春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~初日の出~

春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~初日の出~①

 ※こちらの掌編は春の舞、夏の舞、暁の射手本編後の物語となっております。

 ご注意下さい。




 真っ暗なお部屋の中で声が降ってきた。






「撫子、起きられそうですか?」


 わたくしは目が開かない状態で答える。


「もう、おじかんなの?」


 わたくしの『りんどう』は少し心配そうな声音で返す。

 わたくしがこのぬくい布団から出てこられるか心配みたい。


「ええ、いま朝の四時です。これから支度して車を出せば近くの山の展望台から初日の出が見られますよ」

「……」

「撫子」

「……うん」

「行くのやめましょうか。もう少し大人になってからでも……」

「……いいえ、わたくしいきます」


 わたくしはのそりと布団から起き上がる。

 目をこすって、りんどうに向けてちょっと情けない声を出した。


「かやさまはすごいわ。こんなじかんにお山にのぼっているのね」


 本心だった。もちろん、まえから射手さまがたのことは尊敬していたのだけれど。


「みんなのために、がんばってくださってる……すごいわ」


 それがなんだか、申し訳なくて。

 でも同時にとても尊いものにおもえた。


 わたくしの言葉にりんどうは少し笑った。わたくしの寝癖を撫でながら言う。


「ええ、それも毎日ですよ。大和の民の為に……本当に頭が下がります」

「……あちらはこちらよりとても雪がふっているのでしょう?」

「はい。エニシですから。きっと聖域まで行くのも大変かと」


 そこまで話して、わたくしはようやく眠気より信心が勝った。


「わたくし、初日の出をみます。かやさまがもたらしてくれる新年の朝日をみたいわ」

「ええ、きっと良い経験になります」

「りんどう、つれてってくれる……?」

「御意に」


 そう言ってりんどうはわたくしを抱き上げてくれた。






 うまれてはじめて初日の出を見る。

 この始まりはわたくしがりんどうに駄々をこねたからだった。






 立冬すぎに暁の射手様をお助けする為にエニシへ渡ったわたくし達。

 無事、従者のゆづるさまはおたすけできたけど……不自由な身の上のわたくし達は何かを自由にすることは許されない。

 とうぜん、なにかしら罰をうけるとおもっていた。


 けれども、結局罰を受けたのはかやさまだけだった。


 大好きなゆづるさまとも離れ、おかあさまおとうさまとも引き離され、しらぬいでおひとりで暮らしているときかされたとき、わたくしあぜんとして、それから胸がぎゅうぎゅうにしめつけられた。


 どれほどさみしい思いをされているのかしらと。


 わたくし、ひとりぼっちのさみしさはとってもりかいできたから。


 わたくしはりんどうやお世話をしてくれるひとびとがいるけれど、かやさまはそうではなくなってしまった。

 なのに今日もかやさまは空に矢を放つ。みんなが休んでいる日も。

 わたくしがかやさまにできることは感謝をすることくらい。

 どうしましょう……と思っていたところでりんどうにお正月をどう過ごしたいか聞かれてとっさに浮かんだ。


 せめておなじように寒いお外のお山でかやさまのおしごとを見守れないかしら。

 おそばにいておててをにぎってあげることも出来ないのなら、遠い創紫からかやさまのあたらしい一年の一矢を見守れないかしら。


 それはかやさまのなにかを変えることにはならないのだけれど。

 でも、新年あけましておめでとうございますのごれんらくをするときに、言うことができるわ。


『かやさまがくれた朝日をみました。ありがとうございます』と。


 わたくしも、ことし仲良くなったかみさま達から『秋を見守ってるよ』と顕現の最中にご連絡をいただいたことがとても嬉しかった。

 自分がしていることを誰かに見てもらえるって、とっても嬉しい。

 わたくしがしていることはむだじゃないとおもえるの。


 ほかのひとも、きっとそうではないかしら?


 そういう駄々を、りんどうに言ったら彼はすぐ了承してくれた。


『撫子、もちろんいいですよ。あと、それは駄々ではないですね』


 わたくしはりんどうにいつも支えられてばかり。


『でもりんどうにもめいわくが……』

『早起きくらいなんてことありません。それに、撫子が初日の出を見たことがないなら俺が見せてあげたいと思いました』


 きっとこれはうそではないわ。

 りんどうはあぶないこといがいはわたくしに新しいなにかを体験させるのを楽しんでいるところがあるもの。


『りんどうは見たことあるの?』

『ええ、家族と同居していた頃は俺も親と初日の出を見ていましたよ』

『そうなの?』

『はい。うちはわりと年中行事を一緒にするのが当たり前という家だったので』


 世の中にはそういうお家もあるのね、とわたくしおもった。


 そんなわけで、わたくしは黎明二十一年の午前四時に起き上がっておしたくをすることになった。




 秋の里は山々のなかにひっそりとかくされている。




 その中でも、比較的のぼりやすいおやまにわたくしたちはのぼることにした。

『山は寒いからたくさん重ね着をしてください』とりんどうがお洋服を用意してくれた。その通りにしたのだけれど、わたくし着膨れてして雪だるまさんみたい。ちょっとはずかしいわ、とおもいながらもりんどうが運転する車の中でわたくしは説明を受ける。


「いまから行く山は途中までは道が舗装されていて車で登れるようなところです。駐車地点から見晴らしの良い場所までは歩いても三十分くらいですよ」


 つまりはそんなにむずかしい山道ではないということ。

 りんどうは、きっとわたくしにはいりょしてくれたのだとおもう。

 でもわたくしはかやさまと同じ苦労をしたかった。


「わたくし、もっとがんばれるわ」


 意気込んでそう言うと、りんどうは首を横にふった。


「撫子、今回は初日の出を見るというのが大目的ですから確実に到着出来るということを優先したほうがいいかと」


 りんどうはとてもただしいことを言った。

 それはわたくしも理解しているのだけれど……でもわたくしは苦労がしたい。


「わかってるわ、けれどかやさまは……」

「花矢様と同じ苦労を味わいたい、というお気持ちは俺もわかりますが……」


 何でもお見通しみたい。

 りんどうはわたくしの顔をちらりと窺ってからまた前を見て言う。


「もっと高い山になると三時間くらい歩くんです。往復六時間ですよ。それをするなら本気の登山装備が要ります」

「あ、そうなの……」


 それを聞いてしまうとお付き合いさせるりんどうが可哀想、とわたくしはおもった。

 きょうだってわたくしのせいで早起きをさせてしまった……。

 おとなの方々同士でお酒をのんでいたみたいだけれど、りんどうはお酒はおことわりしていたみたい。わたくしを連れて山にのぼらなくてはならないから。

 わたくしはこれ以上はわがままを言えないとおもった。そしてうなずく。


「わかったわ。りんどうの言うとおりにします」


 りんどうはホッとした表情になった。

 わたくしはりんどうをわずらわせてはいけない。

 かやさまもきっとゆるしてくださるわよね……? 

 それから、わたくしを励ますようにりんどうは言った。


「今から行く山は貴女の為に簡単な場所にしたというよりは……俺のおすすめの山なんですよ。家族と登っていたところなんです」

「え、そうなの?」

「ええ」

「思い出のばしょ……りんどうのごかぞくと……。ことしもみなさんいらっしゃるの?」

「いいえ、いまはもう冠婚葬祭以外で家族全員集まるのは難しいですからね。それぞれの正月、という感じでしょうか。だから撫子と登れるならとても嬉しいですよ」


 りんどうにとって特別なばしょ。


 なのにわたくしにもおすそわけしてくれる、ということみたい。

 わたくしはうれしいよりさきにだいじょうぶかしら、という心配のきもちになる。

 わたくしはりんどうの家族じゃないのにいいのかしら。

 あとでおこられない?

 えんりょしちゃうけど、りんどうはわくわくしてる。


 わたくしは数秒の間にいろいろなことを考え……やがてりんどうの顔を見て返事を決めた。


「わたくし、そこがいいです」


『イエス』と言って、という顔をりんどうがしてたから。

 わたくしが同意するとりんどうはもっと嬉しそうな顔になった。



「ではお姫様、すべて俺にお任せください」



 そう言ってりんどうはハンドルを回した。

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