春夏秋冬代行者外伝 夏の舞 外伝 ~一夜酒~
春夏秋冬代行者外伝 ~一夜酒~①
※本作は『春夏秋冬代行者 夏の舞 上下巻』の外伝となります。
本編をお読み頂いた上でお楽しみください。
「春夏秋冬代行者外伝-
まるで神在月ですね、と荒神月燈は言った。
大和国の現人神達が集まった披露宴会場を見回しての言葉だ。
「ああ、十月は神無月だから?」
黄昏の射手、巫覡輝矢がそう言うと、月燈は頷いた。
「大和の
黎明二十年、十月二十三日。
本日は夏の代行者、葉桜あやめと老翁連理、葉桜瑠璃と君影雷鳥の結婚式が開かれていた。
挙式会場も春夏秋冬の飾りで彩られていたが、披露宴会場は更に豪華絢爛な四季折々の花と飾りに包まれている。
「圧巻ですよ……信徒からすると」
古今東西にホームを持つ現人神達が一堂に会している、そんな光景を見て思わず例えの言葉が出たのだろう。夏の現人神、それも双子神が同時に結婚するというのだから、月燈率いる警備チームだけでなく、どの現人神もあらゆる予定を調整することが求められていた。
春は休暇中の身の上の為問題なかったが、護衛陣に苦い顔をされたのは秋と冬だった。秋は季節顕現の旅が予定通り終われば間に合う、冬は季節顕現の旅を始める準備の真っ最中。どちらも忙しい時期だ。それでも里や護衛陣を説き伏せて結婚式に参加した、という形だった。
「輝矢様のおかげでわたしもこんな晴れやかな場を目にすることが出来ました。感謝しております」
「いやいや……本当はね、普通に同席で楽しめたら良かったんだけど」
現在、披露宴は歓談と食事の時間で、みな席を離れて自由に動き回っていた。
新郎新婦に縁がある者は傍で写真撮影を。食事に夢中な者もいる。
慧剣はコース料理とは別に用意されたスイーツビュッフェに参戦し、輝矢と月燈の分まで調達に向かっていた。
輝矢もようやく壁際で警備をしている月燈の元へ話しかけにいけたというわけだ。
「輝矢様もあまり食べ過ぎたらいけませんよ。動けなくなってしまうのです」
「それね。腹八分目あたりにしないと山を登るの辛いからね」
「……事前にお伺いしていますが、わたし共は御身の警備として神儀にも付き添います。慧剣くんがいるので必要ないといえばないのですが……せっかく会場警備の要請を受けましたので、そちらもと上からお達しが出ています」
「うん、ありがとう……」
「終わったら……その……」
「一緒に二次会参加しようね」
「ええと、それはそうなんですが……」
「何かあった?」
月燈は下を向いてつぶやいた。
「少しくらい、二人きりの瞬間があればいいのに……と」
彼女は背が高いので、うつむいても恥じらっている表情が見えてしまう。
輝矢は月燈のいじらしさに胸が締め付けられた。
「あ……ちょ、ちょっと時間作ろうか……」
「本当ですか?」
「うん。月燈さん、任務中なのに俺と個人的な時間まで割いてもらったらまずいかなって思ってたんだけど」
「実はわたしとわたしの部隊、輝矢様をホテルに送迎した後は休暇にして良いと上司に言われてるんです」
「嘘、俺知らないよ」
「わたしも先程、経過報告した時に言われました」
「何か……どうしたの? 竜宮岳に付き添ってくれるのもそうだけど……急に手厚い支援してくれるね、月燈さんの上司。さすがに今日くらいは旧交を温めて良いと、気を遣ってくれたのかな……」
「はい、ご指摘の通りで……。わたしの上司、夏の事件では輝矢様にしこたま苦言を呈されたことを実は気にしておりまして……国家治安機構上層部への印象を少しでも良くしたいという気持ちの現れだそうです」
「それだと月燈さん達、ご機嫌取りで俺に差し出されてる印象になるんだけど……」
「ま、まあ……わたしは嬉しいから良いのです」
輝矢は策略にはまっているような気がして微妙な心地になった。
「なんだかなぁ」
なんだかなぁとしか言いようがない。
「すみません……。少し姑息な好感度調整では……とわたしも思うのですが、輝矢様にお会いすることを奨励してもらえているのはありがたいですし……。せっかくなので部下達は自由にさせて……あと数日は竜宮に居ようかなと……」
月燈は輝矢の顔色を窺いながら言う。
輝矢はというと、何も言わずに月燈の傍にぐっと近寄り手を握った。
「え」
月燈は思わず声が出る。
他の者にこんな場面を見られては職務怠慢を疑われてしまう。
しかし、彼が紋付袴を着ていることもあり、着物の袖で隠せば手を繋いでることは他の者からわからない状態ではあった。
「あの、輝矢様……」
戸惑う月燈の表情は目に入っているだろうに、輝矢は嬉しさで舞い上がっているのか、普段暗い顔つきの男にしては珍しく少年のような笑顔で囁いた。
「嬉しい」
貴女が傍に居たいと思ってくれて嬉しいと。
「か、ぐやさま……」
「ありがとう、月燈さん。俺……自分から出来ることが少ないから、本当に情けなくて……申し訳ないんだけど、嬉しい。ありがとう。俺なんかに休日使っていいの?」
短い言葉に、握られた手の温度に、輝矢の切ない恋慕の気持ちが込められていた。
何処にも行けない神様は、誰も彼も自分の傍を離れていっても追いかけることは出来ない。彼は使命の為にこの地に縛り付けられているからだ。
だからこそ、月燈がまた自分に関わってくれて、その上二人で共に同じ時間を過ごしたいと言ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。
「輝矢様と過ごす時間は『なんか』ではありません」
「いやいや……俺と月燈さんじゃ時間の価値が違うよ。そうか……いやぁ嬉しい。俺……月燈さんにしてもらうばかりだな……」
「そんなことはありません。わたしが……わたしが、お時間が欲しいと言ったのです。神様のお時間をもらうほうが恐れ多いのに……」
「月燈さん、滞在中俺にして欲しいことない? 何でも言って」
「なんでも……」
職務中だというのに、急に流れた甘い雰囲気に月燈も呑まれそうになる。
朝ごはんも昼ごはんも夜ご飯も一緒に食べたい。出来れば手料理を作って欲しい。
頭を撫でて欲しいだの、手を繋いで歩きたいだの、色々と妄想が頭の中で溢れ出す。
「い、いけません。こういうのは!」
しかしさすが近接保護官。
途中で妄想を断ち切り、キリッとした顔つきを取り戻した。
輝矢は途端に残念そうな顔を見せた。
「俺が出来ることあんまりないかな?」
「いえ、その……たくさんありますが……」
「言って。俺も秋の代行者護衛官様を見習って、せめて滞在してくれる間だけでも御姫様のように扱うよ」
「いえ、自分は平民ですし。その……輝矢様、このままではわたし……近接保護官の顔で居られなくなりますので……あ、あとから!」
「あとから」
「はい……あとから! あとから……お、おねだりします……」
「わかった。じゃあまたあとで聞くね」
大人しく輝矢は手を外した。
月燈は自分の顔が赤くなっていないか心配になる。
――輝矢様、偶に積極的になるからびっくりしてしまう。
輝矢は基本的には奥手なのだが、感情が昂ぶった時には急に距離をつめてくる。
月燈はそれにたじたじだ。
「輝矢様ー! ケーキ、ケーキたくさん取ってきました! 月燈さんの分もありますよ!」
ちょうどその時、慧剣が戻ってきた。
二人がやけに距離が近い様子を見て、ケーキをのせた皿を両の手に持ったまま狼狽える。そして、決意したように言った。
「おれ、スイーツ巡り、もう一周してきますね」
とても気を遣っていた。
とは言っても悪い意味ではない。
嫉妬に狂っていた迷子狼は自分の主が守り人の座を他に譲ったのではなく、彼を真摯に愛してくれる信徒の女性と出会っただけだと知ってから態度を改めていた。
「その、どうぞ……お続けください!」
友達以上恋人未満の男女に気を遣う子どもに、大人二人は『いいから!』と引き留めて、彼の戦利品を受け取った。
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