第14話 コールド
ここは舟形の三塁側ベンチ。監督は、作戦変更を指示してきた。
「え、どうしてですか?」
「だってもう『守り勝てる』試合展開じゃなくなったし」
「じゃあどうするんですか?」
「あかねヶ丘は去年の夏から今年の春までで、公式戦の失点が少しずつ増えてきてる。ってことは」
そこまで言われたら、さすがに分かる。
「打撃に全振りしてるってことですか」
「全振りかどうかは分からないけど、それより。1回の攻撃で分かったんじゃない? 背番号1が失点してるんだよ。でもすぐに取り返しに来た。まるで打たれるのが分かり切ってたみたいにね」
「じゃあ、まだチャンスあるな。向こうは、取られた点を取り返せると思ってんだ」
そう言ったのは今泉だった。
「そんなに甘くねえよ。自分たちの得意なことだけで勝てると思ったら大間違いだ。打ち勝つぞ」
「それ監督の受け売りじゃん」
「う、うるせーよ」
「まあ、そういうこと。実際、君たちは打ち崩せてるでしょ」
監督はなおも続けた。
「多分向こうは、相手より1点でも多く取れれば良いと思ってる。逆に言えば、失点なんて気にしてないんだよ。君たちは守備力は高いから、この試合勝てるよ」
**********
その数十分後、球場の前には、二人の人影があった。腕にスポーツ雑誌の名前が書かれた腕章を付けている。
「おい
「すいません……ちょっ待って、
「まずいな、もう試合始まっちまってる」
「それは先輩が集合時間に遅れたから……」
「それはすまなかったって言ってるだろ! 渋滞してたんだよ、便意が」
「俺、足遅いんですよ……。だから早めに行こうって……」
「男なのに情けないぞぉ!」
「あーっ今、『男なのに』って言いましたよね! 差別ですよ!」
二人は球場に入ると、意外な試合展開に驚いたのだった。
「えっ6対5? まだ4回裏だぞ」
「しかも
「いや、でも……」
山寺が言いかけた瞬間、二塁手後方に飛球が上がった。二塁手が飛び込んでキャッチ。それを見たあかねヶ丘の三塁走者は迷わずタッチアップし、本塁に滑り込んだ。
6対6。これで同点だ。
「なんというか……、随分と白熱してますね」
「ああ、点の取り合いだな。あっ楯山、ちゃんと写真撮っとけよ。今日舟形が勝つかもしれないんだから」
「はいはい、分かってますよ。でも先輩、なんでそんなに舟高を追っかけてるんですか?」
「そりゃあ、連敗記録を伸ばし続けてるから」
「趣味悪いっすね」
「勘違いすんなよ。今日こそ止めれるかもって思って追っかけてるんだよ。私は舟高の卒業生だからな」
**********
4回を終わって同点。
「ま、単純なことだね。残り5イニング勝負だ」
そう言って打席に向かったのは、この回先頭の米沢……だったのだが、あっさりピッチャーゴロに倒れた。
しかし、次打者荒砥の死球で流れが変わる。続く古口がヒットで繋ぐと、あかねヶ丘は投手を飯沢から右翼手の木ノ目田に代えた。次の高擶が左打者だから左投手を当てようと思ったのだろう。しかし、ストライクゾーンに球が入らなければ意味はないのだ。「当たれば飛ぶ」と言っていた高擶が1球も振らずに四球を選び満塁。
そして瀬見もカウント3-1から四球を選んで押し出し。これで7-6、再びリードを奪った。長距離打者二人への連続四球は、あかねヶ丘にとって追加点という代償を伴うことになる。トップに戻って高瀬は犠牲フライ。これで2点差だ。古口は「ボール見極めてけ」と俺に声をかけた。
打席で見ると、確かに木ノ目田の球は荒れている。見逃しとファールを挟んでフルカウントになり、8球目は真ん中高めに入ってきた。迷わず振り抜き、鋭い当たりを左中間に飛ばせた。走者二人が還り10-6。
三番今泉もポテンヒットで俺を生還させ、これでこの回一挙5点。ビッグイニングを完成させたところで飯沢がマウンドに戻り、泉田を打ち取った。
何はともあれ5点は大きい。このままいければ……と思ったが、強力打線のあかねヶ丘もハイそうですかと譲るわけはない。今泉から長打を放ち、すぐさま1点を返された。
しかし次の6回表は古口の適時打で1点追加。さらに7回表にも2点を追加し、俄然有利になった。スコアは14-7。勝利という目的を超えて、アレを少し意識する。
「じゃあ、今泉くんに代わってピッチャー吹浦くん」
「え!? 俺ですか?」
「点差もあるし、試したいんだけど。ダメかな?」
「……まあ、はい、いいですよ」
うぅ、公式戦での登板なんていつぶりだ……。あ、フツーに中学以来か。
米沢は「まあ、腕振ってけ」と言ってくれたが、どうしても縮こまってしまう。久しぶりの登板ということもあるが、アレという嬉しい誤算が――つまりコールド勝ちがかかっているからでもある。
高校野球の地方大会では5・6回で10点差、7・8回で7点差がつくと、そこで試合終了になる。既に言った通り、7回表が終わって14-7。つまり7点差だ。この7回裏を無失点で守り切れば、勝利が確定する。
しかし、マウンド上で俺が頭に浮かべていたのは、中学2年の時のことだった。
**********
左中間に白球が飛ぶ。心の中の願いもむなしく、スタンドに突き刺さった。逆転満塁ホームランだ。
真っ先に、やってしまった、と思った。
7回表、相手チームの攻撃。エースも二番手も三番手も打ち込まれ、6回が終わって12-10。苦肉の策で俺に登板の機会がやって来たのだった。
しかし、一死満塁という大ピンチで任され抑えられるほど、俺は肝が据わっていなかった。2点のリードは2点のビハインドに変わり、結局そのホームランが、先輩たちの中学野球を終わらせる一発になったのだった。
「お前のせいじゃない」と、先輩は皆、口を揃えて言ってくれた。監督も「俺の責任」と慰めてくれた。でも、一部の同級生からの目線は冷ややかなものだった。
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