろ」
「わからん。若者の流行りはよく理解出来ん」
「じじい……わーっ! やめろやめろ!」
狼星は再び凍蝶の腕の中で苦痛を味わった。
「狼星、どうしてお前は私を悲しませる天才なんだ?」
「お前が俺を楽しませる天才じゃないからだ!」
凍蝶は狼星に追加でアイアンクローをした。
「いででででっ! いだい! 痛い!」
「私はお前を守る為に存在している。道化ではない。お前の為なら何でもしてやるが、命の危機に限る」
狼星は涙目だったが、すぐけろっとした顔で言った。
「え、本当か? お前じゃあこれ踊れる? 凍蝶、見た動きは大体一発で覚えるだろ」
「人の話を聞きなさい、狼星。命の危機はどこだ?」
「いまお前の手で天に召されかけただろうが」
「してない。そんなこと……私は……」
「嘘だ! 死ぬほど痛かった! 傷ついたぞ俺は!」
「加減をしたんだが……そんなに痛かったか? 悪かった狼星。見せてみなさい。薬を塗ってやろう……」
「いや、いらん。お前の治療荒いし。なあ凍蝶。とりあえず慰謝料として一曲舞ってくれないか? ひなからメールの返事なくて暇なんだ。ひなとさくらが思わず即座に反応するような、そんなネタを俺にくれよ」
凍蝶は狼星に一本背負いをしようとしたがやめた。代わりに自分の要求を通すことにした。彼は意外とノリが良いし諦めも悪いのだ。
「萌黄色の反物で一着仕立ててもいいなら」
そして狼星は好きな女の子から関心を得る為なら魂も売る男だった。一つ返事で承諾した。
この冬の王の戯れのせいで、現在大和で大人気のアイドルグループのダンスを模倣した凍蝶の動画が素早く春主従に共有されることになった。
動画を見た雛菊は大興奮して凍蝶を絶賛した。
するとさくらが嫉妬をし、対抗するように別パートを踊って動画にして送り返した。この流れで春と冬のダンス抗争に阿左美竜胆が巻き込まれたのは必然だろう。愛しい秋の神様にねだられては断れない。
一番可哀想なのは夏の葉桜あやめだ。どう考えてもそういうキャラではないのに最終的にダンス抗争に参戦した。やがてこれが四季の代行者同士の『うちの護衛官こんなに出来るもん』自慢大会へと続くことになるのだが、今はまだそれを話す時ではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます