春夏秋冬代行者外伝 ~夜半の春~②


「春と冬の護衛官様、よろしいですか」



 しばらく皆でわいわいと食事をしていると、彼らを離れて警備していた国家治安機構から派遣された黒服の護衛の一人が声をかけてきた。

 さくらと凍蝶はスッと立ち上がる。


「凍蝶、上着」

「いい、肩にかけていなさい」


 問答無用でジャケットを肩にかけられ、凍蝶はスタスタと護衛の元へ行ってしまう。


――こういうところだよ。


 さくらは、自然と大事にしてくれる凍蝶の優しさが好きだった。そして今も好きだと言う気持ちが湧いてきたが、同時に『気障野郎め』という気持ちも湧いた。

 愛情と憎しみが長いこと同居しながら彼を想ってきたので素直に優しさを受け取れない。しかし、寝起きで身体が冷えていたのは確かなのでそのまま借りることにした。春とは言え、夜は花冷えの寒さがある。


「何か進展が? 早く代行者を休ませたいのだが……」


 凍蝶の言葉に護衛は頷いて口を開いた。


「はい、代行者様と護衛官様はこれより【帝都迎賓館】に移動してもらいます」


 帝都迎賓館とは帝都内にある高級宿泊施設だ。元々は海外の要人を宿泊、歓迎する為に建設された施設だが、今は民間会社の手に渡り一般の人も宿泊出来るホテルとなっている。


「少し手狭になるのですが、最上階が今晩は予約が無いそうなのでそこをワンフロア丸々提供して頂けることになりました。寝室が幾つか分かれて存在するスイートです。リビングやキッチンは共有になってしまうのですが……今日はそこでご容赦頂けないかと……」


 さくらと凍蝶は顔を見合わせた。春も冬も当初から予定していた宿泊施設はあったが、【華歳】にこちらの様々な動きが漏れていたこともあり、急遽別の場所での宿泊を検討していた。

 どこかに狭いホテルで代行者だけ寝かせて自分達は寝ずの番、と予想していたので思わぬ待遇だ。警備をしながらもくつろげる場所は大歓迎だった。


「こちらは構わない。冬は?」

「パーラールームを共有ということで春が構わないのなら」

「パーラールームって何だ?」

「スイートのリビングだ」

「おお……寝室が別なら問題ない」

「階下が違ったりすると駆けつけるのが遅くなる。男ばかりで居心地が悪くなるだろうが我慢してくれるか。警備のことを考えるなら今とれる最善の策だろう」

「わかっている。【華歳】の残党が何かしでかす可能性があるし……その、悪いが現状信用出来る護衛が冬から借りている二名しかいない……自分の力不足を口にするようで歯がゆいが……協力を要請したい」


 さくらがしおらしく頼んできたことに凍蝶は驚いた。

 彼女もまた、再会してから恨み辛みを言ってこない。警戒態勢が続いていてそんなことを話している状況ではなかったせいもあるが。


「むしろ、こちらから警備させて欲しいと頼む立場だ。さくら」


 凍蝶は力強く言った。


「……」


 さくらは複雑そうな顔をして、一度唇を噛む。


「必ず守る。お前を……雛菊様を。だから頼りにしてくれ。冬の威信をかけて警備させてもらう」

 守護対象に自分が入っていることに気づき、さくらは照れ隠しでぶっきらぼうに言うことしか出来ない。


「私のことはいい」

「お前は私の中で雛菊様と同じく最優先だ」

「狼星がいるだろうが」

「狼星も最優先だ」


 さくらは呆れた。この男は守りたい者が多すぎる。


「凍蝶、私は守られる対象じゃないぞ」


 彼の守護対象の中に自分が居ることが嬉しくもあるが悔しい。


「もう十九歳なんだ。大人になる。子どもじゃない、それに護衛官なんだ」


 やはり、まだ彼にとっては子どもでしかないのかと。


「……」


 凍蝶は少し躊躇いを見せたが、それでも食い下がるように言った。


「それでも、お前を守るのは私の役目だ」

「……」

「大人だとか子どもだとか……役職も、そんなのは関係ない。私にとってお前が大切だからそうするだけだ」


 さくらの胸が、嬉しさと悔しさで焼け焦げそうになった。


――馬鹿、真に受けるな。


 凍蝶の優しさは特別なものではないと自分に言い聞かせる。

 そうしないと勘違いしてしまいそうだった。

 そんなことをしたら、辛くなるのはさくら自身だ。


「……そんなの、結局……こ、子ども扱いだろ……」


 溢れ出る言葉は、素直な気持ちではなく意地を張った言葉となる。

 凍蝶はさくらの顔を窺いながら尚も言う。


「納得出来ないか? なら目につかないように守るから……」


 懇願のつもりなのか凍蝶はさくらとの距離をどんどん詰めていく。顔が近くなっていき、至近距離で乞うように見つめられ、さくらはもう堪らなくなった。


「……わかった、わかったから! 雛菊様の為にもありがたくそうさせてもらう!」


 さくらは朱に染まりかけている顔に『お願いだから色づかないで』と祈りながら返答を待っていた護衛に向き合った。


「……失礼した。では手配をとっている国家治安機構の担当者に返答を伝えてもらえるか? 春と冬は【帝都迎賓館】への護送を受け入れる」


 さくらの返事に護衛は安心した様子を見せ頷く。


「そういえば……」


 そこでふと疑問に想ったことをさくらは護衛に尋ねた。


「良くホテル側が承諾してくれたな? 他にも宿泊客が居る中、物々しい警備体勢になるんだぞ、評判が悪くなるだろう」

「そこは春の里のおかげです」

「……は? あそこが何かしたのか」

「正確には花葉のご長男の鶴の一声ですね。帝都迎賓館の現在のオーナーは白藤家にあたります。オーナーは孫の花葉残雪かようざんせつ様にこのまま委託経営を継続し建物を維持して欲しいとお考えのようで、つまりは孫の願いを聞いた形です。残雪様がお祖父様に嘆願をされたらしくワンフロア無償提供が決まりました」

「……」


 黙り込んださくらに、凍蝶がどういうことだと視線を向ける。

 さくらは黒服の護衛に断ってから、凍蝶を病院の廊下に引っ張って行き、小さな声で話しだした。


「……これはちょっとした事件だぞ」

「説明してくれ」

「花葉は雛菊様の父方の姓だ。里長も花葉。これは凍蝶も知っているだろう?」

「ああ」

「帝州は遥か昔から春の里が見守る土地だから現在の主要な企業、機関の土地や経営権を所有している家もある。白藤が正にそれだ。寒椿もエニシの土地持ちだったな。ああいう感じだ。直接企業経営をするかしないか、委託経営かはそれぞれの家によって違うが、何にせよ代々受け継いだ財産を持つ大金持ちと言ったらわかりやすいか」

「ああ……それで白藤という家は何の関わりが」

「白藤は花葉の現在の当主、春月様の正妻の家だ。花葉残雪様は白藤の長老を祖父に持つ御方で……」


 さくらは少し言いにくそうにつぶやいた。


「つまり、雛菊様の腹違いの兄上だ」


 凍蝶は目を瞬いた。混乱する頭を整理する。


 正妻の息子が愛人の娘に自身の持っている権力を利用して守護の道を敷いたということになる。


「現在の花葉の当主を無視してこの行為は出来ない。残雪様は花葉春月と、母方の白藤家を納得させた上で救いの手を出してくださっていると考えるべきだろう。事件の一報が入ってから、情報を追い続けていないとこうは出来ない。雛菊様を心配されていたんだろうな」

「……その、白藤の家は雛菊様をあまり良く思ってないと……」

「白藤の家はな」


 躊躇うように少し黙ってから、さくらは更に声を落として言う。


「残雪様は……雛菊様を正しく『妹』として見ているようなんだ」


 凍蝶は目をぱちくりと瞬いた。


「……なんと」

「ああ、なんとだ……里で雛菊様がお心を治療していた二年の間にも私に接触してきて『妹を守ってやって欲しい』と私に頭を下げてきたことがある」

「お前と彼の御方は知り合いなのか」

「そうなるな」

「だが、その方の母上は確か……雛菊様とお母上を……」

「そう。生まれた病院で殺そうとしたやばい女だ」

「……」

「父親も育児放棄してるし両親共にやばい。というか春の里がやばいんだが……あそこは人間を悪くする何かがある」

「さくら」

「両親共にやばいと、世の中を達観した子どもが出来上がったりする。私だ」

「……さくら」

「残雪様自身も春の里やご自身の両親の在り方を良く思っていないご様子なんだ。お立場的には次の次の里長にでもなれそうな方なんだが……」

「……」

「私は……何となく残雪様が理解出来る」


 さくらは目を伏せた。自身の幼少期の記憶が思い出された。


「やばい両親より……同じように親や環境に苦しめられ、居心地の悪い位置に居る……会ったことのない妹に……心を寄せてしまう気持ちが。白藤と花葉の子孫であること自体、生まれた時から大いなる責任と役目を負わされているようなものだし。……厳しい環境の中で、もしかしたら仲良くなれるかもしれない妹を求めていらっしゃるのだと……私は推測している。お可哀そうな人でもあるんだ……」


 凍蝶は複雑そうな表情に変わった。


「……残雪様がこれほどまでの行動に出たのは初めてだな。表立って雛菊様を守れる立場にないから……春夏秋冬の共同戦線を組んだせいかも……発言して行動する言い訳になる。凍蝶、お前と狼星の根回しのおかげでもあると思うぞ。その……あ、あり……ありがとうな」

「……そんなのは当たり前だ。雛菊様を大事にしてくださっている方からの配慮であれば……こちらからもお礼をお伝えしないといけないな」

「いや、改まって言うとそれはそれで波風が立つ。私から伝えておこう」


 凍蝶は『ああ』と返事をしてから、はたと何かに気づいたかのようにさくらに尋ねた。


「……会う予定があるのか?」

「里を出る前に連絡先を交換したから」

「……」

「あ、雛菊様には内緒だぞ? 春の顕現をすること自体が雛菊様にとって非常に繊細な問題だったんだ。その上、立て続けの事件……兄上が心配されていることを知ると動揺が走る。残雪様も、妹を見守っていることは本人にまだ言わなくて良いと仰っている。本当に落ち着いた時に……兄妹をひっそりと会わせてやりたい……二人が仲良くしようとすれば多分里から邪魔が入る……」

「……さくら、彼と友人関係にあるのか?」

「えっ? 友人……友人ではないような……? 立場が違うし……」


 凍蝶は何か引っかかりがあるのか更に尋ねてくる。


「花葉残雪殿はどんな御方なんだ」

「どんなって……物静かだけど、弱々しくはない。私相手にも偉そうにしないし、印象は悪くないぞ。好青年と言える」

「……」

「歳は……確か私とそう変わらないはず。見た目は父親には似てないな。白藤は色素が薄い人が多いからお姿は完全に母方の血が出ている。綺麗な顔立ちの御仁だ」

「二人でよく会うのか」

「よくは会わない。会う時も一方的だ。あの方は神出鬼没で……基本的に人払いされてる時か、人が居ない時に声をかけられて物陰に連れ込まれるから毎回ヒヤッとする。気配が無いんだよ。あれはかなりの武芸の達人だな」

「物陰……」

「里の中で私と居るところを見られたら、『何故?』と思う者は出るはずだ。私は里で嫌われ者だから今更何を言われても痛くも痒くもないが残雪様は違う。噂好きの馬鹿共にくだらない醜聞でも流されたらあちらの評判が下がってしまうだろう。そうでなくとも、私は雛菊様の護衛官、あの方は雛菊様の兄上……これから訪れるかもしれない兄妹の初対面を邪魔する輩が出るとも限らない。だから物陰だ」

「……だが二人きりは」

「……お前なんか変なこと考えてないか? 私は妹君への架け橋。あちらにとってはそういう扱いだ。それ以上でもそれ以下でもないぞ」

「…………」

「どうした凍蝶」

「いや……私は今のお前の連絡先を電話番号しか……人づてでしか知らないんだが」

「ああ……ええと、交換するか……」


 言われて、さくらはおずおずと携帯端末を取り出した。

 こうして冬と春の師弟は五年ぶりに連絡を取る仲となった。

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