春夏秋冬代行者 秋の舞 外伝 帰路~夏~②


 

 飛行機が着陸し、空港内へ移動してから一行は少しホッと息をついた。


 この後も車移動があるが、ひとまずホームと言うべき衣世の土地に無事帰れたことが大きい。橋国の賊が大和の現人神を逆恨みしてこちらまで追ってくる、なんてことは無いとは言えないからだ。

 預けた荷物を手荷物受取所から受け取って衣世空港内の広々とした通路へ足を進めると、一足先に到着ロビーに出ていた連理が駆け足で瑠璃達の元へやってきた。


「空いてたよ。いま片付けてくれてる」


 連理は言いながら流れるような動作であやめの荷物を肩代わりした。


「連理さん、お店決めてくれたんですか」

「うん。家族向けのところだから広いし座席もある。九人全員大丈夫だって。すぐ行こう。雷鳥さん、許可取れてるから良いんだよね?」

「はい、食べても三十分くらいですからね。それくらい待ってくれるそうです」


 連理とあやめ、雷鳥は何やら互いに了承済みの事を話しているようだが、瑠璃は話についていけない。


「どこか行くの? どこに行くの?」


 子どものように瑠璃が尋ねると、他のみんなは笑顔で言った。

 ご飯を食べよう、と。


 選んだ店は空港のフードコートにあるうどん屋だった。

 地産地消、地元の名店だ。カウンター席の他に小上がりの和室もある。

 護衛陣含めた九名が到着した時には、ちょうど和室が片付いた後で、待つこともなく通された。

 お出汁の良い香りが店内に漂っており、鼻孔をくすぐる。


「私、温玉のうどんにしようかしら。瑠璃はどうする?」


 あやめにメニューを渡されて、瑠璃は混乱しながら言う。


「え、えー。どうしよ。天ぷらうどんにしようかな。というかさ、こんな呑気に食べていいの?」

「雷鳥さんが護送役の国家治安機構に交渉してくれたんだよ。いま駐車場からこっちに移動して廊下で警備してくれてるはず」


 連理の返答に瑠璃は益々驚く。


「それいいの……?」

「瑠璃ちゃんが気にすることないよ。どのみち何処かで補給しなきゃいけないからね。夏の里に着いたら深夜だ。そこからご飯支度はさすがにきつい……。コンビニ行くことも考えたけど、うどんなら調理も速いし、九人一緒に入っても大丈夫そうなお座敷あったし、ここにしちゃった。瑠璃ちゃん、うどん嫌だった?」


 瑠璃は首を横に振る。


「……おうどん、食べたかった……」


 ぽつりとつぶやく瑠璃に、連理は人の良い笑みを見せる。

 他の護衛陣も『気にせず食べましょう』と瑠璃に笑いかける。


「良かった。瑠璃ちゃん、温かいのにしたら? 温かい物食べたほうがいいよ」

「え、そうかな? 連理さんが言うならあったかいおうどんにしようかな……」

「うんうん。温かい物を食べるほうが気持ちも落ち着くものだしね」


 連理が言った何気ない言葉で、瑠璃はこの食事の意図にやっと気がついた。


――もしかしてこれ、あたしを元気づけるため?


 いつもより弱々しい印象の夏の女神様。常態が元気な人であるが故に気落ちしている様子がわかりやすい。

 だから、雷鳥が根回しをした。連理もあやめもその話に乗った。

 簡単な図式だ。

 瑠璃はじわじわと心が温かくなるのを感じた。


――みんな優しい。


 と同時に、切なくもなる。


――あたしには気遣ってくれる人達が居る。



 では、橋国に残されたリアムとジュードには?



 どうしても彼らの姿が頭に浮かんでしまう。


「というかみんなね、なんかゆっくり食事したい気持ちだったんだよ」


 連理が補足するように言った。


「……みんなも?」

「うん。みんなも」


 きっとそれは嘘ではない。

 今回の旅は全員が『良かった』と手放しでは言えない結果になった。

 複雑な心境なのは何も瑠璃だけではないのだ。


「瑠璃、天ぷらうどんだけで良いの? セットでご飯物がつくのがあるわよ。お漬物も一緒ですって」


 あやめがメニューを示して言う。


「瑠璃、橋国で色々頑張ってきたんだから、好きなもの食べて帰りましょう」


 雷鳥が笑顔で話しかける。


――みんな大人だ。


 連理もあやめも、雷鳥も、全てが晴れやかな気持ちとは言い難いはずなのに。

 顔には出さない。


――あたしも、そろそろ大人にならなきゃなあ。

 

「……」


 ありがとう、ごめんなさい、そのどちらかを言おうとしたが、なんだかそれを言うとせっかく明るくご飯を食べようとしているみんなの空気を壊す気がした。


「ねえ、温かいご飯、みんなで食べるの嬉しいね」


 だから笑顔でぽつりとそうつぶやく。

 すると、瑠璃以外の者は破顔してうなずいた。


 贔屓しているわけではないのだが、みんなにとって瑠璃はずっと笑顔で居て欲しい娘だった。

 いまこの時だけでも、ほっと出来る時間を得るのは大切なことだ。


 全員で頑張ったのは本当なのだから。


 夏の陣営、団欒の食事は和やかに進んだ。




 食事を終えると国家治安機構に護送されながら夏の里へ。


 葉桜家の両親が里の入り口で待っていてくれた。

 今日はうちの屋敷で泊まりなさい、預かっている動物達も待っているよ、と夫人に言われ夏夫妻は素直に申し出に従うことにした。

 主の帰りを待っていた犬や猫、鳥達の激しい愛情表現を受けながら屋敷へ入る。

 よほど寂しかったのか、瑠璃とあやめが風呂に行くのもトイレに行くのもついてくる始末。これには夏の双子神も苦笑した。


 いよいよ就寝、となったときに揉めたのは瑠璃と雷鳥だった。


「客間であやめと寝たい」

「瑠璃、どうして君の夫のことを忘れるんですか」

「忘れてないよ。今日くらい良くない? また別々の家に住むんだし。雷鳥さんには連理さんがいるじゃない」

「僕と連理くんは仲良しですが、互いに妻がいます。僕には瑠璃が居るのになぜ連理くんと寝なければいけないんです。見てください。連理くんの顔」

「……すごく嫌そう」

「ええ。無言で拒絶の顔を示してます。傷つくなあ。嫌がらせで一晩寝るのもありか……?」

「わかった。連理さんが可哀想だ。じゃあみんなで寝よう」


 瑠璃の小さな我儘を断るあやめと連理ではない。

 願いはすぐに承諾され、広い客間に布団が運ばれた。

 誰にも相談せずまっさきに布団にダイブした瑠璃を見て、雷鳥が苦言をする。


「こらこら、瑠璃」

「え、なあに雷鳥さん」

「お布団、寝る場所、どういう並びで考えています?」

「え、右からあたし、あやめ、連理さん、雷鳥さんだよ」

「この奥さんは……ほんと反省しませんね」


 雷鳥は無言で瑠璃の足を掴んで布団から剥がした。


「やーめーてー」

「抵抗しないでください。全身くすぐりの刑にしますよ」

「それは本当にやめて。今日くらい良いじゃん!」


 論争に加わるべき人間であるあやめは、妹と自身の護衛官でもある雷鳥の闘いを呆れた顔で見ている。

 ここで鶴の一声があった。


「じゃあ、俺、あやめちゃん、瑠璃ちゃん、雷鳥さんにすれば良いんじゃないの?」


 連理が全員満足出来そうな並びを提案した。


「さすが連理くん。賢いですね、賛成です」


 雷鳥はすぐ承諾したが、瑠璃はまだ渋っていた。


「雷鳥さん寝る時あたしのこと抱っこするから寝苦しいよ……」

「……ひどい、瑠璃」


 雷鳥がそれを聞いて下手くそな泣き真似をした。

 さすがに雷鳥が可哀想になってきたのか、あやめが瑠璃に苦言をする。


「……瑠璃、あなた、ちょっとは雷鳥さんに優しくしなさい」


 雷鳥はそれを聞いてパッと泣き真似をやめて瑠璃を責めた。


「聞きましたか瑠璃? あやめさんはこんなにも思慮深く、僕に優しいのにどうして妻である君は僕をないがしろにするんですか。抱っこしてない時もあるでしょう」

「抱っこしてない時は雷鳥さんあたしの布団とっちゃうじゃん」

「ええ……そうだったかな」

「自分で気づいてないでしょ! そんであたしが寒いよ~ってなってくっついたら『仕方がないですね』とか言ってぎゅってするんだよ……。あれね、なんかすごくムカつくんだからね! 違うの! 温かさを奪われてるの! あたしは被害者なの! くっつきたい時もあるけど略奪されてる時にあれ言われると腹立つ!」

「それはすみません。でも人づてに聞く僕の横暴、ちょっと可愛いですね。そう思いませんか」

「可愛くないよ!」


 最終的に、あやめが『もうやめなさい』と一喝して二人の言い合いをやめさせた。

 あやめに怒られると二人共しゅんとなる。仕方なく、連理の提案通りの並びで寝る準備をした。

 瑠璃はあやめと隣なのが嬉しいのか、布団に入ってもぺちゃくちゃと喋っていた。

 しかし、元気だったのは最初の数分だけ。十分ほど経過すると、ストンと眠りに落ちてしまった。雷鳥もそれに合わせるように静かになる。

 疲れていたのもあるだろうが、生来寝付きが良いのかもしれない。


――仲が良い二人ね。


 本当に、見合いで結婚したとは思えないほど互いにピッタリの相手だ。


――瑠璃も、もう少し姉離れ出来ればいいんだけど。


 あやめはそんなことを考えながらすぐに寝られずに居た。

 もぞもぞと動いて布団の位置を調整する。

 すると、自身の手に何かが触れた。


「……?」


 なんのことはない。連理の手だ。探し求めるように触れると、彼の手はぎゅっとあやめの手を絡め取り握った。

 あやめがちらりと連理のほうを見る。

 連理は照れた様子で言った。


「おやすみ」

「……おやすみなさい」


 あやめも小声で返す。

 既に『おやすみ』は全員で言い合った後だったのだが。


「……」


――安心する。


 しかし、二人だけで言葉を紡ぐことで、ようやくちゃんとした入眠態勢に入れた気がした。

 あやめは、自分はやはり彼の花嫁なのだと妙に納得した。


 静かな春の夜。

 誰も傷つくことを心配しなくていい約束された安全の中で、あやめはまぶたを閉じる。橋国のこと、リアムとジュードのこと。

 あやめの胸中にも、瑠璃と同じように様々な思いがよぎった。


――おやすみなさい。遠くにいても貴方が孤独ではありませんように。


 小さな秋の男の子に対して、祈りを捧げるとあやめの意識は途切れた。




 今はまだ悲しみの中に居たとしても、いつかは転機が訪れる。

 


 黎明二十一年の春がすっかり終わってしまった頃、秋の代行者祝月撫子が主体となった大和の嘆願の結果もあり、リアムとジュードは再び共に暮らしだす。



 夏は、いの一番に秋の動きに賛同した陣営だった。

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