春夏秋冬代行者 黄昏の射手 外伝 ~南柯の夢~②
場面は移り変わる。
さくらが瞬きをすると、先程までの春主従のやりとりは掻き消え、別の場所へ視点が塗り替えられた。
おや、とさくらは思う。
――あ、ここは。
見覚えがある所だった。
――衣世で有名な温泉街じゃないか。
だが、実際にさくらが訪れたことはなかった。
人が多い観光地、季節顕現で立ち寄るような場所ではない。
知識としては知っている。主と旅をする時に、訪ねる地域の情報を頭に叩き込むのは護衛官としての嗜みだった。
四季の代行者は『移動する神』。なので、どこへ行くのも自由ではあるが、やはりそこは要人ということで何をするにも警備は必須。
極力、民の日常を脅かしてしまいそうなところには足を運ばない。
――だから、やっぱりこれは夢だ。
恐らく時期は盛夏が訪れる前、やんごとなき身分の者達が楽しげな様子で歩いているのが見える。
さくらは直感的にそれが誰かわかった。
「確かこの散歩道を進んでいけば足湯があるはずなんですが……。連理さん、歩き疲れていませんか。僕の案内が悪くて申し訳ないです」
すらっと長い四肢、知的な眼鏡、綺麗に整えられた黒髪。どこからどう見ても良家の子息であることがわかる品の良い顔立ちの青年が一人。男性の葉桜あやめ。
「四人とも来たことのない場所なんだし、あやめ君もわからないのは当たり前だよ。案内してくれてありがとう。それに今日は歩くと思ったらヒールは低めにしたんだ。だから、私は大丈夫」
先の青年に寄り添うように歩いているのは彼より年上であろう美女。
白いシャツと、少しタイトなスカート姿。
歩く事に揺れる大ぶりのピアスやブレスレットが大人の女性としての装いを引き立てている。男性のあやめの言葉に受け答えをしているのは女性の老鶯連理。
「連理くんは体力ないですからね、心配されてるのはそこですよ。それにしても人が多い……。瑠璃、はぐれないように手を繋いでください」
更にもう一人、背の高い美女が。細身の黒のパンツにTシャツ、ウエスタンブーツ姿。職業は俳優と言われても信じてしまいそうな華がある。女性の君影雷鳥。
「違うでしょ、はぐれるのは雷鳥さんでしょ。さっきもおれのこと置いておまんじゅう買いに行っちゃったのに。訂正して」
そして美女の連れ合いは眼鏡の青年と同じ姿形をしていた。大和で狼星に次ぐ任期の長さを誇る四季の代行者、葉桜瑠璃だ。
「訂正します。瑠璃を置いておまんじゅうを買いに行くような僕を縛り付ける為に手を繋いでください」
「最初からそう言えばいいんだよ」
「瑠璃、雷鳥さんにそんな偉そうな言い方しないの」
「いいんですよあやめさん、僕は年下の男の子に叱られることに喜びを覚えるタイプの女です」
「……ちょっと事案に感じる言い方だからやめようか、雷鳥さん。私も同じ種類の人間だと思われてしまう。あやめ君も年下の男の子だから……」
俯瞰さくらは一連の会話を聞きながら思った。
――私、かなり不敬な夢を見ているのでは?
これらすべてさくらの妄想ではあるので不敬と言えば不敬だ。相手は他の季節の現人神。愛する主の同僚である葉桜瑠璃と葉桜あやめを青年とし、その伴侶である君影雷鳥と老鶯連理を女性に変化させてしまっているのだから。
――私にこのような願望はないはずだが。
春天女を飲んだ者は一定数おかしな夢を見る、という情報を知らぬさくらはひとり罪悪感に苛まれる。
「あ、ありました! 足湯!」
夢の主がどう考えようが、物語は止まらない。青年あやめが嬉しそうに声を上げる。
夏夫妻は揃って足湯へと向かった。入れ替わりで人が去っていったので、無事四人とも足湯を堪能出来た。
「そっちつめてつめて。あったかーい! あやめ、あったかいね!」
「そうだね、いい気持ち。瑠璃、あまり足をバタバタさせたらだめだよ。連理さん、そっち狭くないですか」
「大丈夫だよ。あやめ君のほうこそもうちょっとこっちにおいで」
「足湯って存在する意味があるのかなって思ってましたけど、全部脱ぐと面倒だからこれはこれでいいのかもしれませんね。新しい楽しみ方」
ほんわかとした空気の中、足湯の時間が続いていく。
「雷鳥さん、足にネイルしてる。可愛いね。前はしてなかったのに」
青年瑠璃の言葉に、女性雷鳥が少し驚いた顔をしてから嬉しそうに笑った。
「気づきました?」
「気づくよ。足見えてるもん」
「破廉恥です」
「え、ごめんなさい……お、おれ達結婚してるけど、まあ破廉恥か……」
青年瑠璃は戸惑いの表情を浮かべてから素直に目を手で覆った。だが、女性雷鳥がまた笑いながら『冗談です』と言ってその手を下ろさせる。
「瑠璃が前に褒めてくれたから、昨日頑張って塗っていたんです。君が寝ている間に」
「小洒落たことをするの苦手な雷鳥さんが、おれの為に……」
「ええ、君の為に」
女性雷鳥は神妙な顔で言う。
「僕はアクセサリーするのも苦手。爪を伸ばすのも苦手。なんなら化粧も本当はあんまりしたくないし、正直、服を着ていたくない時すらある……」
「服は着て……」
「そんな僕を瑠璃が人間にしました」
「雷鳥さん、人間じゃなかったの?」
「種族としては人間ではありましたが、人々が望むような人間ではなかったですね。すべては君に好かれる為、君にふさわしい妻だと周囲に示す為です。なってやろうじゃありませんか、連理くんみたいなおしゃれ戦闘能力が高い女性に」
「ならなくていいよ!」
青年瑠璃が強めの口調で制止する。
「え、ならなくていいんですか? 僕、現人神の妻なのに?」
「うん、ならなくていいよ。おれの役職は気にしないで。それにおれはもう雷鳥さんを好いてるわけだし、無理しないでほしい。ネイルを頑張ってくれたのは嬉しいけど……なんか雷鳥さんの自然な部分が失われるのはやだ」
「瑠璃……」
思わぬ全肯定の言葉に、雷鳥は感激の吐息を漏らす。
「なんもしなくてもさ、おれにとってはその……一生を誓った奥さんなんだから。現人神のお嫁さんなんてただでさえ大変なんだし、自然体でいてね」
瑠璃は少し照れくさそうに、雷鳥のほうではなく自分達の足が浸かった湯を見ながら言う。
「瑠璃~!」
女性雷鳥が青年瑠璃を急に抱きしめるので、青年瑠璃は苦しそうな声を上げた。
黙って会話を聞いていた青年あやめと女性連理が二人でぼやき出す。
「勝手におしゃれ部門任されちゃったよ、あやめ君」
「別におしゃれじゃないんですけどね……。こう、場に合わせて服装を選んでいるだけで……」
青年瑠璃と女性雷鳥が二人の世界に入ることはままあることのようだ。特に動揺もせず、淡々としている。
「私なんて、前はかなりお転婆というか……ぎゃ、ぎゃるっぽかったから……いまの服装を褒められるの面映ゆいな」
女性連理の言葉に、『嗚呼』と青年あやめが思い出したようにつぶやく。
「そういえばそうでしたね。あれはあれで可愛いかったですが」
「え、可愛かった? 初対面の時にあやめ君、ちょっと怖がってたよね」
「正直、最初は怖かったです。あの……目の行き場がなくて……」
連理は恥じ入るような声音を漏らす。多少、露出が高い格好をしていた過去があるようだ。
「不適切な場所に視線を注いで、連理さんに訴えられないか怯えていました」
「だからいつも挙動不審気味だったんだ……」
「でも段々と慣れまして。連理さんも訴えない人だとわかったし」
「そうだね、私はあやめ君を訴えない。というかこの世に現人神様や護衛官様を訴えられる人ってあんまりいないと思うけど」
「いまでは連理さんの色んな服装を見るのが嬉しいです。最近は落ち着いた服装をされてますよね。そちらも素敵ですよ」
女性連理はあやめの褒め言葉には嬉しそうにしたが、すぐに苦笑する。
「前の私は……あれはなんというか、望まれる人物像を演じてただけだからね。もう医局にも実家にも行かないから、あやめ君が言うように場に合わせた服装にしてるんだ。四季庁職員兼護衛官見習いといえど後方支援が主な私は落ち着いた格好が一番」
「落ち着いたお姉さんスタイルの連理さんも素敵です」
「あやめ君、なんでも素敵って言ってくれる……」
「実際そうなので。僕ははたから見たら美しい女性を射止めた幸運な男ですよ」
青年あやめがそっと隣の女性連理の手に触れて薬指の指輪をなぞる。
ただそれだけの仕草だったが、女性連理は幸福で満たされたような表情になった。
女性連理と青年あやめは互いににこにこと微笑み見つめ合う。
「そうだ。連理さんは僕にどういう格好をして欲しいとかありますか? あんまり新しいファッションに挑戦しないほうなので、連理さんを見習いたいですね」
「え、言っていいの……?」
連理は少し腰を浮かした。
「はい、もちろん」
「言ったら着てくれるの?」
前のめり気味に確認してくる連理にあやめは言う。
「良識の範囲内なら。全身タイツ……とか言われない限り着ますよ」
「それは絶対言わないから大丈夫。じゃ、じゃあさ、冬になったらダッフルコート着てほしい。絶対に可愛いから」
少し驚いた様子で青年あやめは返す。
「あ、可愛い路線なんですね。僕としてはもっと大人っぽい格好を求められると思いました」
「あ、いや……」
連理は一気に気まずそうな空気を醸し出す。
「もしかして可愛い男の子がお好きなんですか?」
「うっ……」
女性連理は苦悩の声を出した。
「いや、格好良いあやめ君も好きだよ! この前着ていたトレンチコートも良かったんだけど……」
「可愛い僕が見たいと」
「……ケーブルニットセーターとか着てほしいだけで……」
「僕のことをちゃんと男として見てくれるなら別に構いませんよ」
「見てます……あのね、普段からあやめ君は格好良いから可愛めの姿を偶には見たいなぁというだけで、じゃあずっと可愛い格好がいいかと言われると違うんだ……。わがままな妻でごめん」
「いえいえ。伴侶の色んな姿を愛でたいというのは僕もわかります。じゃあ冬はダッフルコートにシャツ、ケーブルニットセーター、チェックのズボンにミトン型の手袋にしますね」
「う、うぐぐぐ……私の好みをわかってる……」
想像して、あまりの好みの姿に女性連理が呻く。
夏夫妻達が仲睦まじい様子を繰り広げる中、空中では俯瞰さくらも呻いていた。
――申し訳ありません、瑠璃様、あやめ様、連理さん、雷鳥さん。
これがただの知り合い程度なら『変な夢だな』と思うくらいなのだが、相手方に現人神達がいるのできまりが悪い。護衛官という肩書きがさくらを苦しめる。段々と疲れを感じるくらいだった。
――もう目覚めないかな、私。
たかが夢、されど夢である。目覚めたいのは山々だが、そう思って目覚められるものでもない。
だが、さくらの心はある程度夢に作用を与えるのだろう。
もっと別の所に行きたい、気まずい。
そう思った彼女の願いに呼応するように、また場面は飛んだ。
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