第47話 予想外

「整列!」

 舟高も向こうも、一瞬何があったのか理解できていないように見えた。

「2対1で舟形高校。礼!」

 静寂の中、試合終了を告げるサイレンが鳴り響いていた。


 一死ワンアウトで、走者が三塁の他に1人以上いる場合に起きることがある。

 さっきの場合、二塁手が取った時点でツーアウト目。一塁へ送られて、ボールを持った野手が一塁を踏めばスリーアウト目になる。

 だが、そのスリーアウト目より前にホームインしている走者がいれば、このケースであれば認められる。

 つまり、打球が落ちると判断してスタートを切ってしまったのは高瀬のミスでもあるのだが、それによってスリーアウト目より前にホームインができたことになる。

 もちろんこの場合、守備側が防ぐ手立てがある。

 それが「第3アウトの置き換え」だ。

 要するに、三塁走者のホームインが早いことに気づき、ボールを三塁ベースまで持っていってアウトにすればいいだけのこと。

 このケースでは元々、三塁走者は守備側がボールをキャッチする前に飛び出してしまっている、という時にしか起こりえない。だから三塁でのアウトは、アピールすればほぼ認められる。

 しかし東根高校側は、そのアピールをしなかった。


 *****


 立花は挨拶が終わってから、しゃがみこんだままだった。

「なあ、しょうがねえよ」「そうだよ。ケースが特殊過ぎるもん」「そもそも、お前に助けてもらわなかったらとっくに諦めてたよ」――。

 どれもこれも、慰めの言葉だった。

「うん、ありがとう。でも……やっぱ悔しいな」

 立花は顔を上げ、神町を始めとするチームメイトに感謝の意を伝えた。それでも悔しいということも、伝えた。

(違う。違う違う違う)

 立花は、咲以上に責任感が強い。

 今回のこともそうだった。

 ルールとしては知っていたのだ。ところが、いざその場面が起こった時、失念してしまっていた。それでは意味がない。

 それでも立花は、そんな気持ちを表に出さず、気丈にチームメイトと別れたのだった。


 咲と立花の2人になった時、立花は咲に頭を下げた。

「立花」

 咲が声をかけた。

「ありがとう」

「……なんで」

「俺を諦めないでくれて。……俺、こんなふうに投げることができるなんて、思ってなかった」

「………」

「俺、楽しかったよ。立花と野球できて、高校最後の夏に一緒に公式戦出れて。……立花は、楽しくなかった?」

「た、楽しかったよ、そりゃ。でも……」

 アピール権の消失。

 あんな形で終わるなんて、思ってなかった。

 何度か思ったことがある。専門的な指導者がいてくれたら、どんなに良かっただろう、と。

 だから、誰より勉強したのに。

「うっ……うう………うああ……」

 涙となってあふれ出した悔しさは、留まることを知らない。

「ううっ、う………っぷ⁉」

 ユニフォームを通して伝わる、温かな体温。

 咲は、立花を抱き寄せていた。

「ありがとう、立花」

「………」

 いつもなら立花は「気持ち悪ぃよ!」と言って、咲を突き飛ばすところだろう。

(でも、今日は……今日だけは………)

 いつも持ち合わせていた強気は、今この瞬間だけ消え失せた。

「……っう……っひぐ………あ、り……がどう。咲……」

「こちらこそ」

 咲は、立花が泣き止んで突き飛ばされるまでこうしていようと思った。


 *****


 一方、勝った舟高ベンチでは、米沢と今泉が話していた。

 勝った要因とサヨナラになった経緯は高瀬と吹浦から簡単に説明されたが、ああ、そういうルールもあったっけな、と米沢もすぐには思い出せなかった。

 ボーンヘッドとはいえホームまで突っ走った高瀬を褒めるべきだろう。

(それはともかく)

「あの2人、大丈夫かな」

 米沢が気にしていたのは、相手バッテリーのことだった。

「何がさ」

「特に板垣だよ。見るからにショック受けてたろ、あの顔は」

「……大丈夫だろ」

「なんで言い切れるんだよ」

「勘。っていつもなら言うところだけどよ。ああ見えて若木も、頼り切りの人間じゃないことぐらい、3年間一緒にプレーして分かってるつもりだぜ」

「……ふむ。まあ、そうかもな。しかし、予想外だったな」

「勝てたからいいけどな」


「おーい2人とも! 学校に戻るよぉ」

「ヤベッ、監督が呼んでる」

 米沢と今泉は急いで、監督である千歳の方へ向かった。



 *****



「礼!」

「「しゃーーっす!」」


 勝ちを「拾った」形だが、それでも勝ちは勝ちだ。

 そして、そんな勝ち方をしてもなお、試合は待ってはくれない。

 3回戦、相手は第2シードの吉大山形。

 相手が強豪のくせに、やけに紹介があっさりしてるって?

 ダラダラやるわけにもいかない。だって通過点だもの。

「へー、あれが吉大山形のラインアップか」「流動的らしいな。前の試合とは、やっぱ打順が違ぇや」「そういや、今日は天気が微妙らしいなぁ」「ああ。曇り時々雨だっけ」――皆、好き勝手喋っている。

 これでプレー中は連係が取れるのだ。おかしい話かもしれないが。

 さて、今日は先攻。まずは一番・高瀬かr「セーフ!」……初球かよ!


「アウトォ!」

 よし、送りバント成功。

 三番・古口の打順だが――あまり期待しないほうがいいだろう。

 今泉は今日、ピッチングに専念してもらったほうがいいだろうということで、監督に許可を得たうえで話し合い、打順を変えた。

 とはいっても、九番の古口と三番の今泉を入れ替えただけである。

 つまり古口にとっては自分が上位打線に入るのは初めて。だから「期待しないほうがいい」というわけだ。

 そんな期待通り(?)、あっさり空振り三振。

『四番ショート、泉田くん。背番号6』

 俺がアウトになってまで得点圏に進めた走者だから、できれば還してほしい。というかアウト云々以上に、先制点が欲しい。

 すると甘い球が来たか、泉田はセンター方向へヒットを放った。

 これで1点取れるか?


 しかし、もっととんでもないことが起きた。

 中堅手センター岐阜ぎふが、ゴロで転がってきた打球を後逸したのだ。

 もちろんインプレー中。走者はどんどん進む。

 高瀬は既に楽々還ってきており、打者走者の泉田も三塁に達する。

「ゴー! 泉田ゴー!」

 三塁まで来れれば十分だったが、あろうことか三塁ベースコーチャーの遊佐は、ホーム突入を指示した。

「え、回す⁉」

 当然、ベンチ内は一瞬ざわついた。

 しかし、三塁でストップすると踏んでいたのか、吉大山形の中継プレーが緩慢だ。

「バックホーム!」

 吉大山形背番号2、捕手の国定くにさだが懸命に声を張る。

 送球は正確に、矢のように返ってきた。

 しかし、泉田の手が一瞬早く、ホームベースに触れた。

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