春夏秋冬代行者外伝 ~一夜酒~②


 一方、本日の主役達はというと。


「あやめちゃん、挨拶に来てくれる人減ったから、いまならご飯食べられるよ。大丈夫? 具合悪くなってない?」

「……はい、連理さんも食べてくださいね。新郎新婦はご飯食べる暇がないって本当なんですね……具合悪いまではいかないんですが、コルセットが辛くなってきました……お色直しまで我慢します」

「あやめ、あやめ、これ美味しかったよ。あとね、パンはちぎって食べられるから口紅落ちにくい! 連理さん、ちぎってあげて!」

「女の子は大変ですね。みなさんの代わりに僕がたくさん食べます。食べられなかったらください」


 今日も元気にそれぞれの個性を発揮していた。


 あやめは自分が楽しむことより会場に集った人々に目を配り、粗相がないようにすることに集中し続け、連理はそんなあやめを支えるように声をかけている。

 瑠璃は挙式前、緊張やらマリッジブルーやらでパニックになっていたのに、始まると段々楽しくなってきたのか顔色が良い。はしゃいでいる。

 雷鳥は誰よりも自由に飲み食いをしている。


 この四人が集まると不思議なもので、実際の年齢は関係なくあやめ・連理組の年上感が増し、瑠璃・雷鳥組の年下感が顕著になった。

 話す会話の流れも内容も、それが如実に現れる。

 連理は瑠璃とあやめの両親が招待客と挨拶をしている様子を見ながら言う。


「葉桜のお義父さんとお義母さん、挨拶ばかりさせて申し訳ないな……婿側の家から親が来なかったから、葉桜さんのところに親の役目が全部押し付けられてるというか……」


 あやめはそれには首を横に振った。


「そこは大丈夫です。両親は枢府勤めですし、ああいう挨拶回りは慣れています。むしろこれほど豪華なメンバーとお知り合いになれるのは葉桜本家としては名誉なことですから、親戚一同張り切ってますよ。顔を広められて有り難いくらいです」

「いやぁ、それにしもね……ご迷惑かけっぱなしだよ」

「疲れさせているのは私も申し訳ないと思います……。その、両親の部屋だけホテルのオプション足してもいいですか?」

「もちろん、もちろん。マッサージでもルームサービスでも好きな物を。正直、俺達より気疲れするポジションに居るからね。明日の午前中はみんな寝坊すると思うけど、体調とか問題なかったら午後からお出かけするのはどうかな。俺、お義父さんお義母さんが好きそうなお店調べてるよ。親子水入らずで行ってきたらいいよ」

「そこはみんなで行きましょうよ。連理さんも雷鳥さんも家族になってるんですし」


 照れる連理にあやめは微笑む。

 それを見て瑠璃が口を挟む。


「じゃあ、あたしは…………出来ることがあんまりないから大人しく従うね! あと場を盛り上げるよ! あ、写真たくさん撮る!」

「僕は荷物を持ちます。何ならお義父さんもお義母さんも持ちます」


 二人は言いながらナイフとフォークを持つ手を動かしている。

 あやめは妹夫妻のいつもの調子に呆れてしまう。


「言っておきますけど、私達が計画したことはあくまで私達からの両親へのプレゼントなので、貴方達は貴方達で何か考えてくださいね」

「あたしとあやめ、双子なのに? 連名じゃないの?」

「双子だからって財布も一緒じゃないでしょ」

「じゃあお金出す」

「そういうことじゃないの!」

「どういうこと?」

「今まで両親に迷惑かけてきてるんだから自分で何か育ててもらった恩返しが出来るものを考えなさいねって言ってるの!」


 あやめは妹の自立を促していた。

 瑠璃もあやめの言わんとしていることはわかっているようだが、どうしても『姉と一緒』というところが抜けきらない。


「あたし、お姉ちゃんと一緒にお父さんお母さんに何かあげたい……」


 無垢な表情でそう言う。相手任せに何かしたいというわけではないのが困りものだ。自立にはもう少し時間がかかるだろう。『お願いお姉ちゃん』という顔で見つめられると、あやめも断れなかった。


「……もう、いいわよ。何か考えてきてくれたら協力するわ」

「やっぱりあたしが考えないとだめ?」

「瑠璃!」

「ち、違うよぉ! あたしが考える物って自分は嬉しいけど相手は嬉しくない物だったりするからさ! センスとか、ないじゃん? あやめはいつもおしゃれな物選ぶの得意だし……」

「雷鳥さんと話し合いなさい。もう夫婦なんだから」


 瑠璃と雷鳥は顔を見合わせる。


「もう夫婦……すごく良い響きですね、瑠璃」

「良い響きは置いといて、何か良いアイデアない? 雷鳥さん」

「僕に求めるのは無理がありますよ。あったかファミリーで育ってないですもん。いや、僕以外の家族はわりとうまくやってるので、僕だけそういうのをよくわかってないだけかもしれませんが」

「可哀想……」

「強者は孤独なんです。可哀相な僕にたくさん優しくしてくれて良いんですよ」

「可哀想なのは置いといて、何か良いアイデアない?」

「会話ループしてません? ちょっと変化が必要なんでまず優しくしてください」


 話が進まない妹夫妻に、連理が助け舟を出した。


「別に結婚式当日になんでもかんでもプレゼントしなきゃいけないルールじゃないんだし、帰ってから自宅に何か贈るとか、思いつかなかったらお手伝いをしにいくとかでも良いと思うよ。とりあえず、明日はみんなでお義父さんお義母さんが楽しめるようにしよう」


 あやめは『連理さんは優しすぎます』という顔をする。


「わかった! それなら、サプライズとかじゃなくてして欲しいこととかお家に必要な物を直接聞いてみる。それであやめにまた相談する。ね、雷鳥さん」

「そうですね」

「うちの親のことばかりごめんね。終わったら雷鳥さんのところもご挨拶行かなきゃね」

「いや、それに関してはしばらく放置して焦らしましょう」

「焦らすの?」

「はい、本人達の意志で来てないんですからあっちが『もう何で挨拶に来ないの!』ってヤキモキするまで焦らしましょう。耐久戦です」


 瑠璃は呆れた口調になった。


「……雷鳥さん、何でも戦闘で考えるのやめなよ」


 雷鳥はそれに口を尖らせて言う。


「嫌です。ちゃんと理由はあります。いいですか、瑠璃。あやめさんが言っていたように、本来なら君影家もこの結婚式に来て各関係者に顔を売ったほうが良かったんです。家名の繁栄だのなんだのと僕に語っていた両親の姿はいずこへって感じですよ。口だけの人達です。すごい結婚式だったという噂を流しまくって悔しがらせるべきなんです」

「……雷鳥さんが里の警備システムを、あたし達助ける為に無断で使ったから怒ってるんじゃないの?」

「それはちょっとおかしいと言いたいですね。里がなぜ存在するのか? なぜ警備が必要なのか? 結局は代行者の為という答えになります。おまけに今回の事件は結果的に【一匹兎角】の勝利で終わっているんです。勝利側を導いた息子の晴れ姿を見に来いよ、と……。違いますか?」

「うーん……でもほら、まだ里の中は落ち着いてないし……【一匹兎角】の勝利ってなるまで君影さんのお家、すごく責められていたでしょう? 雷鳥さん、すっごく頑張ってくれたのわかってるけど、迷惑かけたのは確かだし仕方ないんじゃ……」

「だから、それがおかしいんですよ。うちの家は開き直って『代行者保護の為に息子がしたことです』と言えば良かったんだ。でも【老獪亀】の顔色を窺ってどっちつかずのまま批判を呑み込んで、今もその状態のまま。息子の味方よりお偉方の味方なんです。でも僕は予想が出来ているんですよ。この後、僕が実家を放置しても、いずれ状況が【一匹兎角】に好転し続ければコロッと手のひらを返してこっちにすり寄ってくるのが。ああ嫌だ嫌だ。ああはなりたくないですね」


 どうやら雷鳥の家も色々とゴタゴタしているようだ。


「僕は瑠璃との破談をサクッと決めたことを一生根に持ちます……」


 そして本人の私怨が深すぎる。


「あたしも雷鳥さんが竜胆さまの振りしたのは根深い傷になったよ」

「瑠璃……!」

「いや、わかってるよ。あたしとあやめの為に仕方なくしたの、わかってる。でもあたしにとって竜胆さまはすごく大事な人で、あの時のやり取りも大切だったから……あれが雷鳥さんだって知った時はもう『なんでー!?』ってなった」

「……」

「今はね、雷鳥さんがたくさんたくさん考えて、自分の身の危険も省みずやってくれたことだって理解出来てるから『なんでー!?』はないけど……ご両親はまだ仕方ないと思える状況じゃないんじゃないかな。あんまり邪険にするのはよそうよ……」

「……みんな、僕がしたことを怒る! あと瑠璃は阿左美先輩に好意を持ちすぎでは?」

「ち、ちがうよー! ラブじゃなくてライクだもん!」


 雷鳥は納得していない様子だ。場を取り繕うようにあやめが言った。


「雷鳥さん、あの……こうして雷鳥さんと連理さんの頑張りで私達結婚出来てるわけですし……。私は感謝していますよ」

「あやめさん……」

「雷鳥さんに感謝してるのは俺も同じです。あと、家族の問題を抱えてるのも同じなので……雷鳥さんの気持ちわかりますよ。家族との距離って難しいですよね……」

「連理くん……!」


 雷鳥は性格がつかみにくい男だが、周囲はもう扱い方をわかっていた。

 子どもをあやすような対応をすると大抵良くなるのだ。


「雷鳥さん、元気戻った?」

「戻りましたが完全ではありません。瑠璃も僕のことを大いになぐさめてください」

「調子に乗ってる……。そんなに立ち直り早いなら竜胆さまのところに挨拶に行きなよ」

「いや、それは連理くんと一緒じゃないと嫌です。怖いんで。後で行きますね……」


 連理とあやめは二人のやり取りに声を上げて笑う。

 夏の夫妻達はその後もとめどないお喋りを続けた。



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