第48話 噂
◆◇◆◇◆
吉大山形の勝ち上がり
1回戦:なし(シード)
2回戦:7-2 山形工科大付
舟形の勝ち上がり
1回戦:10-0(5回
2回戦:2x-1 東根
◆◇◆◇◆
1回表、思わぬ形ではあったものの、舟高に2点が入った。
相手エラーで取った点。これは流れを持ってこられる!
……と、思ったのも束の間。1回裏、吉大山形に一死一・三塁のチャンスを作られていた。
セカンドへのライナーとかフライとか、マジでシャレにならん。
まあ、飛んできたらきたで、処理しなきゃいけないだけなんだけど。
大体こういう時は、「飛んでくるな」と思っている奴のところに飛んだりする。
外野ならなおさら、飛んできてほしくないだろう。
カキィン、と音がして、外野に飛球が上がった。定位置で待ち構えるのは高瀬だ。
どうやら、一番「飛んできてほしくない」と思っていたのは。高瀬だったようだ。
しかし、そうとも言い切れないプレーが出た。
「アウトォ!」
二塁塁審のコールが聞こえた直後、高瀬は大きな山なりのボールを投げた。それはドンピシャでホームへ返球された。
一旦飛び出した三塁走者は、慌ててまた三塁へ戻った。
どよめく球場。高瀬、1回裏からそんなにエネルギーを使って大丈夫か。
しかしそのプレーが今泉を持ち直させたのか、結局無失点で切り抜けた。
*****
「すまん。
「いや、大丈夫。しょうがないでしょ」
「ああ。こっからこっから」
吉大山形ベンチでは、中堅手の岐阜が謝った。
1点目をやりたくないという意識が裏目に出て、自身の失策で2点を献上してしまった。しかもその2点は、貴重な先制点だ。
国定は「ミスは誰にでもあるから、その後をどうするかが大事」と励ました。
一方綾瀬は、「しょうがない」から言葉を発することはなかった。それどころか、表情がいつも変わらない。試合開始から終了まで、自分が失点しようがヒットを打とうが、無表情なのだ。
このとっつきにくさは入部した頃から変わることなく、とうとう3年の夏を迎えてしまった。2年以上打ち解けないのも色々と凄いところがあるが、こんなのでも一応はエースである。
その無口エース綾瀬と相手エース今泉とで、試合は1回裏からゼロ行進が続いた。
*****
5回裏、一死二・三塁。
2回から4回までの3イニングをそれぞれ3人ずつで、何より「0」で抑えてきた舟高にとって、久々ともいえるピンチだ。
打席には九番、エースの綾瀬。
1点返すためにスクイズか? それとも打たせてくる?
考えるまでもない。
吉大山形にスクイズはない。
キィン!
まずい。今泉の右を抜かれた。
俺がグラブを伸ばしても届きそうもない。泉田、頼む。
しかし、そんな俺の願いもむなしく、二遊間を抜けるセンター前ヒットになった。
高瀬がバックホームしたが、二塁走者は姿勢を低くし、米沢の後ろを上手く回り込んでホームベースに触れた。
この辺りの技術は、さすが実力校といったところか。これで2対2の同点だ。
追いつかれて少し落ち込む俺たちの心情に合わせるかのように、予報通りの雨が降り出した。
*****
試合はまた膠着し、7回表に入った。
「
「はい。なんですか監督」
吉大山形高校監督の
「確か、国定と同じ中学校だったよな?」
「はい」
「国定は、どんな奴だった? 選手としてじゃなく、生徒としては」
四番・泉田が、レフト前ヒットで出塁し、無死一塁。
「うーん……、
「そうか」
「……なんでそのことを?」
「いや。綾瀬とはあまり話していないように見えるからな。積極的に交流しろと俺が言っても、ギスギスするだけだと思って感知してないんだよな」
「そういえばそうですね。バッテリーなのに、あんまり親しそうでもないというか」
「その理由、考えたことあるか?」
「いえ………」
五番・米沢は送りバント。雨でバウンドが小さくなったが、何とか成功した。
先ほどまで小雨だった空模様は変わり、少し雨足が強くなってきた。
「綾瀬は中学時代、そこそこ知られたピッチャーだった」
球審のコールが響く。ワンストライク。
「転校が多かったらしくてな。そのたびに地元の野球チームに入れてもらってたそうなんだが、どこでも最初は歓迎された。認めてもらえるだけの実力があった。……いや、あり過ぎたんだ」
「あり過ぎた?」
「ああ」
六番・荒砥はショートゴロ……のはずだった。
しかし、これまた雨の影響か、イレギュラーバウンドでセンター前ヒット。
二塁走者の泉田は、コーチャー遊佐の指示で三塁への進塁に留まった。
「どこへ入れてもらっても、たちまちエース格。でも、すぐに転校してしまう。そのうち、厄介者だと思われるようになったんだ」
「まさか、それで……」
「ああ。入れてくれるところもあったそうだが、噂が噂を呼んだ。しかもその噂が本当のことだときた」
国定が変化球を少しはじく。それを見逃さなかった一塁走者の荒砥は、すかさず二塁を陥れた。
一死二・三塁。
「転校が多いってこともあって、次第に
「……なんでそのことを、監督が知ってるんですか?」
「噂は噂さ。あいつの変化も含めてな」
七番・高擶を、カウント0-2と追い込んだ。
「国定も、積極的なほうじゃないんだろう?」
「まあ、そうですね」
「綾瀬には、許可を貰ってある。話したきゃ話せばいい」
その言葉で石橋は、ああ本当のことなんだな、と思った。
金属音がして、ライト方向に飛球が上がった。
犠牲フライには十分な距離だ。
*****
(くそ、勝ち越されちまった)
悔しい気持ちとは裏腹に、未だ無表情を崩さない。
マウンド上の綾瀬
(皆、裏切るんだろ。でなきゃ、高校に入ってから今まで、俺に優しくするわけがねえや)
しかし、たとえ裏切られるとしても、陽太は野球で手を抜かなかった。転校という形で散々裏切ったのは自分だ、ということも頭の片隅にあった。
(だから、裏切られて当然なんだ。俺はその報いを受けるべきなんだ)
何点取られようと、逆にコールド勝ちをしようと、表情は変わらなかった。いつからか、変えられなくなった。
内野安打で追加点を取られ、2対4となって戻るベンチ。
しかし不思議と、それほど重苦しい雰囲気は漂っていなかった。
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