春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~冬夏青青~

春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~冬夏青青~①

 ※こちらの掌編は暁の射手本編後の物語となっております。ご注意下さい。




 おれの『神様』はとても優しい。






 優しい人だからおれみたいなのに好かれてしまうんだろうな、と少し気の毒になるくらいだ。


 神様の良いところを挙げろと言われたらいくらでも思いつくことが出来る。

 声も渋くて格好良いし、威厳のある風体なのに笑うとすごく穏やかな笑顔なのも素敵だし、お料理も上手だし、買い物に行きたい時にすぐ車を出してくださるし、身分が違うのに偉そうにしない。


 おれのことを小間使いのように思っている様子もないし、何かと世話を焼いてくださる。おれが主の世話を焼くより主がおれの世話を焼くほうが多くて、おれはそこが申し訳ないと思いつつも、まるで家族みたいにおれのことを大事に扱ってくださるのが嬉しくてやはり好きだと思う。


 とにかく非の打ち所がない神様だ。


「慧剣、代行者達からお歳暮が届いたぞ。ああ……秋からは可愛らしいお手紙もついているな。この便箋、お前が好きなキャラクターのやつじゃないか。撫子様、気遣ってくださったのかな」


 現在、おれとおれの神様である巫覡輝矢様は竜宮にある神社に仮住まいをしている。新しい屋敷が来年には出来上がるのだけれど、それまで輝矢様の知り合いの神主さんの許しを得て住まわせていただいてるのだ。神社の方が代わりに受け取ってくれた荷物をあてがわれた部屋で開封する。


「違いますよ、おれも好きなんですが撫子様も好きなんです。可愛いでしょ。夏の方々の結婚式の時にお互いこのキャラが好きだってわかってお喋りしてたんです。覚えてくださってたんだ!」


 おれが嬉しそうに言うと、輝矢様は破顔した。


「そうなのか。うちも可愛い便箋と封筒でお手紙を添えればよかったな。今年は慌ただしく発注してしまった。来年はお前も意見をくれ」


 輝矢様は今年増えた交流関係をとても好ましく思っているようで、おれもなんだか嬉しい。


「輝矢様、本山からのお歳暮は嫌がってたのに」

「花矢ちゃんへの扱いを考えるとそりゃそうだろう。手配かけてくれた人はお偉方じゃないんだが、本山から来ている物は全部腹立たしく思える」

「まだ謹慎解けてないですもんね」

「そろそろ解除されるはずだ。代行者様方も連名で抗議してくださっているし、来年まで引き伸ばすなら心労で倒れた振りしてやる」


 自分のことではあまり怒らないのに、人が危害を加えられるとすごく怒るのが輝矢様という神様だ。そういうところもおれは好きだ。


「あとこれお前宛の荷物な。冬の護衛陣からプロテイン来てるぞ」

「あのムキムキの護衛の方がオススメしてくれたやつです!」

「俺はお前があんなにムキムキになるのかと思うとちょっと怖いよ……」


 おれは輝矢様の困り顔を見ながら笑う。でも心の中では違うことも考えていた。

 渡された自分宛の荷物の中に家族からの文がないことを確認して少しだけがっかりしていたのだ。


「これ、お菓子……数が多いのは神社でも食べてもらおう。いいか?」

「はい! いつもお世話になってますし。みんなのお茶菓子にしましょう」


 もちろん、輝矢様の前ではおくびにも出さないけど。


「みんなで食べるほうが楽しいですからね」


 おれにも『みんな』が当たり前に持ってる『普通』が与えられる人生だったら良かったのに、と。


 輝矢様が言うには。


 おれの元家族は『保護者としての責任感』がないらしい。


 渦中に居る時はそう感じていなかったけれど、輝矢様に育てられるようになってからはすごくわかるようになってしまった。

 両親にとっておれは繁殖した結果でしかなくて、嘘の履歴書を書かせてしまうくらいどうでもいい存在で。

 輝矢様や本山に履歴書詐称と児童虐待の疑いをかけられて、怒られてしゅんとしてから、その鬱憤をおれにぶつけるくらいには大人気なくて……。


 理不尽をぶつけられ続けて、ようやくおれも自分にかけられた呪いが解けた。

 無条件に愛してくれると思っていた両親はそうじゃないんだって。

 おれは無条件で慕っていたのに。


 いつかは『あの時悪かった』って連絡の一つでもくれるかもと思っていたけれど、今年もそんな様子はない。


――もうおれはあの家の子じゃないんだ。


 納得しているはずなのに、がっかりしてしまう。

 それは代わりに育ててる輝矢様にも失礼だと思うのだけれど。

 おれの決意や願いとは反対に心は萎れるのだ。


「……」

「慧剣」

「……」

「慧剣、お正月どう過ごしたいとかあるか?」


 輝矢様に問われて、おれは慌てて意識を目の前の神様に集中させた。


「あ、すみません。特には。もう神社に住んでますからお参りも微妙ですしね」

「地元の神様に新年の挨拶は必要だが、民が参拝していない時になるだろうなあ。じゃあ逆に来年やりたいことあるか?」

「うーん、まだ取れる年齢じゃないですけど車の免許のこと、準備し始めたいです」


 おれがそう言うと、輝矢様は感慨深そうに『もうそんなことを考える時期になったか』とつぶやいた。


「あれってどうしたらいいですか? 守り人ですから早めに取得を考えるべきだと思うんですけど……。というか輝矢様どうやって免許取ったんですか?」

「俺は屋敷の敷地内で警備門の人達と練習して、本山経由で巫覡の一族が運営に噛んでいるところで特別に試験受けさせてもらったよ。お前も同じように取り計らうことは可能だ。それか……俺よりかは秘匿された身分じゃないし、若いんだから自動車学校に通うのはどうだ? 友達出来るかもしれないぞ」


 輝矢様はいつもおれを外の世界に出そうとうする。

 若いおれを守り人にしたことを今でも悔いているようなのだが、おれはそれをされると毎回『おれのこと追い出そうとしてます?』と不安になる。


「でもそれって輝矢様の元から離れる時間があるってことですよね」


――輝矢様、おれの幸せはお傍にいることなんですよ。


 おれは口には出さないが強く念じる。


「カリキュラムがあるから日に数時間は拘束されるなあ。午後に被るようなら神事は休んで構わない。他の子と同じ生活をしていないんだからそれくらい気にせず行きなさい」

「おれが輝矢様と離れたくないんですよ!」


――友達も居たら楽しいと思うけど、地元の知り合いが増えるだけで十分です。


「慧剣、日に数時間だぞ……」

「嫌です……」


――どうして輝矢様と一緒の時間がおれにとって一番の幸せだと思わないんですか?


 心の中でたくさん輝矢様に言葉を投げかけていたせいか、おれの『イヤイヤ』ムードは早めに伝わった。


「……わかった。じゃあ俺と練習するか。神社の人も頼めば教えてくれそうだしな。お前が車乗れるようになったら気軽に使われそうだけど」


 おれは諸手を挙げて喜ぶ。


「神社の人ならいいですよ。本当にお世話になってますし」

「お前可愛がられてるもんな」

「みんないい人ですから」


 実際、神社に住むようになってからアルバイト巫女さんとか、社務所の若い人とか、神社に顔を出す業者の人と仲良くなってるのでもうそんなに交友関係は要らないと思っている。おれと輝矢様のこと、大半の人はなんか居候している神主の親戚と認識しているし。本当のことを知ってる人は少ない。


 免許取得の学校に行ったって、自分のことを打ち明けられる身分じゃないんだから行かないほうがいい。輝矢様はおれのことばかり気にして、自分が秘匿存在であらせられることを偶に忘れる。おれから貴方のことが漏れて、貴方に危害がくわえられるようなことが起きたらまずいじゃないか。


――まあ、おれを大事にしてくださってのお言葉なんだけど。


「しかしお前がもうすぐ免許か……」

「まだ先のことですけどね」

「いやあ、時の流れは速い。ああ……あと巫覡の一族の場合、民間でトラブルが起きた時の為に免許証の名前は偽名を作成するから今のうちから考えておきなさい」

「えー! 何でもいいんですか!」

「他の身分証明書と共通させるから咄嗟に自分が言える偽名じゃないと駄目だ。家族が居る人は親の名字とかに自分が考えた名前をつなげるのが普通だが……」

「……」

「まあ好きにしなさい。平凡なのにしたほうがいいぞ」


 家族って離れていても色んなことで必要になって面倒だなあとおれは思う。



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