第16話 勝利

「6対1で南陽総合高校。礼!」


「勝っちゃったな」

「勝っちゃったねぇ」

「勝っちゃったんだなぁ」

 いつまで言ってんだ。1回戦はとっくに終わったぞ。というか、今しがた2回戦で負けたんだぞ。

「勝利の余韻に浸ったまま負けるチームなんて、聞いたことねえよ」

 今泉が言う。

 今日は酷かった。勝利気分が抜けていなかったのか、緩慢なプレーが目立った。得点は今泉の三塁打から米沢の犠牲フライで取った1点に終わり、エラーこそ一つだけだったものの、大事な所での判断ミスが響いた。所謂「記録に残らない失策」というやつだ。

「まあ、いいや」

 監督もこの有様。この前、俺に続投を指示した時の強い眼はどこへ行ったのか。

「ベスト4を目標にしてるのに、この大会で一つも勝てないようじゃスタートダッシュに失敗したようなものだからね。取り敢えず今日のことは省くよ。それにこの先、今日の負け方を活かすも殺すも君たち次第だしね」


 *****


 二日後。休みを摂って英気を養った俺たちは、部室に集まっていた。

「県ベスト4ってことは、秋と春は地区大会突破しなきゃいけないってことだよな」

「まあ、そうだね」

「そんでさ、やっぱり最北地区にはさかえがいるわけだよな」

 栄とは新庄栄のことだ。

「うんうん」

「じゃあまず、栄に勝つことだな」

 他の高校に対して油断している訳ではないと思うが、最北地区は県内レベルで見たときに強豪校と言える学校が少ない。国内有数の豪雪地帯、新庄盆地に置かれている学校が、冬もグラウンドで練習できるなんていう環境は夢のまた夢だ。

「一次予選から一チームが県大会出場、一次予選で負けたら二次予選。そこからまた一チームで……」

 俺たちが話し合いをしていると、部室の扉の外辺りから声が聞こえた。

「ん? なんだ? 声がするけど」

「あ、じゃあ俺ちょっと見てくるよ」

 一旦8人で話し合いを続けてもらい、俺は部室の扉を開けようとした。

 が、その瞬間、扉が大きく開いた。生憎、この部室の扉は内側に開くように作られている。

 ということで、俺は思いっきり頭をドアにぶつける格好になった。


「あ、あのっ! 野球部の部室って、ここで…あって…ます、か……」

 入ってきた奴の声が小さくなったのも無理はない。緊張を払拭しようと勢いよく開けたドア。その向こうに仰向けで倒れているマヌケがいるのだから。

「って、ああっ、すすすみませんっっ! まさかドアのすぐ前に人がいるとは思わなくて……」

 ドアを開けた一人が必死に謝る。その後ろにもう一人、隠れるようにしてじっと部室内の様子を窺っている女子がいる。

 そこへ丁度、職員会議を終えた監督がやって来た。

「はーいお待たせ……って何、この状況は」


「じゃあまず、自己紹介してもらおうか」

 監督が仕切る。

「は、はい。えっと、1年2組の白河しらかわ兎羽とわです。一応、女子です」

「はい。じゃあまず聞きたいんだけど、野球部に何か用があって来たの?」

「はい、そうです」

 白河と名乗ったその1年生は一旦言葉を区切ると、決心したように言った。

「その、や、野球部に入部したいんです! ……できれば、選手として」

 驚きだった。そもそも女子の硬式野球部でもない限り、女子が野球部に入ることはほとんどない。それに舟形うちにはソフトボール部がある。

「へえ、そうなんだ。選手志望ね。いいよいいよ、ユー入っちゃいなよ」

 監督は某芸能事務所の所長のような返答をした。そんなに軽くていいのか。

「ちょっと待って下さい」

 その申し出に口を挟んだのは高瀬だった。

「部活紹介はしてなかったはずだろ? なのにどうして来たんだ?」

 確かに、そう言われればそうだ。

 グラウンドを使う日は一般の生徒が目にする可能性はある。でも、部活紹介も行われなかった部活に入りたいなんて思う奴は、そういないはずだ。

「あ、えーと、その」


「そこにいらっしゃる女子選手の動きに惚れたらしいです」

 なかなか切り出せない白河に代わって口を開いたのは、もう一人の女子だった。間髪を入れず、そいつは勝手に自己紹介を始めた。

「申し遅れました。私は1年2組の清川きよかわ有栖ありすです。性別は女、身長156cm、体重53kgで出身中学は……」

「ストップストップ! そのぐらいでいいから」

「……あ、すみません。それで私は、『まねーじゃー』志望です」

「……へ?」

 その場にいた部員全員が、一瞬固まった。


 *****


「いや、そういうことかぁ。まさか私のプレーを見て、ウフフ、いやお恥ずかしい」

 白河は野球経験もあるということで、遊佐が応対して話し相手になっている。口角が上がりっぱなしだが、まあ大丈夫だろう。取って食うような百合展開にはならないはずだ。……多分。

 問題はもう一人の方、マネージャー志望だと言う清川だ。聞くと、野球をやったことがないどころかルールも知らないらしい。理由を聞くと、「ウサが……白河さんが一人で入るのが億劫だと言うので、私も誘われました。部活にも入ってないですし、丁度いいかと思って」とのことだった。

「でもねえ、部活とはいえ、マネージャーの仕事は結構大変な部分もあるよ? やっていける?」

 監督が念を押す。

「やってみないことには分からないので、入部しようと思っています」

「じゃあ、そうだな。一応仮入部って形にして、体験してみて。正式に入るかは、それで決めて」

「……分かりました。担任の先生に伝えておいた方が良いでしょうか」

「うん……ええっといや、担任って誰先生?」

「幕ノ内先生です」

「うん、じゃあいいや。話は通しておくから。あの先生、ぶっちゃけ怖いでしょ?」

 どうやら、教師の業界にも好き嫌いが存在するらしい。

 初勝利後の部活は、こうして始まった。

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