第51話 それでいい
「よく頑張ってますね」
「どっちが?」
「どっちもですよ」
記者の山寺とカメラマンの楯山は、今日も今日とて舟高の試合を観に来ていた。
『300 000 1
000 023 』
7回表が終わって5対4。舟高が1点をリードしている。
「しかし、6回表の攻撃は長かったなぁ」
「ですね。でもその割には、ほぼ長打でしたよね」
「そうそう」
6回表の攻撃は、色々と凄かった。
まず、九番・古口の内野安打。ここから始まった。
次に一番・高瀬が二塁打で1点。二番・吹浦も二塁打で続き2点目。三番・今泉サードフライの後、四番・泉田の二塁打でもう1点。ヒット4本で3点を奪った。
三鷹は既にマウンドを降り、一塁の守備についている。
「あっ、また打った」
7回裏一死から、八番・瀬見がライト前ヒット。
「しかし、今日の舟高はよく打ちますね」
「だね。チャンスで1本出るっていうのが、今までの試合の攻撃スタイルだった」
「つか、俺ら最近は出番なかったのに、なんで今更出したんでしょうね、作者は」
「作者? 楯山、何のことを言ってんだ」
「連載終了が近いから、出しとこうかって考えなんすかね」
山寺が楯山を羽交い絞めにしている間に、上位打線に戻った舟高が、もう2点をもぎ取っていった。
*****
「ピッチャー代える?」
「いや、俺は……」
「うん、代えよう」
俺の問いに対する今泉の返事を遮って、米沢が決めた。
「今泉、ここで言うのもなんだが、お前はこんな弱小校で終わっていい器じゃない」
「は?」
「言ってたじゃん。『俺はバカだから、家族には野球で恩返しする』って」
「それっ、ここで言うことかよ」
今泉は言い返したが、息は少し荒くなっている。
「吹浦、高瀬を呼んできてくれ」
「おい!」
「今泉! ……こんなこと言うのは、俺のエゴだ。でも3点リードしてて、お前は疲れてる。外野で休んでほしい。今は、俺だけじゃない、チームのみんなに任せてほしい」
米沢がそこまで言うと、今泉は渋々、外野へ向かった。
「すまん、皆」
「……いや、いいよ」
「吹浦?」
「むしろ、大歓迎だよ。いい機会だ」
「そうだな」
俺の意見に、泉田も賛同した。
「ベスト4を皆でつかみ取るのが目標になっちまってんだよ、もう」
「ああ、それでいい」
「チームとして勝つことが、監督から教えられたことだろ」
高瀬がマウンドにやってきた。
「俺でもいいけど、吹浦はダメ?」
できれば高瀬で――と言いかけたところで、米沢が言ってくれた。
「出羽学館は左打者の引っ張りが多い。今泉の球威が落ちてからは一・二塁間は打球の雨……例えるなら槍の雨だった、かな。そうだろ?」
俺と、一塁手の高擶はともに頷く。
「なるほどな。それで俺って訳か」
「ごめん」
実を言うと、俺も少し疲れている。
「いいよいいよ。米沢、リード頼むぞ」
やっぱり、このチームの主将が高瀬で良かった、と俺は思った。
*****
再びスタンド。
「フーム」
「舟高もピッチャー代えてきましたね」
「そうねぇ」
「山寺さんは、どう見ます?」
「アタシは解説者かっ。……写真は撮ってんだよね?」
「勿論っス」
「まあ、今泉も疲れてるだろうしね。1回戦から投げてきてるから」
「え~、そうっスか?」
「接戦が多いんだよ、出羽学館よりね。その分の心理的な負担、精神的な疲れもあると思うよ」
(代えるのは悪くない判断だと思うけど……)
果たして控えの投手たちで、残り2イニング3点を守り切れるのか。
舟高側に懸念がないわけではない。
*****
「セーフ!」
球審の声が響く。
回は8回表、出羽学館の攻撃だ。
三塁走者が本塁に還る。
だが、俺の視界にはそれより先に、うずくまる高瀬が目に入った。
『300 000 11
000 023 2 』
「吹浦」
「どうした、米沢」
呼ばれた俺は、マウンドに向かった。
だがその時点で、次に何を言われるかは大体察しがついた。
「あと、頼む」
そう言ってボールを渡してきた。
「高瀬」
「……悪いな。ちゃんと俺が打球を取れてれば……」
「不可抗力だろ」
落ち込む高瀬を、米沢が慰める。
だが、顔の代わりに打球の直撃を受けた左手の付け根は、赤く腫れあがっていた。
二死二塁か。
「一塁ランナーは、気にしなくていいよな?」
「ん、ああ。それでいい」
「遊佐、内野にいれる?」
「そうだな」
「オッケー」
怪我で出られないものはしょうがない。
11人登録をありがたく思おう。
「ショート泉田がセカンドに入って、セカンド吹浦がピッチャー。ピッチャー高瀬のところにショート遊佐。……に、代わります」
「はい、分かりました」
米沢が球審に直接告げ、守備位置が変わる。
中学以来になる、公式戦での登板。
俺は息をフウと吐き、米沢と打者と球審に目を向けた。
*****
(頑張れ、吹浦。私も
遊佐は心の中で、吹浦を励ましていた。
吹浦が登板するのは、中学以来のこと。
守備陣が誰も知らない奴だらけというのよりは、あの時のことを知っている奴が1人いたほうがいいだろう。と、遊佐は勝手に思っていた。
「ショート!」
吹浦の声に、遊佐は頭上を見上げた。
力のないフライが後方に上がっている。
後ろに下がりながらキャッチした。これでツーアウト。
代わったところに打球は飛ぶ、とはよく言ったものだ。
(久しぶりの公式戦、やっぱりちょっと緊張してるな)
ボールを握る手が震えている。
「遊佐、ナイス!」
吹浦が「グッジョブ」のサインを出してくれた。
不思議と遊佐は、不安と緊張が和らいだ気がした。
*****
「バックホーム!」
8回裏、出羽学館の捕手・青梅は声を張り上げていた。
8回表は1点を返せたものの、吹浦に代わってからは点を取れなかった。
差は2点――だが、ここで話されるとかなり厳しい。
七番・高擶の打球はセンター前ヒットとなり、二塁走者の米沢は迷わず三塁を回る。
しかし中堅手の永覚は、ここでもまた果敢な守備を見せた。青梅と同じ気持ちなのだろう。
数十メートルの返球はキャッチャーミットにズバリ収まり、青梅は米沢にタッチした。
「アウトォ!」
球審のコール。これでスリーアウトチェンジ、点差は2のままだ。
「っしゃあっ!」
青梅のシャウトに、ベンチに戻る出羽学館の選手たちが寄ってきて応えた。
『300 000 11
000 023 20』
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