春夏秋冬代行者外伝 ~夜半の春~

春夏秋冬代行者外伝 ~夜半の春~①




 ※本作は『春夏秋冬代行者 春の舞 上下巻』の外伝となります。

 本編をお読み頂いた上でお楽しみください。








「春夏秋冬代行者 外伝 ~夜半の春~」









 蝶が花に止まっていた。



 正確に言えば、冬の代行者護衛官、寒月凍蝶が自身の肩を春の娘に貸していた。

 二人、静かに病院の待合室の長椅子に座っている。

 春の代行者護衛官、姫鷹さくらは警戒心のない穏やかな顔つきですやすやと寝ていた。さくらと凍蝶、寄り添う二人の姿は至極自然な雰囲気があった。

 色香の漂う三十路前の男と、まだ顔が幼い娘の組み合わせは似合いの男女とは言い難い。だが、さくらの横に凍蝶が居ることが当たり前のように見えた。凍蝶があまりにも慈愛溢れる表情でさくらを見つめているせいもある。二人で居ることが正しいと思わせる何かがあった。


「……」

「……」


 そこに全身隅々検査を受けさせられた冬の代行者、寒椿狼星がやってきた。

 横には春の代行者、花葉雛菊も居る。物々しいとも言える警備態勢で黒服の護衛達が彼らの周りを囲っている。雛菊と狼星は『正しく存在』するさくらと凍蝶を見てから互いに顔を見合わせた。狼星が雛菊に何事か耳打ちする。雛菊は狼星の急な接近にどぎまぎした様子だったが、やがてくすくすと笑った。それから雛菊はとたたっと花に止まる蝶の元へ駆け寄った。


「さくら、寝て、るの?」


 雛菊は凍蝶に尋ねる。

 十年の隔たりを感じさせない親愛が込められた態度だ。


「雛菊様……」


 凍蝶は雛菊からの変わらない好意に少し戸惑っている様子があった。

 当然の反応かもしれない。十年前、守れなかったことを恨まれていると思っていたのだから。


「凍蝶お兄、さま、の横、あんしん。さくら、守って、くれて、ありがとう、ござい、ます」


 いま目の前に居る花葉雛菊は凍蝶が知る『彼女』とは違う。

 だが延長線上に存在するのは間違いなく、やはり『彼女』でもある。


――本当に、一言も責める言葉を仰らない。


 まだ聞き慣れない途切れ途切れの喋り方。だが一音一音に彼女の持つ優しさが込められていて、聞いている者の耳には柔らかい音として響く。


――貴方は私を罰して良いのに。


 だが雛菊は頑なに『凍蝶お兄さま』と言う。

 悲しみに包まれる前の時間に戻ったような、不思議な感覚だ。


――私は罪を忘れてはいけない。


 凍蝶は彼女が以前のような関係を望むなら、狼星の為にもそうすべきだとは理解していたが返事はぎこちなかった。彼の性格上、自戒の念はそう簡単に薄れるものではない。


「……はい、お二人の検査を待っている間に寝てしまったんでしょう。私が来た時にはもう。若い娘が無防備に寝ているのは……病院内とはいえ、守りが必要ですから傍に……」

「それでそんな感じになったのか」


 凍蝶は狼星に『声を小さくしろ』と言うように人差し指を口元に当てて見せてから話す。


「しばらく静かに寝ているのを見守っていたが、頭を船漕ぎ出して……私からは触れてないぞ」

「さくら、雛菊、以外だと、ねてて、も、ちかくきたら、起きるよ。さくら、知らない人、だと、すごくびりびり、です。でも、いま、すやすや」


 きっと凍蝶お兄さまのことを無意識に頼っているんだよ、と雛菊は続けた。

 凍蝶はその言葉に胸がじんとあたたかくなる。一生、この春の神様に頭が上がらないだろうと思った。


「こいつ警戒心強いしな。喋ってるのに起きないところを見ると、本当に疲れてるんだろう。しばらく寝かせてやろう」

「……ああ、そうだな」


 凍蝶はさくらの膝にかけていた自身のスーツジャケットをかけ直してやった。




 四人がなぜ顔を突き合わせて喋っているのかというと、まずは時間軸の説明となる。




 この日、大和国の四季の代行者達は過激派賊集団【華歳】の襲撃、及び迎撃により一斉に危機的状況に陥り、何とか九死に一生を得ていた。

 事件自体は一応の解決となったが、同時に代行者の保護と護衛官含めての怪我の治療の問題が浮き上がってきた。


 春と冬は帝州帝都にて四季庁庁舎を舞台に賊と交戦していた。


 夏と秋は出発した当初は帝都より車で行けば七時間、公共交通機関なら五時間ほど離れた場所である帝州内の浪羽矢なみはやに一度向かったが、そこから移動を繰り返し、最終的に同じく帝州内の凰女おうめに足を運んだ。


 そして冬からの情報により凰女山中の【華歳】のアジトにて戦闘を繰り広げる。

 凰目は帝都より車なら一時間半弱。ドクターヘリを飛ばせば三十分から四十分ほどの場所だ。


 事件が収束した後、テロリストに襲われたばかりの天上人達をどうすればいいかという問題を抱えたのは国家治安機構並びに四季庁だ。検討の末、二つの機関は全ての季節の代行者並びに護衛官を一括で管理することにした。


 事件解決自体は春と冬が先だったが国家治安機構から派遣された【豪猪】の爆弾処理班とのやりとりや事後処理があり、その間に夏と秋の事件は動いていた。春と冬の病院受け入れ先を決めた後に夏と秋の受け入れ先打診があり、即時凰女へのドクターヘリの派遣が決まった。

 こうして春夏秋冬のそれぞれの陣営は時間差はあるものの、負傷の治療の為に国家治安機構お膝元の病院に強制連行された次第だ。


 元々は国家治安機構の機構員の健康管理及び治療の為にと設立された病院だったが現在では民間人も利用している。その為、災禍に見舞われた日も当然大和の民が病院に訪れており、一般市民は急に物々しいスーツ姿の屈強な男達が病院全体を警備し始めたことにざわめいていたが、今はそれも収まっている。病院自体の面会時間などが終わり入院患者と職員だけの時間帯になっていた。


「さくら、ね、凍蝶お兄さま、が、きて、くれるの、信じて、たよ」

「そうですか……」

「さくら、今日、すごく、がんばってたの。狼星さま」

「うん雛菊、寒くなってきたから俺の羽織着ないか? 肩にかけるだけでも……」

「い、いいです。狼星さま、寒く、なる……」

「俺は冬の代行者だから」

「でも……」

「あ~それにな……その、知ってると思うが俺自体が周りの温度を下げやすいから……でも君と話していたいし……着てくれたほうが……ごめんな、俺離れるか?」

「え、や、やです」

「……い、嫌か?」

「はい、狼星さま、いう、とおり。せっかく、せっかく、おはなし、できてる、のに」

「……じゃ、じゃあやっぱり着てくれ」


 さくら、凍蝶、狼星、雛菊の順に横並びになり長椅子に座っている。

 本日の功労賞は誰かと言えば全員になるのだが、雛菊は自分の護衛官が今日いかに素晴らしかったか喋りたがった。

 凍蝶はその話を聞いて弟子の成長ぶりを嬉しく思いつつ、彼女を孤独にさせたこと、共に居られなかった五年間を想った。

 狼星は雛菊が生きて喋っていることにまだ驚きが続いていたのと、どうしたって雛菊のことしか考えられず、彼女が喋っている内容はあまり頭に入っていなかった。

 さくらは電池が切れたように寝ており、偶に「むむ」と寝言を言っては凍蝶の肩に頭をごんごんとぶつけて攻撃した。


 そんな風に過ごしている内に、秋の代行者護衛官、阿左美竜胆と夏の代行者護衛官、葉桜あやめが四人の元へ向かってきた。手にはたくさんの袋を抱えている。


「あの、不要かもしれませんがもし食べる方いたら……食べ物と飲み物買ってきました。ああ、寒椿様と花葉様も検査終わられましたか」

「検査どうでしたか? 護衛陣含めて皆さん怪我の具合は……」


 二人はさくらと凍蝶と同じく代行者の検査、代行者の家族の面会対応などをする為に待合室を出たり入ったりしていた。そして今、気を利かせて外のファストフード店に差し入れを買いに行って戻って来た形だ。皆、事件が起きてからは何も食べていない。既に外はとっぷりと暮れて暗くなっている。


 面会時間も終わったのに病院から離れられないのはそれぞれ事情があった。

 

 あやめは瑠璃の付き添いで今日は病院に泊まると言い張っていたのだが警備面のことで四季庁と里と国家治安機構から難色を示され許可が出ていない。


 竜胆もまた同じく経過観察の為入院となった撫子から離れるつもりはなく、病院に残ることを希望している。


 雛菊達は要人警護の観点から国家治安機構が宿泊の受け入れ先を探している最中だ。待機状態にある。


「具合、だいじょぶ、です。撫子さま、瑠璃、さま、は……」

「どちらも経過観察で入院です。俺は護衛官ですから警備で残るのは問題ないのですが……あやめ様の待遇が……」


 その場に居た春と冬の四人は事情を聞いていたので『ああ』という顔をした。

 あやめは此度の事件で、現在に陥っていた。

 それは彼女の人生設計すら変えてしまうようなもので、今年の夏の終わりにするはずだった婚約者との結婚式も取りやめになるかもしれない。それほどの事態だ。


 後から病院に到着した夏と秋の事情は国家治安機構から春と冬に速やかに情報共有された為、四季の代行者と護衛官全員があやめが陥った状況を把握していた。


 今日という日は誰にとっても過酷な一日だっただろうが、最も精神のケアが必要なのはあやめなのかもしれない。


「……でも私は姉として瑠璃の傍に居るつもりなので……」


 自分の身に起きたことに一番戸惑っているのは彼女だろうが、取り乱す様子は見せず。いじらしくもいつもどおり振る舞おうとしている。


「今確認してきましたが、病院残留組は秋と夏の里、国家治安機構、四季庁で共同警備をしましょうという流れになっているみたいです。最大警戒態勢なので、あやめ様は近くのホテルに泊まって休まれたほうが良いと思うんですが……」

「嫌です。こんなことがあったのに……阿左美様だって代行者の傍に居たいでしょう……?」

「そりゃあもちろん……」

「今日はお風呂に入れなくても眠れなくても、とにかく瑠璃の傍にいます」


 少しムキになった様子で言う姿はいつもの大人びた彼女にしては幼かった。

 この場で彼女の気持ちを否定する者は誰一人として居なかったので、あやめは頷いてくれる雛菊達の顔を見て弱々しくはあるがほっとしたような笑顔を見せた。


「せっかくだからいただこう。ありがたい。阿左美殿、感謝する」

「いえ、こんなことくらい……種類は色々あるんですが、好きそうな物ありますか?ファストフード食べ慣れてらっしゃらないですよね……?」

「俺は襲撃を受けると店に迷惑かけるから、里や離宮に居る以外は買ってきてもらったものばかり食べてるし慣れてるぞ」

「そうなんですか?」

「護衛チームも大所帯だからな、大体どっかで車停めて、弁当とか買ってもらって食うばかりだ。里や離宮に戻れば多少の贅沢もするが……移動が伴う時は迅速に食料調達することが最優先になる。一つの場所に長く留まるのは避けねばならない。毎回入念に安全確認されて警備システムも整った食事処なんて見つけられないしな。代行者なんてそんなもんじゃないか?」


 竜胆は少し驚いた。季節の祖である冬は予算も上なので格式高い生活をしているイメージがあった。


「そうなんですね……」


 そして、前よりもっと狼星に親近感が湧いた。


「確かに。うちは撫子がまだ幼いですから、なるべくこまめに休養とるのでこういうのも偶に食べますね。となると、寒椿様は外食あまりされないんですか?」

「警備のことを考えるとなぁ……最小限に留めるな。オレンジジュースあるか? 雛菊に……」

「ああ、花葉様オレンジジュースありますよ」

「ありがと、ござい、ます……は、はんばーが、だ!」

「ハンバーガーお嫌いですか? ええと、そしたら……」

「ち、ちがう、の。はんばーがー、好き……だから……喜び、の、声……でした……」


 照れた様子で言う雛菊を見て、ハンバーガーを渡そうとした竜胆のみならず全員が少なからず胸がきゅんとなった。

 雛菊は大きな声を出してしまったと慌ててさくらの方を見る。

 すると、さくらは薄っすらと瞳を開けていた。


「……」


 まだ半覚醒状態なのか、自分の置かれた状態がわかっていない。春夏秋冬の陣営が顔を突き合わせてハンバーガーと飲み物を手にとっている姿を見て疑問符を浮かべている。何の祭りだ、とまず思った。


「…………」


 やがて自分の半身がやけにぽかぽかと暖かいことに気づいた。自分ではつけないような香水の匂いもする。さくらはそちらの方向に顔を向けると、近距離で凍蝶と目が合った。凍蝶のサングラス越しの瞳と視線が混じり合う。凍蝶が少し照れたように微笑みかけた。


「………………き、あ」


 叫びそうになったが、途中で自分の手で口を覆った。

 顔が赤くなり、みるみる恥ずかしさで涙が浮かんでくる。


「さくら、おはよう。大丈夫か?」

「い、凍蝶……」

「驚かせてしまったのならすまない……お前が寝ていたから、状況が進展したら教えてやろうと思って隣に座っていただけなんだ」

「……わた、私、お前に、ずっと……?」

「大した重さじゃない。ああ、まだジャケットは膝にかけていなさい。寝ながら少し寒がっていたから……」


 さくらは絶望した表情で言う。


「つまり、じょ、状況から察するに……私は雛菊様の警護も疎かに寝てしまっていたというのか……? 凍蝶の肩を借りて……?」

「阿左美殿……お茶あるか? ああ、すまない。さくら、あんま気にするな」


 狼星が竜胆からお茶を一つ受け取って凍蝶に回した。


「お前、今日頑張ってたから疲れてんだって」


 狼星のフォローに皆が頷く。

 凍蝶がさくらにそのお茶を渡す。


「雛菊様が戻られたのはつい今しがただ。大丈夫だぞ。狼星の言う通り疲れていたんだろう。怪我も少ししているし……今日はもう無理をするな」

「ひ、雛菊様……すみません……護衛官失格です……」

「さくら、きにしない、で。雛菊、ずっと、守って、くれてた、から、だよ。それにね、狼星さま、ずっと、付き添って、くれてたの」

「……凍蝶も……わ、悪かった……」

「構わんさ。阿左美君とあやめ様が差し入れを買ってきてくれたんだ。飲まず食わずのままだろう。いただきなさい」

「姫鷹様、みんな待っている間に多少はうつらうつらしてましたよ……あんまりな日ですもの」

「……あやめ様」

「姫鷹様のご活躍は聞いてます。疲れていて当然ですよ。だからそんなに恥ずかしがらずに……あ、テリヤキチキンとチーズならどっちが良いですか?」

「阿左美様……」

「さくら、てりやき味、好き、だよ、ね。阿左美様、てりやき、ください、な」

「はい、テリヤキですね。どうぞ。温かい内に食べてください」

「うう……」


 さくらは恥ずかしさと絶望の感情を交互に繰り返しながらしばらく呻いた。

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