暁の射手 ~春夏秋冬代行者外伝~④


 ある日、俺の父が、会わせたい人が居ると言ってきた。


 当時、俺は十九歳だっただろうか。

 別宅で暮らしていた父と久しぶりに顔を合わせた。

 再会を喜ぶ言葉を交わすと、早々に用件を言ってきた。


『父さんもう腰が痛くてな。仕事を若いのに譲りたいんだが、跡継ぎが見つからない。主はお前に会いたがっている。会ってくれないか』


 父の仕事の内容は知っていた。

 自分の一族が尊い方をお守りする為だけに血を繋いでいることも知っていた。

 いつかは自分にその役目が回ってくるかもしれないとも言われていた。

 候補は他にもたくさんいたが、何となく俺は、自分が選ばれるのではないかという予感を抱いていた。

 それらの理由から拒否する気持ちになれず俺は是、と答えた。


『え、いいのか』


 どうやら父は断られると思っていたらしい。


『お前、聞き分け良すぎて父さん逆に心配だなぁ』


 そんなことをつぶやかれたが、一週間後には花矢様の元へ連れて行かれた。

 花矢様とその一族が住まうお屋敷は規格外の造りをしていて俺を驚かせた。

 迷路のような小道、鯉が泳ぐ池、木々が風に揺られる石畳の道を抜けるとようやく屋敷の門が見える。今では慣れたものだが、最初はこの豪邸に我が物顔で入る父を見て唖然としたものだ。父は俺に庭へ行けと言うと、それから縁側で勝手に茶を飲みだした。


『お前が息子か』


 屋敷の庭に作られた見事な藤棚の傍で俺は花矢様と出会った。

 巫女服姿の少女が、ロッキングチェアに腰掛けて揺られていた。


『……座りたいのか?』


 少女の声で、少年のような口調で話す人だった。

 花矢様は当時十三歳。既に完成された顔つきをされていた。

 琴の弦のように真っ直ぐな黒髪、美しく澄んだ瞳、紅を塗らずとも紅い唇。

 成程、これが朝を齎す少女神かと納得した。


『よろしければ……』


 花矢様のほうも、俺をじろじろと見ていた。

 幸い、椅子はもう一つあったので、彼女の許可を貰い二人で藤棚を眺めた。

 共に居た時間は僅かだったと思う。色々と質問をされた。

 煙草は吸うのか、車は運転出来るのか。

 普段何をしている、猫と犬ならどちらが好きか。

 趣味はあるか、結婚相手もしくは恋人はいるか。

 一日をどう過ごしているのか。将来の夢などはあるのか。

 何かの試練でも受けているような居心地の悪さだったことを覚えている。

 帰り際、花矢様は藤の枝を一枝折って俺に差し出した。

 それが俺を『守り人』にすると決めた印なのだと言う。


『お前、これを受け取ったら終わりだぞ』


 差し出している癖に、脅すような真似をされた。


『……貴方は俺が欲しいのでは?』

『欲しいが、自由意志の時代に若者を縛るのも気が引けるだろ』

『貴方も若者でしょう……しかし、それでも俺が欲しいと思ったのですよね?』

『……話してみて確信した。お前となら、何とかやれそうな気がする』

『他の方では?』

『……』


 花矢様は、その時ようやく幼い表情を見せた。

 この方は俺の父を大層気に入っていて、本当は辞めて欲しくないのだ。

 気心知れた相手以外を拒絶する多感な少女。

 すがるように、では息子が欲しいと俺を呼び寄せた。

 彼女は、自分というものが潰れてしまいそうな気がすると言ってから、更につぶやいた。


『               』


 その囁きが、あまりにも心細げだったので、俺は可哀想になってしまった。



 そう、最初は同情から始まったのだ。



『花矢様、俺で良ければお守りしますよ』



 あまりに可哀想で、俺は迷うことなく藤の枝を受け取った。


 受け取ったから、俺がもう守り人になる前の人生に戻ることはない。

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