第一章 夏の代行者護衛官 葉桜あやめ⑥




 時は流れ黎明二十年。




 大海原に浮かぶ島国『大和』では四季の代行者を巡る大騒動が起きた。

 列島の形が手折られた桜の枝に似ていることから東洋の桜とも言われているこの島国に、攫われた神様が帰ってきたのだ。


 十年ぶりに戻ったその少女神の名は花葉雛菊。


 四季の代行者の天敵である『賊』に誘拐されたまま行方知れずとなっていた春の神様だ。

 忠実な臣下である代行者護衛官姫鷹さくらを伴い雛菊は奇跡を起こす旅に出た。

 それを邪魔する者、支える者、様々な人間の思惑が交錯していく。

 春主従は夏主従が所有する夏離宮にて静養するも、四季の代行者の天敵である賊の襲撃を受ける。

 

 襲撃者は過激派賊集団【華歳】。


【華歳】は夏離宮だけでなく、秋の代行者祝月撫子と、その代行者護衛官阿左美竜胆が暮らしていた秋離宮をも襲う。

 まるで十年前の花葉雛菊様誘拐事件の再現のように、秋の代行者祝月撫子が改革派賊最大組織【華歳】に拐かされてしまった。


 そこからは劇的な展開だった。


 夏主従は春主従からの要請を受けて、秋の代行者救出を手伝うことに。

 

 これに冬の代行者寒椿狼星、代行者護衛官寒月凍蝶も賛同し。

 

 秋の代行者護衛官阿左美竜胆が受け入れ。

 

 四季の代行者と護衛官は春夏秋冬の共同戦線を組むことになる。

 

 事件は大和国政府と【華歳】による人質の引き渡し交渉が決裂してから急展開を見せた。

 夏主従と秋の代行者護衛官阿左美竜胆は祝月撫子を救う為に【華歳】のアジトへ。

 春主従は季節の運営管理を司る四季庁、その庁舎にて【華歳】の攻撃部隊に襲撃される。

 同時に冬主従も四季庁庁舎に向かう途中に【華歳】の別働隊から強襲を受けた。

 この激動の一日の中、夏主従は賊との戦いで危機に陥ることになる。

 

 戦いの最中、瑠璃が死角から狙撃手に射たれ死亡したのだ。

 

 あやめは護衛官の立場でありながら最愛の妹を守れずみすみす死なせてしまった。

 妹の死を悔いて、あやめが瑠璃の後追いをしようとしたところを秋主従がなんとか阻止する。

 幸運にも撫子が権能で瑠璃の身体を治療したことで、夏主従は事なきを得た。

 

 一連の出来事は、春主従と冬主従の奮闘で収束していく。

 

 四季庁庁舎にて【華歳】の攻撃部隊と迎撃戦をしていた春主従は、救出に向かった冬主従の活躍により無事保護された。

【華歳】の頭領とその腹心、他数名のテロリスト達は取り押さえられ、四季と賊の全面対決は四季側の勝利で決着がついた。

 春の事件はこれにて終いだ。


 大団円といえる結末だったが、後から問題が起きた。


 一時的とはいえ、夏の代行者、葉桜瑠璃は死んだ。

 四季の代行者は死亡すると、四季の神々によって直ちに代替わりが選ばれる。

 神代から続く一族の中から、最も相応しく若い命が次代の神となる。

 神々は何を考えているのか、葉桜あやめを次の夏の代行者として選んでしまった。

 次代の夏の代行者が誕生している状態からの蘇生がまずかったのだろう。

 あやめの現人神の権能は取り上げられるべきだが、何故か力は消えなかった。

 元夏の代行者である瑠璃は当然、権能を持ったまま復活した。



 史上初の双子神誕生。夏の里は混乱に陥る。



 人間は前例が無いものを嫌う。閉鎖的な里であるならば尚更だ。

 ある程度予想はされていたが、彼女達の在り方は批判された。普通ではないと。

 二人を良いものとして扱うか、悪いものとして扱うか、本人達の預かり知らぬところで決める会議が開かれた。

 その結果、お偉方を含めた夏の里の者達が下した烙印は、葉桜姉妹にとってあまりにも無情だった。



 曰く、彼女達は『凶兆』であると。



 慣例を捻じ曲げた在り方。存在自体が彼女達の身勝手な行為の象徴であると。

 正常ではない者は厳しく管理されるべきだと声高に言われた。

 やがて、それは彼女達の行動制限だけでなく、種の保存に成り得ること自体慎重になるべきだという結論に至る。

 

 双子神の結婚は取りやめ。これが凶兆にふさわしい扱いだと決定が下された。


 瑠璃とあやめの意志の尊重などこの世には存在しないのだ。

 

 現在、あやめは葉桜家の屋敷の自室でただ寝転がっている。


 部屋は強盗が入ったかのように荒れ果てていて、彼女の精神を表しているかのようだ。

 夏を謳歌しないで時は過ぎていく。

 

「あやめ、ごめんね」


 死体のように横たわっているあやめに、瑠璃が泣いて謝ってくる。


「神様になったの、あたしのせい。ごめんね、謝っても、謝っても、足りないよね……ごめんね……あた、あたし……あの時……あの時さ……」


 あやめの顔に、瑠璃の涙が落ちてきた。


――何故謝るの。


 あやめも涙が溢れてくる。

 いやわからない。これは瑠璃の涙なのか、あやめのものなのか。

 もうわからない。

 とにかく瑠璃に申し訳なくて、自分が情けなくて、胸が苦しかった。

 妹は何も悪くないとあやめはわかっている。


 何せ、守れなくて死なせたのは彼女なのだ。

 

「……あのまま……」


 その結果、瑠璃がようやく心を開いていた婚約者との婚姻も駄目になってしまった。

 あやめのすることは、いつもうまくいかない。

 そういう星の下に生まれているのかもしれない。

 

「それ以上言わないで……瑠璃は何も悪くない……こっちにおいで」


 まるであやめが護衛官になるよと言い出した時のように、瑠璃は泣きながらあやめにすがる。泣く妹を慰めながらあやめはふと思った。

 最悪なこの結末には一つだけ救いがあると。


――連理さん。


 彼にとってはこれで良かったのかもしれない。

 自分と結ばれるのは間違いだとあやめは感じていた。

 婚約破棄という、彼の名誉を傷つける行いをしてしまったけれど、彼の未来は守れた。

 

――そうだ。そう思おう。


 いつか素敵な伴侶を得れば、連理もすぐあやめを忘れるだろう。

 

「瑠璃、もう何もかも忘れましょう」


 悪いことをしたら、ちゃんと罰が当たるように世の中は出来ている。

 一生、大和の夏の為に奉仕する存在になったのも、きっとそういうこと。

 なら、あやめはすべてを受け入れるべきなのだ。

 

 一時でも恋を知れてよかった。


 あとはまた前のように、ゆっくり心を殺して生きればいい。









 神様になった女の子は、世界の為に死ぬしかないのだから。








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