春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~耐冬花~

春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~耐冬花~①

 ※こちらの掌編は春の舞、夏の舞、暁の射手本編後の物語となっております。

 ご注意下さい。






 黎明二十年の夏の神様達の年越しは、葉桜瑠璃とあやめの実家である葉桜邸にて彼女達の両親含めて和やかに終わり、翌日からはそれぞれの家で過ごしていた。


『お正月はみんなでやりたいことを持ち寄って過ごそうよ!』


 そんな鶴の一声ならぬ瑠璃の一声が発せられたのは一月二日のこと。

 すでに正月に飽きた彼女らしい声掛けだった。


 あやめは瑠璃に電話で苦言した。


「貴方そんなこと言ってまたうちで食べたり飲んだりごろ寝して帰るだけでしょう。雷鳥さんと夫婦水入らず過ごしたらどうなの」

『雷鳥さんも連理さんと遊びたいって』

「一昨日も会ったじゃない……」

『いいじゃん。なんか用事あるの?』

「野鳥用の餌台を作ろうと思ってるの。連理さんと。私が代行者になったせいなのか、お庭に来るのよね。餌探しに負けちゃう子の言葉とか聞いてたらいたたまれなくなっちゃって……。そしたらね、お庭にそういうのを作ってあげたらどうかって連理さんが言ってくれて。あんまりよくないことかもしれないって悩んでたんだけど、いまは冬場だしやってあげようって……連理さん、いつも私が迷ってると後押ししてくれるの」

『うんうん、よかったね。それで野鳥とあたし、どっちが大事なの?』

「今は野鳥ね」

『もー! お姉ちゃん意地悪しないで!』

「意地悪じゃなくて真実を告げてるのよ」

『ねえ、お願いお願いお願い! そっちでごろごろしないから! うちで遊ぼう? あたしご飯作ったげる!』

「……」

『もしかしてあたしが作った物、あんまり食べたくない?』

「お鍋にしなさい。失敗しないから」

『うち昨日もお鍋だよ』

「じゃあグラタンにしなさい。失敗しないから」

『わかった! 美味しいグラタン作る! じゃあ夜に来てね。二人共、お泊まりの用意してね』


 あやめが何か言う前に電話は切られた。

 リビングで電話のやり取りを聞いていた連理はあやめに言う。


「瑠璃ちゃん、さみしいって?」


 暇なのか、と聞かないあたり瑠璃のことをよくわかっている。

 的確な推測だ。


「……まあ、総括するとそうなんでしょうね。一昨日も会いましたけど」


 あやめは連理が座っている長椅子までとてとてと歩いて、横に座る。

 そしてとても自然に連理の腕に自分の腕を絡めた。


「瑠璃は好きな人と二人きりで居たいとか、ないのかしら?」


 彼女としてはあまりにも疑問でそうつぶやいただけなのだが、恋が実って急に結婚して、まだまだ新婚の連理にとっては頬を緩めてしまう言葉だ。

 連理もごく自然に腕を絡めたまま手を繋ぐ。


「そういう時もあるだろうけど……いままでずっとお正月はあやめちゃんと過ごしてたからそれがまだ慣れないんじゃないかな」


 そしてちょっぴりわがままな義理の妹の味方をしてやった。


「あと、雷鳥さんってすごく濃い味のカレーって感じで、瑠璃ちゃんも三段重ねのアイスクリームって感じだから、二人で居ると個性が強すぎて静かな俺達が欲しくなるのかもしれない」


 説得は変な方向に行ったが、あやめは脱線せずついてきてくれた。


「……すごく妙なたとえですけどわかる自分がいます」

「あ、わかる?」

「はい。私達って四人だとこう……ハーモニーがよくなると言うか」

「そうそう」

「混ざってちょうどいいみたいなところありますよね。私もなんだかんだ言ってあの子達の存在に助けられてますし」

「あやめちゃんも四人が嫌なわけじゃないんだよね?」

「はい……」

「自分で言うとなんかおこがましい気がするけど……ただ俺と一緒に居たいと思ってくれてるだけで」

「はい。だって二人で迎える初めてのお正月ですもん……」


 あやめは連理の肩にもたれかかる。

 真面目な元代行者護衛官。現夏の代行者。

 彼女は人生でようやく誰かに甘えられる時間が来ているのだ。

 蜜月を好きな人と楽しみたい、というのは今まで苦労してきたあやめだからこその思いだと言える。そうでなくとも、年頃の娘なのだから当たり前の感覚だろう。


「瑠璃ちゃんがあやめちゃんを好きすぎるんだよな。雷鳥さん、二番らしいからね」

「……雷鳥さんもよく瑠璃と結婚してくれましたよ」


 連理わざわざ空いているほうの手を伸ばしてあやめの頭を撫でる。

 あやめは幸福感に満たされた。顔の向きを変えて連理を見つめる。


「瑠璃が言うにはみんなでやりたいこと持ち寄って遊ぼう、という企画らしいんですが……連理さん何かありますか?」

「やりたいこと……みんながやりたいことでいいよ?」

「多分、遊ぶアイデアを持ち寄って欲しいんだと思います」

「ああ……俺、ずっと勉強ばかりしててそういう遊びに疎いんだよね。家族ともみんなで何か……とかしなかったし。いや、俺だけ除外されてただけなのかもだけど」

「……」

「友達との時間もあったけど、それは何というか勉強の合間にジュースとかお菓子とか用意して歓談したり、車で何処かにでかけたり、飲みに行ったりとかそういうもので……ゲーム類は禁じられてたからさ」

「漫画とか小説は?」

「漫画は駄目だったね。でもこっそり携帯端末で読んでたよ。小説は親が読むようなものなら許されていたな。何か受賞したやつとか。親も話題づくりで読んでたみたい」

「外交の為、みたいな」

「そうそう。趣味や余暇の楽しみっていうより人付き合いの為の大人のたしなみ……みたいな。だから車とかは早くに許されたし、一族の本家の人達が好きそうなお金のかかるスポーツとか遊戯はやらせてもらえた。知っとかないと親の恥になるからね」

「……そうなんですね」

「瑠璃ちゃんが望んでるような純粋な遊びはいま勉強中かも。ほら、雷鳥さんに言われてゲームも始めたしさ。いまが楽しいから大丈夫だよ」


 声が小さくなったあやめに、連理は朗らかに言う。


「俺、あやめちゃんと結婚出来た時点でもう大丈夫になれたからね」


 彼としては想い人を手に入れられたことで過去の辛さはほぼ払拭出来たのだろう。

 あやめは複雑な気持ちだが、連理が微笑んでいるので微笑み返す。


「連理さん、ゲームの中で何をしてるんですか?」

「俺は雷鳥さんをひたすら蘇生して回復してる」

「……職業病では」

「はは、そんなことないよ。もう医者じゃないし。何やればいいのって聞いたら『ヒーラー』って言われたからそれしてるだけ」

「大丈夫ですか? なんか雑用を押し付けられてません?」

「ううん。雷鳥さんがモンスターに派手に散らされるの見るのは結構楽しいよ」

「……」

「俺に命を握られている雷鳥さん、いいよね」

「……」

「『連理くん! 蘇生して!』って悲鳴上げるの見るのも楽しい。基本的に誰かが悲しい顔をするの見るの辛いタイプだから、本来なら雷鳥さんがゲームの世界でも危険な目にあったら悲しくなっちゃうはずなんだけど……」


 あやめは連理が言いかけて言わなかった言葉をずばり当てた。


「愉快なんですね」


 連理はちょっと悪い笑顔でうなずく。


「うん」


 普段雷鳥にいじられることが多いので、そんな彼が自分に頼らざるを得ない時間が楽しいらしい。


「本当にわりと楽しんでますね」

「相手が雷鳥さんだからね」


 連理は、今度は純粋な笑顔を見せた。

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