第22話 上出来

『3番ショート、おお久保くぼくん。背番号6』

 一回裏、二死無走者。といっても、1番妹尾せのおがセンター前ヒットで出塁し、2番吉田よしだがファーストライナーでダブルプレーになった後だ。つまり、既にとらえられ始めている。

 ただ、各打者とも引っ張り過ぎているように思う。

 それは織り込み済みだ。だって俺の球が遅いから。

 最速112km/hを誇る俺の直球は、一巡目では妙に打たれない。いや、正確に言えば、当たりはするがあまりジャストミートはされない。逆に100キロ台のナックルカーブや90キロ台のシンカーは、捉えられやすい。

 大久保は、体勢を崩したように俺の正面にゴロを打ち、僅か6球で一回裏が終了した。


「すげえじゃん。無失点だぞ」

 瀬見と高瀬はそう言ったが、レフトを守る今泉はちょっと面白くなさそうな顔をしている。先発じゃないからだろう。

 だが、良い当たりを連発されている。心配しなくても、あと2イニングもすれば登板の機会が来る。多分。

「ストライク! バッターアウト!」

 このコールを聞くのは、もう5人目だ。「連続三振止めてきやーす」と向かった6番荒砥も、あっという間に追い込まれた。

 ファールで粘る。が、6球目を見逃して三振。これで6連続三振だ。


 *****


「おい、矢橋やばせ

「なんだ」

「また、飛ばし過ぎだぞ」

 またか。と、光彩大山形先発の矢橋は思った。

 正捕手だから地頭は良い方だし、正確なリードをしてくれている。そんな城崎きのさきの欠点はただ一つ。細かすぎる正確であることだ。

「抑えてるんだからいいじゃねえか」

 そんなことを言ってみるが、これもまた日常的に跳ね返される。

「そうじゃない。ある程度打たせて抑えるんだ」

 そして頭が固い。三人いるんだから少し飛ばしたっていいじゃないか。

 監督は何も言わないし。

「監督が言わないからって、好き勝手やって良いわけじゃないからな」

「はいはい」

 見透かされていてはかなわない。矢橋はおとなしく従うことにした。


 *****


 また、ピンチだ。

 一死一・三塁。ここで点を取られると3点目。つまり俺は交代になる。

 相手は大本命の強豪だし、打たれるのは仕方ないと思っていた。だが、少しでも長いイニングを投げて相手を焦らせようという意図もあった。

 背番号4が投げているのに、何故か得点に結びつかない。つまり俺の武器は、前から磨いてきたコントロール、それと「背番号4」という一種の値札なのだ。2番手だからと相手が舐めてかかれば、あるいはエースを引っ張り出すぞと力めば、のらりくらりとかわす投球をしていけば良いだけだ。

 が、さすがにそれを差し引いても光彩大山形打線はよく打つ。続く6番筒井つついも強いゴロを叩き、二塁手の守備範囲へ。俺がいないセカンドに入っているのは、普段は一塁手の高擶で、やはり慣れていないのか少しファンブルしてしまう。一塁で一つアウトを取ったものの、三塁走者が生還した。

 0対3。四回裏ツーアウト二塁。監督が動く。

『舟形高校、シートの変更をお知らせいたします。ピッチャー吹浦くんがセカンドに入り、セカンド高擶くんがファースト。ファーストの瀬見くんがレフト。レフト今泉くんがピッチャー。以上に変わります』

「悪い、吹浦。俺がファンブルしてなければな」

「もう捉えられてたし、どっちみち交代で良かったよ。それに、プレーにはなしだろ」

 高擶が謝ってきたが、交代で良かった、は本心だ。とにかく、後は今泉に任せ「ストライク! バッターアウト!」……早。


「すみません」

 俺は監督に謝った。中途半端なところで交代になってしまったからだ。

「何で謝る必要があるの?」

「え?」

「勿論、少しでも引っ張りたいっていうのはあったよ。でも、相手は東北大会出場の最有力候補。だから、3回2/3で3失点は上出来だよ」

「……」

「言ったでしょ、『相手の空気から隙を作る』って。だから、あとは君たち次第ってとこかな」

 君たち次第。最上向町戦で見せた「考える野球」か。

 それには、相手をよく見なければいけない。


 安定した投手陣。無駄な動きのない守備。そつのない攻撃、そしてバッティング――。どこをとっても強豪だ。

 ただ、6者連続三振を取っていた二回までとは一変して、相手の先発矢橋やばせと、扇の要城崎きのさきのバッテリーは、打たせて取る投球に変えてきている。

 事実、三回から五回までの3イニングで、こちらが出した走者は3人。1イニングに1人ずつ全て四球フォアボールで、まるでわざと出しているかのようだ。

 そして六回表、高瀬が打ち取られて一死から、俺の打席はカウント3-1になった。

 本当にわざと出してるのか? だとしても、走者を出せないのに比べれば、ありがたい。おとなしく低めの変化球を見送っておいた。


 *****


 初球エンドラン。

 次打者の今泉が、打席に入るときに、サッとそんなサインを出した。

 この回トップバッターの高瀬は凡退して申し訳なく思っていたが、ここは祈るしかない。

 回は六回、もう点差は4開いている。こちらは無得点だから0対4。仕掛けるならここしかないが、監督は納得しているのだろうか。

「なるほどね」

 監督の声が聞こえた。サインはここから見ていただろうから、納得づくで任せるということだろう。

 一塁走者の吹浦は、足が特別速いわけではない。せめて内野ゴロを打たなければ、一気に走者がいなくなってしまう可能性がある――のだが、そんなことは気にしていないかのように吹浦はスタートを切った。今泉もバットを振った。

 ボテボテのゴロは二塁のカバーに入った相手二塁手の逆を突き、一・二塁間を抜けていった。

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