第21話 強豪
「嘘でしょ?」
「いや、本当。ごめんなさい」
「もう主将の交代でもした方が良いんじゃないの?」
最上向町戦の後、学校ではさしたる祝福も受けなかった。
だがそんなことで駄々をこねるわけにもいかない。こねるつもりもない。
大会は待ってくれない。何かを掴みかけた地区予選は終わった。県大会だ。
その意気込みを
「……『光彩大山形が頭一つ抜けている。打撃力と投手力が持ち味で、今夏は2年生主体ながらベスト8まで勝ち上がった。打線は更なる爆発力をつけ、投手三人も大崩れしない。東北大会出場の最有力候補と言えるだろう。』……」
遊佐が雑誌を見ながら解説する。
正直、そんなところと試合をするのかという気持ちが湧いてきた。相手が攻め疲れてバントでもしてきたら屈辱ものである。
「それ、月刊の『高校野球情報』? ちょっと見せてよ」
「駄目。まだ読み終わってないから」
瀬見が催促するが応じない。こういうところ、遊佐は頑固だ。
そこへ、監督が入ってきた。
「まあ、どうせ俺たちのことなんか書いてないでしょ。弱小だし」
目立ちたがりの瀬見がそう言うと、部室内はしんと静まり返った。
「あ、皆おはよう。書いてあるって、何の話?」
「いえ、遊佐が新聞持ってきてるから。俺たちのことが載ってないかなって」
「ああ、載ってるんじゃない?」
「え?」
「うん、載ってるね。んーと、……『今泉、米沢のバッテリーを中心に粘り強い守備を持ち味とし、選手僅か9人で県大会出場を決めた舟形も注目だ。千歳監督は「選手たちに考えてやらせてます。それ以上のことは特に(させていない)」と謙遜するが、監督の手腕なしにはここまでの実績は挙げられない。主将の高瀬君は「県大会までこれたのは皆のおかげ。自分たちの野球が出来れば」と話す。初戦の相手は強豪・光彩大山形だが、どこまで食い下がれるだろうか。』……だってさ」
「あー、そんなこと喋ったな」
「え⁉ 取材されてたの?」
高瀬と監督がコメントに頷くと、瀬見は羨望の眼差しを向けた。
「まあまあ。それより初戦の対策でしょ」
得意の恵比須顔で米沢が場を収め、本題に入る。
「といっても、全員が
「特にこれといった情報は無いね」
無いわけではないだろうが、調べつくされたうえでなお強いということは、最初から分かっている。
「あとは映像でもあればいいんだけど……」
「それならここに」
そう言ってスマホを差し出してきたのは清川だった。
「へ? 何これ」
「YouTubeに上がってるこの動画、光彩大山形みたいです」
「へえ。便利な時代だね。今年のやつ?」
「多分」
それなら好都合だ。今の光彩大山形スタメンには、2年生どころか1年生の頃からレギュラーをはっている選手もいる。
それじゃあ早速、と監督が動画のURLをメモし、視聴覚室に移動ということになった。
数日後、監督は、ビデオカメラを買ったとわざわざ報告してきた。ポケットマネーかは知らない。
*****
「よろしくお願いします」
「よろしく」
光彩大山形の大柄な監督と挨拶を交わした千歳は、交換した相手メンバー表を見て幸運だと思った。
先発9人のうち4人の背番号が2ケタ。継投戦略のうちに入る投手を除いても3人で、その3人全員が1年生だ。
秋の地区大会は、投手以外ほぼ固定メンバーで戦っている。格下である
今日の試合が大敗か接戦かは、その1年生たちにかかっているとみて良い。
どんな展開であれ、この前掴みかけていた何かを収穫できれば、たとえ負けても損ではない。
*****
「流石に県大会ともなると、観客が多いですね」
「まあ、こんなもんだね。地区大会が少ないとも言うべきか」
「でも、よく舟高の取材できましたね」
「ああ、なんか結構アッサリOK出してくれた」
そんな会話をしているうちに、スターティングメンバーが発表されてゆく。
『七番ライト大沢くん、背番号17。八番レフト遠野くん、背番号15。九番ファースト市川くん、背番号14』
「ふーん、1年生3人か」
山寺は、選手の顔や学年を大体把握している。元々、スポーツ観戦好きが高じて記者への道に足を踏み入れたから、仕事も趣味も両方兼ねているといった感じだ。
「山寺さんって、物好きっすね」
「物好き結構。流行を追いかけるよりは楽しい人生かもよ」
山寺がそう返すと楯山は、こりゃかなわない、とでも言うかのように、肩を竦めてカメラを構えた。
*****
「9球でスリーアウト……」
それも、三者連続の3球三振。勿論、二番の俺はその三者の中に含まれている。
毎度のごとく高瀬はじゃんけんに負け、今日も先攻でのスタート。
相手投手は思いっきり飛ばしてきている。圧倒的な力を見せつけて、こちらの戦意を喪失させようとしているのが見え見えだ。いくら継投でも、あそこまでペースを考えない投球は、逆になかなか出来ない。
そして一回裏、光彩大山形の攻撃。マウンドに上った背番号4の俺に、スタンドがざわついた。
いや、しょうがないじゃん。監督に言われたんだもん。3点までいいって。
俺には、高瀬のような良く曲がる
一体、監督は何を考えているのだろうか。
何か意図があるのか。それとも無策の投げやり采配?
いずれにしても、今できることをやるしかない。
「プレー!」
米沢と一緒に、全打者の打撃傾向は覚えてきた。どうにか試合を壊さないように投げるしかない。
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