序章 妹の姿をした神様③




 黎明十二年、冬の里。




 約一年間の修行を終え、冬の代行者と一月ほど共に生活をする『四季降ろし』と呼ばれる神儀を行う為に夏の代行者葉桜瑠璃と、その護衛官葉桜あやめは冬の里へ向かった。

 これより二年前、同じく四季降ろし期間中だった春の代行者が冬の代行者を庇い、賊に誘拐されている。

 悲報は四季界隈を震撼させたが、未だに春の代行者の行方は知れない。

 冬の里は悲しみに包まれたままだ。


「よく来た。夏の代行者様、護衛官殿、寛いで過ごされよ」


 そんな状態のせいか、冬の代行者寒椿狼星は四季降ろし中ほとんど顔を見せなかった。

 彼はいまだ行方不明の春の代行者花葉雛菊の捜索活動中。冬の代行者護衛官寒月凍蝶も常に彼に付き添っていた。冬は春を求め戦っている最中なのだ。

 つまるところ、瑠璃とあやめはお呼びではなかった。

 本来であれば四季降ろしとは代行者同士、また護衛官同士、親交を深めるものだが、狼星の気持ちが常に心ここにあらずなせいかそれは叶わない。

 冬の里の者達は、年の近い代行者である狼星と瑠璃が仲を深めることを期待していたようだが、狼星はまるで雛菊の代わりにしろと言わんばかりのその気遣いに反抗していた。

 

 そもそも、そんな状況ではなかったとも言える。

 

 瑠璃とあやめを守る為に冬の里は最大警備を敷き、何をするにも里の護衛達を付き添わせた。二年前、彼らは春を守れなかった。また同じようなことが起きぬよう尽力することに神経を尖らせている。常に厳戒態勢だ。この中で冬の里の者達が望むような交流をするのは難しいものがあった。

 寒椿狼星と花葉雛菊は、四季降ろしの期間中にそれはそれは仲良くしていたと瑠璃もあやめも聞かされていた。瑠璃のほうは狼星と雛菊の話を聞いて思う所があったのか狼星に果敢に話しかけるようになった。

 

 しかし、この努力は不発に終わる。

 

 とある事故が起きた。

 一度くらいはと、権能の訓練を共にすることになった瑠璃と狼星だったが、狼星の大事にしている花樹を瑠璃が誤って傷つけた。

 生命使役で操った動物達が衝突して枝が折れてしまったのだ。それは放棄した前の冬の里から狼星がわざわざ移植させたもの。花葉雛菊との思い出が詰まった花梨の木だった。

 狼星もそれだけは許せなかったのだろう。

 瑠璃が謝罪しても彼の怒りは収まらず、それに瑠璃も反発し大喧嘩になった。

 

 かくして瑠璃と狼星は不仲になる。


 友達になりたかったのに、と言って泣く瑠璃を見てあやめも泣きたくなった。




 黎明十三年、夏顕現の旅。




 夏主従が顕現の旅を開始した黎明十二年の頃から賊との戦いはあったが、冬の代行者寒椿狼星が『賊狩り』と呼ばれるほど自ら賊を倒し続けているせいか、賊の注目は冬に集中され、瑠璃とあやめは激しい戦闘を経験していない。瑠璃を守るあやめの立場からすると幸いだった。

 いきなり殺し合いをしろと言われても、出来るはずがない。

 まだまだ、四季庁から派遣された職員達に守ってもらわなくてはいけなかった。

 

「あやめ、なんか運動神経よくなったよね……」

「瑠璃にもわかる?」

「銃とか、剣とか、上達早いって聞いたよ……すごいね……」

「うん……」


 不思議と、護衛官になると決めてから運動能力が向上しているようだった。

 権能と呼べるかはわからないが、こうしたことは他の季節の護衛官でも見られる兆候らしい。身体能力が段々と常人離れしていく。

 現人神を守る為の、神様からのギフトというところか。

 力より平穏な生活が戻って欲しいと願う葉桜姉妹には複雑な贈り物だ。

 

「あたしのせいで、ごめんね」


 瑠璃があやめの手のひらの剣だこをさする。

 これくらいなんてことないよと微笑うあやめに、瑠璃は確かに救われた。




 黎明十四年、夏顕現の旅。




 あやめが初めて人を殺した。


 賊からの突然の強襲。死闘と呼べる戦闘を繰り広げた末に賊の男を殺してしまった。

 瑠璃が冬景色を塗り替える前だったので、真白の雪の上に飛び散った血の色が恐ろしいほどに色鮮やかだった。

 四季庁の職員は呆然としているあやめになぐさめるように声をかける。

 代行者護衛官が任期中に殺人をせず終えることはほぼ無い。代行者を守る役職に就いている者は少なからずこうした暴力に巻き込まれる。

 正当防衛であることに間違いはない。

 だから罪に問われることもない、大丈夫だと言われたが、心は一向に大丈夫にならない。


 瑠璃が死体に向かって『お前のせいであやめが人殺しになった!』と泣きわめいてる。


 そうか、自分は人殺しになったのかと、あやめは雪の中で白い息を吐いた。




 黎明十五年、夏の里。




 瑠璃とあやめは『春の代行者様が消えて五年』という報道番組の特集を見た。

 

 なんとなく春がないことが当たり前になってきている。

 代行者は死ねば直ちに代替えが選ばれる。瑠璃がそうなったように。新たな春の代行者が誕生したという報もない限り、春の不在は雛菊の生存を示す。

 彼女はいまこの時もどこかで生きている。

 だが、きっと無事ではないだろう。

 五年も賊に攫われていて、五体満足でいられるとは思えない。

 身体が無事であっても、心はどうだろうか。

 報道番組では人々が『早く春が戻ってきて欲しい』と言っている。

 それは今なお戦っているであろう春なのか、それとも新しい春なのか。

 

「みんな、春さえ来ればそれでいいんだろうね。あたし達のことなんて考えてなさそう」


 瑠璃がぽつりとそうつぶやく。もし、同じことが自分達に起きたとしたら。

 二人は想像しただけでも怖くなった。




 黎明十六年、夏の里。




 十五歳になった瑠璃とあやめは多感な時期のせいか喧嘩ばかりしている。

 お互いずっと一緒に居るのが良くないのだろう。どれだけ仲の良い家族でも、一人の時間は必要だ。

 だが、瑠璃のあやめに対する束縛は年々強くなっていった。

 瑠璃の代行者護衛官は、いずれ他の人物に、言ってしまえば瑠璃の伴侶となる人に引き継ぐという話を聞かされたせいもある。

 慣例として、夏の代行者は幼少期を家族が支え、その後は別の者を据えることが多かった。

 この頃既に瑠璃の見合いの話が出ていたので、それに対する反発もあったのだろう。

 瑠璃の人生は他者からいいように操作されてばかりだ。

 溜まった鬱憤が近しい人に向けられてしまうのは、あやめなら受け止めてくれるとどこかで思っているからに違いない。

 家族ゆえの甘えだ。

 あやめは瑠璃が怒りをぶつける相手は自分であってもよいと彼女の行動に正当性を見出していた。

 

――もし私が代行者に選ばれていたら、同じように癇癪を起こしていたかも。


 同じ顔をした双子の姉は妹より自由だ。

 

――見る度に複雑な気持ちを抱かせるに違いないわ。


 瑠璃は自分がいるから辛いのだ。あの時の決断は誤りだったのかもしれない。

 瑠璃の見合いが進んだこともあり、あやめは段々と瑠璃と離れることを考え始めた。

 愚かな子どもはようやく後悔し始めた。






 黎明十七年、夏の里。あやめは家出した。失敗に終わったが、新しい出会いがあった。






 夏の恋は此処から始まる。





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