第15話 試合終了

「ボール、フォア!」

 俺は我に返った。

 7回裏、14-7であかねヶ丘の攻撃。これで二死満塁になった。米沢が駆け寄ってくる。

「思い切って投げろよ。リードはたっぷりあるんだから」

 励ますつもりでそう言ってくれたのだろう。でも今の俺には、プレッシャーにしかならなかった。

 カウント0-2。打者有利なカウントにしてしまった。そこを相手が見逃してくれるはずもない。焦った俺は安易なストライク球を投げ、今日無安打の志戸田しとだに走者一掃のタイムリーツーベースを打たれ、リードは4点になった。そして、この回でのコールド勝ちはなくなった。

 続く九番じょうを何とか抑えたものの、これで流れが相手に行ってしまうだろう。俺は皆の顔を見るのが怖かった。


 **********


「あちゃ~」

「打たれちゃいましたね」

「あれ、楯山、写真撮ってるよな?」

「勿論。今のところもバッチリ」

 楯山は冴えないカメラマンだが腕はそこそこ良く、選手や場面場面をかっちり撮影している。そして楯山が、鮮明な写真――はプロにとって重要項目だが――を撮った時、その試合のキーポイントになる場合が多い。

「まだ逆転ありますよ」

「ぐぬぬ……」

「というか、個人的な情で一方のチームに肩入れしちゃダメでしょ」

 高校野球の取材という名目で来ている以上、それを言われると山寺も言い返せないのだった。


 **********


「よっしゃ、まだウチに勝機あるぞ!」

 監督の小国が励ますより先に、あかねヶ丘ベンチは大盛り上がりだった。

 コールド負けを回避したばかりか、7点差が4点差に縮まったのだ。2イニングで4点は、追いつけない点差ではない。

 小国は、途中で木ノ目田に代えたことを後悔してはいない。現エースの飯沢はまだ2年生で、無理をさせると後に響く。球数も既に80球ほどになっており、ピッチングよりバッティングに練習時間を割いてきたあかねヶ丘にとっては、半ば仕方なしの交代だった。

 しかしビッグイニングを作られたことから、今は飯沢をマウンドに戻している。8回表はどうするかが、一番の問題だった。飯沢は見るからに疲れている。

 そんな監督の心中を察してか、投手交代を提案した人物がいた。

「監督、木ノ目田を行かせてください」

 主将の上椹沢かみくぬぎざわだった。木ノ目田も隣にいる。

「飯沢には来年もあるし、ここで無理させたくないです。木ノ目田はピッチャーになってから頑張ってきましたし、打たれても文句を言う3年はいません」

「次に繋げますから、行かしてください」

「……下山家は?」

「構いません。どっちみち飯沢も限界が近いですから」

「で、っでも、先輩たちはこれが最後の夏じゃないですか!」

 飯沢が必死に反論する。まだ投げられるという意思表示だろう。

「あのな、お前にはまだ1年あんだ。それとも、どうしても木ノ目田じゃ信用できねえか」

「いや、そういう訳じゃ……」

「わりぃ、ちょっと意地悪かったな」

「よし、飯沢に代わってピッチャー木ノ目田。状況次第で霞城と円応寺えんのうじも出すかもしれないから、準備はしといてくれな」

 小国は他の外野手二人にも声をかけた。正直、今日の打たれ具合では厳しいが、ここは3年を尊重する。


 **********


「監督、やっぱり……」

「2点差になったら代える。それまで頑張って」

「でも」

「監督命令」

 そう言われ、俺は仕方なく投球練習に行った。


 8回表は、再び突き放すチャンスだった。一死満塁で俺に回ってきた。

 しかし三振。次の回も俺がマウンドに行くことは決まっているから、俺は高擶と簡単なキャッチボールをしていた。

「なあ、吹浦」

「ん?」

「俺はお前の経緯とか知らんけどさ。監督にも考えがあんじゃないの?」

「……」

「別に吹浦を否定してはないよ。俺だってあんなの打たれたら交代したくなるし」

 でも、コールド勝ちを帳消しにしたのは俺だ。

「俺たちはこの試合、勝てればいいんだよ。コールドとか関係なく、な」

「……」

「今はとにかく結果だ、結果。出さなきゃ始まんないし」

 高擶がそう言ったときだった。

 カキィン! と鋭い音が響いた。音がした方に目をやると、白球が俺たちの前で放物線を描いた。目の前といっても、手を伸ばして届くような打球じゃ到底なかったが。

 そのまま落ちるかと思うと「ガシャン」という音がして、レフトポールに打球が当たった。

 三塁塁審が腕をクルクル回した。今泉の満塁ホームランだ。

「わーお」

「リード8点か、これで」

「そうだな。でも、よく考えてみろ。監督はコールドのの字も口にしてないだろ。1点でも多ければ勝ちなんだから、気楽にいけよ」

「……ああ」


 **********


「まだ終わってないぞ、木ノ目田」

「すんません、でも……」

 あかねヶ丘のベンチでは、打たれた木ノ目田が顔を伏せていた。恐らく泣いている。

 中堅手が力のないフライを抑えた。これでツーアウト、ランナーなし。

「皆納得してお前を登板させたんだ。別に後悔しないよ。誰のせいでもない。チームで戦ってるんだから」


「……結局、どうするのが一番良いんだろうね。ねぇゆっちゃん?」

「なんで私に!?」

「分かんないんだよね、未だに。後輩たちを信じるべきか、自分を一番に信じるべきか」

 そう言った時の千歳は、少し暗い表情をしていた。

「アウトォ!」

 一塁塁審のコールが響いた。


「整列だ」



 ◆◇◆ランニングスコア(8回コールドゲーム)


 舟形

 2 3 1  0 5 1  2 4|18

 3 0 2  1 1 0  3 0|10

 山形あかねヶ丘

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