第43話 女子捕手

「凄かったなぁ、最後のヒット」

「よせよ」

 寒河江中央戦で、コールドゲームを決めた俺のサヨナラヒット。

 速球を打ち返した打球は、センター奥深く、中堅手が諦めるところまで伸びていった。さすがにホームランとまではいかなかったが、外野の壁にボールが当たった。

「完璧な当たりだったんじゃない?」

「まあ、満足はしてるかな」

 それよりも。

「俺たちが目指すのは『ベスト4』でしょ」

「ん、ああ、そうだな」

「次の相手は?」

 話題を変えようと質問した瞬間、場内放送が流れた。


『……村山市民球場第一試合、鶴岡つるおか蒼洋そうよう高校対東根ひがしね高校の試合は、2対1で東根高校が勝ちました。……』

「あっ、これだ。この試合の勝者だ」

「ってことは、次は東根高校だな」

 東根高校。

 春の地区予選で新庄栄が苦戦していたところだ。


 ◆◇◆◇◆


「げぇ~」

 これは誰かが吐いている様子ではない。

 東根高校の試合内容を見て、恐れ入っているのだ。

「なんだよ、このチェンジアップ」

「今泉よりえぐいぞ」

「まあ、今泉のチェンジアップはそんなに……」

「何・か・言・っ・た・か⁇」

「イエナンデモアリマセン」

 そのやり取りが済むと、監督が「まあじゃれあいはそのくらいにして」と解説に入った。

「見てもらったら分かる通り、東根のエース若木わかぎはチェンジアップが武器」

「先生。ワカギじゃなくてオサナギです」

 データを集めてきた清川が、即座に訂正した。

「ああ、ごめん。それで若木おさなぎと、捕手キャッチャー板垣いたがき。それに三塁手サード神町じんまちが中心だね」

 そこでまた「板垣だって」「板垣退助じゃん」「『自由は死せず』ってか」と盛り上がった。

「はいはい、静かに。……それで、若木と神町は春の大会にも出場してる。栄を相手に途中追いついて最終回まで食い下がったのは、よく知ってると思う」

 そこで思い出した。

 新庄栄戦の8回表、1点差に詰め寄られるスクイズを決められた場面だ。

 栄ベンチは、チェンジアップをバントしてきた。

 いくらスクイズの指示だったとはいえ、変化球に咄嗟に当てるのは、バントの練習をしてきていたとしても容易ではない。

 しかし、これで一つ謎が解けた気がする。

 東根高校との試合で、いやというほどチェンジアップを見てきたからだろう。

 つまり若木のチェンジアップと比べれば今泉のは――いや、これ以上言うのはやめておこう。


「ただ、キャッチャーの板垣は、春の大会に出場してない。そこがちょっと不気味なんだよねぇ」

「じゃあ、1年生ですか」

「いや、3年生だよ。板垣選手はね、女子なんだ」


 ◆◇◆◇◆


「礼!」

 2回戦の日がやってきた。

 舟高の先発は今泉。この前は5イニングしか投げていないから「楽勝、楽勝」と言っていたが、初回から二死満塁というピンチを背負った。

 しかし六番・岸を空振り三振に切って取り、どうにか初回は無失点。

 ちなみに舟高は、1回戦に続き後攻だ。じゃんけんで負けることの多かった高瀬だが、今大会はなぜか連勝している。

 そして若木のチェンジアップはと言えば、予想以上の変化で空振りの山を築かれている。新庄栄が2ケタ三振をくらったのも分かった気がする。

 一方の今泉も、三振を取っていく。どちらかといえば速球派ではあるが、そんなに飛ばして大丈夫か、と思うほどだ。

 そんな中、スコアは思わぬ形で動いた。


 3回裏、舟高の攻撃。

 先頭の七番・高擶が三振に倒れ、「当たれば飛ぶ」八番・瀬見の打席。

 追い込まれれば最後、どうあがいてもチェンジアップで振らされると思ったのだろう。初球をフルスイングしていった。

「ん?」「え?」「あ?」「お?」

 ベンチ内では全員が、不意打ちをくらったような声を出した。

 鋭い音を立てた打球は、左中間を襲った。

 左翼手と中堅手が追っていく。

 しかしライナー性の打球は、そのままフェンスを越えていった。

 初ヒット。それはソロホームランだった。


 *****


(まさか。初球だったか……)

 東根高校の背番号2、司令塔である板垣立花りっかは、瀬見の打球を呆然と見つめるしかできなかった。

 序盤の舟形打線は、球をよく見てくる傾向にあった。特に初球に手を出す打者は、研究で見た限りではほぼいなかった。

 攻め方が素直過ぎたのだ。加えて若木の直球も、ほんの少し浮いた。

 狙われた? そんな素振りは少しも感じ取れなかった。

「タイム、お願いします」

(今は、咲を元気づけることが優先だ)

 立花はタイムを取り、マウンド上の若木さくのもとへ駆けていった。


「立花。……ごめん」

(やっぱり落ち込んでる)

 はっきり言って咲には、投手としての素質はあっても、エースとしての素質までは備わっていない。

 気弱で、ビビりで、優しくて。それ故に、打たれると落ち込んでしまうし、連打をくらうとダメージはさらに大きくなる。自分に自信を無くしてしまう。

 だから立花は、点を取られた後には、必ずタイムを取るようにしている。

「『過ぎたるは猶及ばざるが如し』だ。切り替えていこう」

 打たれたものはしょうがない。次を抑えることに全力を注げば、流れを止められるかもしれない。

「……ねえ、立花」

「なに?」

「『スギタルハナオオヨバザルガゴトシ』って、どういう意味?」

「………」

 抜けている所も、咲らしいといえばらしい。

 だが、ことわざの意味を一から説明する時間などないので、簡潔に伝える。

「まあ、起きた結果は変えられないから、次を頑張ろうってこと。いい?」

「うん」


 今までは、立花が公式戦に出ることはできなかった。

 しかし今大会から適用された特例で、元々男子選手8人だけだった東根高校野球部は、立花のベンチ入りと出場が、図らずとも叶うことになった。

 今回もまた、控えに3人、帰宅部から助っ人を借りてきてはいる。が、今まで助っ人を配置するしかなかった外野には全員、野球経験のある部員がいる。

 そのことだけでも、十分に心強い要素だった。

「ワンアウトー! 一つずついくよー!」

 こうして声をかければ。

「オッケー!」「りょーかい」「サ、コォーッ!」

 こうして返してきてくれる。

(咲。あんたの後ろには、7人の味方がいる。前にはアタシがいる。だから、自信持って、思いっきり腕振れ)

 キャッチャーミットを大きく開いて構えると、まだサインを出してもいないのに、咲は頷いた。

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