第45話 球友

「あれ、2人って中学時代、どこのチームだったんだっけ?」

「ああ、「北村山リトルシニア」だよ」

 俺が今泉と米沢の2人に問うと、チーム名の部分だけ綺麗に声が揃った。

「そういや、向こうのバッテリー2人はチームメイトだったよな」

「え? そうだっけ?」

「どんだけ覚えてないんだよ。『右の今泉、左の若木』ってチーム内で言ってただろが」

「ああ、……ああ! あの若木か」

「その若木だよ」


 思い出したようで何よりだが、前日にでも思い出してくれれば対策くらいできたんじゃないかとも思う。


『000 000 10

 001 000 0 』


 7回表に追いつかれてから、さしたる打開策もないままイニングが過ぎている。

 にも関わらず、特に焦る雰囲気はない。

 まあ、それならそれでいい。焦らせると普段通りのプレーができなくなる恐れもある。ここは何も言わないほうがいいだろう。

 が、前のイニングから若木は、どうも縦のスライダーを混ぜてきているようだ。

 こうなると厄介。球種が2つならどちらかに絞れば良かったのだが、直球に絞ろうかと考え始めたところにスライダー。打てるまでにもう何イニングかかかるかもしれない。

「アウト!」

 振り逃げを狙った瀬見はアウト。今度もスライダーだった。


 *****


 九回表の東根高校は、先頭打者の六番・岸が死球で出た。

(延長には持ち込みたくないな。ここで1点取りたい)

 立花はベンチで、考えを巡らせていた。

 一番・原まで戻れば、1点は取れるかもしれない。

 しかし、七番・一本木いっぽんぎが送ったまでは良かったが、八番・関山せきやまは空振り三振。やはり追い込まれると、高瀬のカーブを振らされている。

『九番ピッチャー、若木くん。背番号1』

 二死二塁で、相棒の咲が左打席に入った。

 今日はノーヒット。三振2つに内野フライだ。

 次の打者は一番の原。ここで攻撃を終わらせたくはない……が、簡単に追い込まれた。

 次はカーブ――ではなかった。真ん中高め、棒球だ。

(振れ‼)

 カキィン! という金属音。

 立花の想いが通じたか、咲はピッチャー方向へ打ち返した。


 *****


 高瀬のカーブが、高めに抜けてしまった。

 二死一・三塁。相手の勝ち越しを許すか否かのピンチだ。

「今泉を戻すか」

「そうだな」

 今この状況から抑えられるのは、やはり今泉だけだろう。

「それとも吹浦、投げてみる?」

「えっ。いやいや、勝てる確率が高い方にかけようよ」

「まあ、それもそうだな」

 そう言って、納得ずくで再び今泉に代わった。

 ――が、しかし。


「ボール! フォアボール!」

 何してくれとんじゃ、二死満塁じゃねえか。


 *****


でいくんだな?」

「ああ」

「オッケー、抑えるぞ」

(相変わらず、度胸と自信は人一倍だな)

 米沢は今泉の宣告を聞き、思った。

 元々自信家で野心家のフシはあるが、今日はそれが顕著だ。

 おそらく、中学時代のライバルとの投げ合いというのもあるんだろう。

 しかし、いくらその傾向が出ているからって、満塁にして二番打者を抑えにいくなんて発想、普通なら出てこない。

 だが米沢も、内心はホッとしていた。

(原は今日、アウトにはなってるけどタイミングは結構合ってるんだよな)

 ここで「真っ向勝負」なんて言い出したらどうしようかと思っていたのだった。

(野生のカン、ってやつか? ……案外あり得るかもな)

 マウンド上で腕をグルグル回す今泉を見ると、米沢はキャッチャーマスクを被り、脳の気合を入れ直した。


 *****


 ファウルグラウンドに打球が上がる。

 一塁手の高擶が掴んだ。これでスリーアウトだ。

(点は取れなかったかぁ……。これはマズいぞ)

 立花は焦りを感じ始めていた。

 東根には、咲以外に投手がいない。

 大げさでなく、「おんぶに抱っこ」のおんぶくらいは咲になっている。抱っこは立花と、四番打者の神町といったところだろうか。

(しかも九回裏、相手は一番の高瀬から)

 逃げは許されない。腹をくくるしかない。潔くいくしかない。

「よっし! いくよ、咲!」

(アタシが弱気になってちゃダメだ)


 カウント3-2。つまりフルカウント。

 さすがに九回までくると、チェンジアップのキレも悪くなってきている。

(出したくはない。でも安易にストライクは……よし)

 ここで縦のスライダー。ストライクからボールになる球を、だ。

 決して悪い球ではなかった。

 しかし高瀬は、内角の球なら根こそぎ持っていかん、とばかりに引っ張り、ライト前へ運んだ。

(くそ、持ってかれた)

 無死一塁。

 しかし立花に対し動揺を誘ったのは、その直後の高瀬の行動だった。


 二番・吹浦はバントの構えからバットを引いた。

「走った!」

(なっ⁉)

 素早く立ち上がって送球――は出来なかった。あまりに無警戒だったのだ。

(1点取れれば勝ちなんだぞ? 一死ワンアウトならいざ知らず、無死ノーアウトでそこまで次の塁を狙うか?)

「……いいとこ見せたいみたいだな」

 吹浦がぼそりと口にした。

(誰に?)

 それを考えていてもしょうがない。

 が、ピンチであることに変わりはない。だとすれば立花は、抑えるヒントが1ミリでも欲しかった。

 咲には2球目、内角に厳しい球を投げてもらった。にも関わらず、吹浦は上手く送りバントを成功させた。

 これで一死三塁。立花は、ベンチにいる野球部監督、長瀞を見た。

(タイムかけてもいいですか?)

 小さくジェスチャーすると、長瀞は頷いてくれた。


「どうする?」

「満塁策でいくか」

 この後の舟形打線は、三番・今泉、四番・泉田、五番・米沢、六番・荒砥と続く。

 三番四番を敬遠したとして、五番六番は今日ノーヒット。とすれば、満塁策を取った方がまだ、抑えられる可能性がある。

「よし、どうせ1点でも取られたら負けだ。だから満塁策でいこう。満塁にした後、内野は全員前進守備ね」

「オーッ!」

 それだけ指示し、立花は内野手4人を守備位置に戻した。

(監督が野球に詳しくないからなぁ)

 専門的な立場からモノを言ってくれる指導者が東根高校の野球部にいてくれたら、どんなに良かっただろう。

 だが、今更ねだってもしょうがない。

「咲、五番と六番で勝負だ。五番の米沢は、咲もよく知ってるでしょ」

「うん。厄介だよね」

「そう。だから、気持ちで負けないようにね」

「うん」

 甘く入れば一発があり、厳しいコースでも上手くミートされる。

 立花には、米沢を打ち取るイメージが湧いてこなかった。

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