春夏秋冬代行者 秋の舞 外伝 帰路~夏~

春夏秋冬代行者 秋の舞 外伝 帰路~夏~①

 ※本作は『春夏秋冬代行者 秋の舞 上下巻』の外伝となります。

 本編をお読み頂いた上でお楽しみください。





 夏の女神が優しく揺り起こされた。


「瑠璃、もう着陸しますよ。起きて」


 夫の肩に寄りかかりながら寝てしまっていた大和の夏、葉桜瑠璃は重たいまぶたを開く。移動続きで疲れているのか、あまりすっきりとした目覚めではなかった。


「雷鳥さん……ごめんね。寄りかかって寝てた。重たくなかった?」


 まだ眠気に包まれた様子で瑠璃は言う。

 雷鳥は優しい声音で返事をする。


「重くないですよ。それにくっついてくれて温かったです。瑠璃は子どもみたいに体温が高いから」


 瑠璃は照れた様子で笑った。


「あたし夏の女だもん。いまみたいに夜はまだ寒いって時にはお役立ちだよ。一家に一台、いかがですか」

「別に季節関係なく瑠璃は僕の必需品です」

「ありがと……。あ、優しい雷鳥さんにもう一個言うね。ちょっと服によだれついたかも……」

「そこは謝ってください」


 瑠璃は笑いながら『ごめん』と謝った。


 橋国騒動から数日後、渡航していた現人神と護衛陣はようやく大和に戻る運びになり、現在は帰路の途中だった。

 橋国佳州のエンジェルタウンから空港へ、そして橋国から大和国へ。

 大和国帝州帝都の空港から衣世空港へ。

 衣世空港へ着いても夏の里までは数時間かかる。

 現在時刻は夕方近く。夜が更けた頃には我が家に到着することが出来るだろう。


「……」


 瑠璃はちらりと通路一つ挟んだ座席に座るあやめを見る。

 もう一人の大和の【夏】、葉桜あやめは夫の連理と窓の外を眺めていた。

 手を繋いで、仲が良さそうに談笑している。

 久しぶりの衣世の風景。故郷に帰ってきた、という感慨にふけっているのかもしれない。途中、瑠璃の視線に気づいたのか、あやめがこちらを見た。

 他の乗客を気遣い大きな声は出さず、身振り手振りで瑠璃の髪の毛が乱れていることを教えた。瑠璃がはにかみながら手ぐしで直す。髪の乱れが直ると、あやめは笑顔を返してくれた。


「瑠璃、どうしました?」

「寝癖ついてたみたい。お姉ちゃんが教えてくれた。ねえ、ちょっとお腹減ったね」「そうですね。何か軽く食べて帰りますか」

「ううん、護衛の人達も早くお家に帰してあげたいしそれはいいよ」


 夏陣営は夏の代行者両夫妻に加えて雷鳥の部下で構成された夏の護衛陣五名、計九名だ。今回は精鋭揃いの護衛陣もヘトヘトだろう。橋国で海外の賊と戦い、おまけに瓦礫をどける災害救助までこなしている。得難い経験をした事で各人色々な成長はあっただろうが、肉体的にも精神的にも疲労度が高い。

 瑠璃が察しているように、早いところ我が家に帰りたいと願っていることは間違いない。


「途中でどこかお店寄る時間もらえるかな? 軽いお夜食になるもの……あと飲み物とか買いたいし。国家治安機構の護送があるから無理?」

「そんなことはないですよ。売店とかは空港にもありますし……でも……」

「でも、なあに?」


 雷鳥は途中で何かを言いかけてやめた。

 考える素振りをしてから携帯端末を取り出す。


「……」

「おーい。雷鳥さん」

「……」

「もうっ」


 彼が会話を途中で放棄して、思いついたことにのめり込むのはよくあることなので瑠璃は気にしないことにした。大抵は終わったら何をしていたか教えてくれる。 

 瑠璃はまた甘えるように雷鳥の肩にもたれ、自分も考え事にふけった。

 

――橋国のこと。結局、みんなを振り回す形になっちゃったな。


 今回の旅の総括というか、色々振り返って、思うところがあった。

 終わり良ければ全て良し、とはなれない旅だったからだ。


――反省点その一、お姉ちゃんを巻き込んじゃった。


 瑠璃と雷鳥があやめと連理に秋誘拐事件を伏せていたのは、彼女達を思えばこそ。雛菊達に何かあった時の為に大和に居て欲しいし、何より安全の為に橋国に来て欲しくなかった。


――だって来たら死ぬ可能性あったし。


 海外の賊は大和より過激。

 この事実を現人神教会襲撃で身をもって知ってしまった。あの銃撃戦を味わった後で、誰よりも大事な姉を呼び出したいとは思わない。

 だが、いくら瑠璃が姉を思って隠したとしても、あやめからすると『呼んで欲しかった』となるのは無理もない。そこは瑠璃も理解していた。


――あやめと仲直り出来てよかった。


 聡明な姉はお叱り案件が発生してもその後はさっぱりしている人なので、いまの様子からすると大丈夫だろう。瑠璃が蒸し返したりしなければ。


――最初からあやめを頼っていれば何か違ったのかな?


 瑠璃はどうしても橋国に残してきた問題が気がかりだった。

 何かというと、【悪魔】と呼ばれることとなった小さな秋の男の子。橋国佳州秋の代行者リアムのことだ。


――反省点その二、リアムさまを助けてあげられなかった。


 リアムとは結局、中央神殿救出以降会えていない。彼は仮死状態だったから会ったとも言えないだろう。ジュードに抱きしめられながら意識を失っている小さなリアムの姿は胸を抉るような痛ましさがあった。


――リアムさまだけが悪い事件じゃないのに。


 瑠璃からすると、リアムは過去の自分に近い。

 子どもの頃の瑠璃は盛大に癇癪を起こしていた。

 役目ばかり押し付けられて、自分の人生を滅茶苦茶にされて辛かった。

 彼もきっとそうだったはずだ。


――あたしにはあやめが居たけど。


 おまけに帰国前に事の顛末を聞いたところ、ジュードには以前現人神殺しの犠牲となった主が居て、その存在が今回の誘拐事件の動機になったそうだから、リアムとしては複雑で仕方がなかっただろう。リアムはジュードと組んでまた日が浅い。

 親元から離されて孤独な少年。

 護衛官の関心が欲しかったはずだ。

 まるで片思いの恋のように狂おしい寂しさを抱いていた心境は容易く想像出来る。


 ただ愛して欲しいだけなのに、それが一番うまくいかない。


――もしあたしが同じ立場だったら。


 ぽつんと寂しく、自分を見てくれない護衛官を待つ日々だったら。

 自分を守る為にやったのだと言われても、復讐の為に自分が利用されたと勘違いせざるを得ない状況だったら。

 

――おまけに全く無関係の竜胆さまや侍女頭さんを殺されるの見せられちゃって、賊による無差別殺人も目にしちゃったら。


「……」


――もうこんな世界終わっちゃえってなりそう。


 瑠璃は頭が痛くなる思いだった。


 あまりのストレスに権能が暴走。しかもそれが他者を加害する形になった。

 だからリアムが悪いのだと言われればぐうの音も出ないのだが。


――でもさ、情状酌量の余地ってやつぐらいないの?


 確かにリアムは悪いことをした。

 だが、彼はまだ十にも満たない年齢なのだ。

 ちゃんとした環境には居ない子どもだった。

 そしてリアムを守っていたジュードすらまだ、子どもだった。


――まさかあたしより年下とは思わなかったなあ。


 これも後で聞いた情報だが、ジュードが十代、それも自分より年下と聞いて瑠璃はかなり驚いてしまった。

 橋国人は大和人と比べて見た目が成熟している。

 ティーンエイジャーだとは思ってもみなかった。


――子どもにあんなことさせた環境は?


 彼らよりお姉さんの瑠璃は、そう思ってしまう。


 現人神が持つ危うさを抑える為に護衛官は居る。

 幼少期の護衛官に歳の近い者が任命されるパターンは正にそこをふまえた上での人選だ。守るのは身体だけではない。どちらかというと、心のほうが大事なのである。なにせ、現人神は心で奇跡を起こすのだから。


――もちろん、同じ状況に置かれても我慢出来る人はいるだろうけど。


 瑠璃はすぐに花葉雛菊が思い浮かんだ。

 大切な人を殺されたくなければ従えと、何年も何年も賊の統治下に置かれて飼われていた春の神様。我慢強い娘だった。

 彼女だったら耐えたかもしれない。


 それでもいつか破綻は来る。


 結局、前の雛菊は死んで、違う雛菊が帰ってきているのだから。


――世界って、簡単に残酷な事が起きる。


 現人神は善性を備えた者が選ばれるが、叩いても壊れない玩具ではない。

 

 叩かれたら傷つく。

 傷つけられたら泣く。

 耐え難い攻撃を受けたら、自己破壊を導く。

 普通の人と同じなのだ。


 しかし人ではあるが神である故に、その身に宿した権能が自分を攻撃する者達へ牙を剥く。


 今回の騒動は、橋国内でも大きく取り沙汰され、神話的な教訓になっていた。


 人に優しくしなさい。

 神様を敬いなさい。

 

 まるで天がそう示しているかのようだと。

 表立って現人神殺しが糾弾されことによって、代行者達の存在が大きな論争の種を生んでいた。

 

――助けになってあげたいけど、すぐには無理だよね。

 

 もはや橋国佳州の秋との関係は現人神同士の問題ではなくなっている。

 嘆願書などは秋の意向を聞いてからになるだろう。あちらが許してくれるなら賛同したいと瑠璃は思っている。


――でも里はうるさく言いそう。


 他の現人神達とは連絡先を交換したが、恐らくリアムとの交流は許されないはずだ。少なくとも、しばらくは。

 暁の射手、巫覡花矢のようにほとぼりが冷めれば徐々に色んなことが解禁されるかもしれないが、それも橋国の決定次第だ。


――お手紙くらい駄目なのかな。


 そこまで考えて、そもそも自分は央語を書くのも出来ないと気づく。


――あたしってぜんぶ駄目駄目だなあ。


 思わずため息が出てしまった。


「……」


 そんな瑠璃の様子を、雷鳥はちらりと横目で見ていた。

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