第44話 昔馴染

「ストライク! バッターアウト!」

 球審がコールした。

「よっしゃ咲、よく投げた!」

「えへへ。ありがと、立花」

 打者の胸元への直球。チェンジアップが最大の武器……というよりも、直球はオマケ球みたいな球威と球速しかない咲は、しっかりと立花のサイン通り、勝負球を投げ切った。

「咲、ナイスピッチ!」

「オッケオッケ、こっからこっから!」

 ベンチに戻ると、チームメイトが次々に励ました。

『五番キャッチャー、板垣くん』

「よっしゃ、出ろよぉ板垣!」

「ラッキーセブンだからなぁ!」

 ビハインドでも、誰一人暗くはならない。

 その雰囲気が、咲の声を少し大きくした。

「……り、立花ー、ファイトー!」


 *****


『000 000

 001 000 』


(もう七回。まだ七回)

 今泉は、頭の中の言葉を反芻していた。

 球数が増えている。

 そのことは、米沢も千歳も気づいているだろう。

『五番キャッチャー、板垣くん』

 打席には、特例での出場で活躍する板垣立花。

(エースの気迫の見せどころじゃんね)

 初球は、直球。

 今泉が望んだ通りのサイン。狙い通りのコース。

 しかし板垣は、それを簡単に弾き返していった。


 無死一塁。1点差。

 やはり六番・岸は送ってきた。これで一死二塁だ。

「タイム!」

 球審の声がかかる。

(あ?)

 米沢はタイムを要求し、マウンドにやってきた。

 それと同時に、内野手を全員と、外野手を一人呼び寄せた。

 伝令として白河が走ってきた。


 *****


「『ピッチャー交代、するならしてもいいよ』、だそうです」

 なんだ、その適当な指示は。

 が、大会が始まって以来、監督はろくに指示を出していない。

「で、どうする? 高瀬いける?」

「交代すんのかよ。俺はまだいけるぞ」

 今泉はそう言ったが、米沢は極めて冷静に返答した。

「お前今日、球数多いぞ。90球くらいは投げてる」

「じゃあ、吹浦か高瀬か」

「ちょっと待てって……」

「ベスト4まで行くんだろ。この先も勝つんなら、少しは休んどけ」

 確かにそうだ。

 勝てるだけ勝つ、ではなく、今の舟高には「県大会ベスト4」という明確な目標がある。

 そしてこの後は、七・八・九番と下位打線。経験値を得るという意味でも、高瀬に任せるのが得策だろう。


『舟形高校、シートの変更をお知らせいたします。ピッチャーの今泉くんがライト。ライトの荒砥くんがセンター。センターの高瀬くんがピッチャー。以上に変わります』


 *****


「シュートボール、練習してきたよな?」

「ああ」

「オッケー、じゃあ球種は3つだな」

「うん」

 タイムが終わり伝令の白河がベンチに戻った後、高瀬と米沢はバッテリー間での打ち合わせをしていた。

(できれば俺の出番、来ないほうが良かったんだけどな)

 高瀬は、吹浦と米沢と一緒に投球練習もしてきてはいたが、いまいち自信を持てないでいた。

 だがよくよく考えると、この試合は2回戦。もしこの先、もっと強いチームと当たった時、苦し紛れでマウンドを任される可能性もあることを考えれば、逆にいい機会かもしれない。

 考えを改め、ホームベース方向に向き直ろうとした時だった。

(……ん?)

 一塁側スタンド――つまり舟高側のスタンドである――の一角に、学ランを着た集団が陣取っているのが見えた。

(あいつらかよ)

 高瀬が中学時代からつるんでいた連中が、球場に来ていたのだ。


 ◆◇◆◇◆


「本当にすまん。でも、頼む」

 話は高校1年生の頃まで遡る。

 いつもの集合場所にやってきた高瀬は開口一番、同学年でリーダー格の存在である左沢あてらざわに頭を下げていた。

 左沢はフーッと息を吐くと、「抜けるからには、それなりの理由があんだろな?」と問い詰めてきた。

「野球を、やらせてほしい」

「ああ⁉ お前、今になって野球に戻んのか?」

 後ろから聞こえてきた非難の声にも高瀬は、耐えるつもりでいた。

「やめろ、お前ら。今は俺が高瀬こいつに聞いてんだ。シメられてぇか?」

 しかし左沢が制し、全員が再び黙った。

「……しかし、お前には期待してたんだがな」

「俺には、今やってることよりも必要だと思った」

「俺が脱退を受け入れなかったら?」

「力づくでも認めてもらう。……もしくは逃げる」

 左沢は、腕っぷしは団の中で一番だ。だからヤンキー集団の番長なんてのをしている訳だが、高瀬も引き下がるわけにはいかなかった。


「スポーツは、体が資本だろが。大事にしろっつの」

 左沢の発言に、周囲がざわついた。

「……アテさん、それって」

「やりたくないことをやるより、やりたいことをやらないほうが後悔するだろ。高瀬、どこへでも行けや、お前」

「え……」

「ただし、だ! ……途中で投げ出すんじゃねえぞ。俺らのネットワークはそれなりに広いからな」

「……ありがとう」

 中学時代、高校生との喧嘩に巻き込まれて以来、学校中から恐れられるようになってしまった。

 誰も俺と関わろうだなんて思わないだろう――。そう思っていた。

 中学時代のチームメイトだった、瀬見が声をかけてくれるまでは。

「お前ら、道開けぇや!」

 左沢の一喝に、皆退いた。


 ◆◇◆◇◆


「なあ、高瀬」

「ん?」

 スリーアウト目を取りマウンドを降りる時、瀬見が声をかけてきた。

「スタンドにいる連中、知り合いか?」

「……いや、昔馴染ってとこかな」

 左沢とは、会うことはほとんどなくなったものの、まだ連絡をとっている。

 でも、バンダナを巻いているのは、当時から変わらなかった。


 *****


「なあ、2人ってさ」

「「ん?」」

 若木と板垣が同時に返事をすると、「うわ、息ぴったり」と、またベンチに明るさが戻った。

「幼馴染なの?」

 三塁手で四番打者の神町が尋ねた。

「うーん、まあそうと言えばそうだけど」

「幼馴染っていうほどでもないんじゃない? しいて言うなら、昔馴染ってくらいじゃないかな」

「ああ、そうだね。中学時代、リトルシニアでバッテリー組んでたんだよ。あ、でも、咲と私と2人で『控えバッテリー』って感じだったけどね」

「そうそう。もっと上手い奴がいて、1番手投手と正捕手はそいつらだったんだよ」

 現在の東根高校野球部員で、リトルシニアの出身は若木と板垣の2人だけ。神町を含めた他のメンバーは中学野球出身なので、2人の野球経歴を知らない者も多い。

「2人はどこいたんだっけ?」

 神町が再び問うと、また2人の声が揃った。

「「北村山リトルシニア」」

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