第2話 終わり
その日、解散となった後、校門前で俺を含めた十人は話し合っていた。
「正直、どう思う?」
真っ先に口を開いたのは、泉田だった。
「そりゃあ、監督になってくれるのは有難いよ。でも、なんかさ……」
「胡散臭いな。何か、裏がある気がするぜ、俺は」
「でもさ、他に監督やってくれる先生は多分居ないし、信じてみるしかないんじゃない」
遊佐がそう反論すると、今泉も黙った。他のメンバーも沈黙。ただそれは、肯定の意味ではなく、他に選択肢が無いからだった。
**********
「久しぶり。という訳で、新監督の千歳です。皆よろしくね~」
「……」
俺たちは意気消沈していた。今日は既に三月の中旬。去年の九月から今日まで、公式戦どころか練習も一切無かったからだ。それに、四月には部活紹介をしなければならないのに、話し合いさえしていなかった。
「あれ、他に部員は居ないの?」
「俺たち十人だけです」
「ああそっか、二年生は全員強制退部になったんだっけ」
千歳は重大事項をいともあっけらかんと言うと、「じゃあ、今日一日は、『君たちの普段の練習』を、見せてもらおうかな」と続けた。
「え? それだけですか?」
「うん、今日はそれだけ。じゃあ、練習開始!」
そう言われたら、そうするしかなかった。
ランニング、キャッチボール、素振り、守備練習……。
俺たちは「いつも通り」にやった。
「これで終わり?」
「はい」
「よし、じゃあ集まって……って、もう集まってるか。休みは週何回だっけ?」
「二回です。日曜と水曜の」
「明日は土曜日か……。じゃあ、明日は休み」
「え」
俺たちはざわついた。いつもなら普段通りの練習か、練習試合をする予定なのに。といっても、わざわざウチと練習試合をしたがる学校なんて今は無いだろうが。
「その代わり、このアンケート、書いてきて。月曜までに」
そう言うと千歳は、プリントを一枚ずつ配った。
「正直に書いてね。じゃあ、終わり」
千歳はそれだけ言い残し、今週の活動は終わった。
帰宅後、俺は早速、プリントを読んだ。
なになに……。全部で九問あるのか。
『1:あなたがスポーツ活動をするうえで、最も求めるものはなんですか?』
『2:あなたの理想とするものは何ですか? または誰ですか?』
『3:あなたが野球を始めた理由は何ですか?』
『4:あなたの得意なことは何ですか? 野球に関係なくても構いません』
『5:あなたが、勝負事で最も大切だと思うことは何ですか?』
『6:前監督の指導方針について、個人的にはどう思っていましたか?』
『7:6の答えについて、その理由は何ですか?』
『8:新監督である千歳香奈について、第一印象はどんなものでしたか?』
『9:部活動停止期間に、何か成長したことはありますか? 無ければ「ない」と書いても構いません』
こんなアンケートをして、何か分かるというのだろうか。
半年の部活動停止期間がやっと明けたと思ったら、よく分からない新監督に練習を一日分潰され、おまけにこんなものまで渡してきた。教え子を知るためかも知れないが、やっぱりよく分からない。
俺はその時の気分で、適当に記入した。
**********
週明けの月曜日、部室にて。
「はい、じゃあこの前のアンケート、提出してね」
誰一人欠けることなく、全員が集まっていた。この野球部、出席率は高い。まあ、十人しか居ないから誰が休んだか一発で分かるのが大きいと思う。
「じゃあ今日も、『いつも通り』の練習しといて」
そう言われるのは二回目なので、俺たちは特に驚かなかった。
練習の合間に千歳の様子をチラと見ると、どうやら俺たちが書いてきたアンケートを読んでいるようだ。もうちょっと真剣に書いたほうが良かっただろうか。
そんなこんなで金曜日と同じメニューを終えた。
「怪我人とか居ないよね? じゃあ、今日は終わりです。お疲れさまでした」
「先生、ちょっと!」
今泉が呼び止めた。
「ん? なーに?」
「この前と今日と、見てるだけじゃないですか。監督ならもっと指示を出したらどうですか」
俺もそれには同感だ。すると、千歳からは意外な言葉が返ってきた。
「あーゴメン、私あんまり練習メニューとか詳しくないんだよね。君たちで決めてもらって構わないよ。勿論、怪我しない程度にね」
「じゃあ、何のために監督を引き受けたんですか」
「理由がなきゃいけない?」
「……ええ、そうですよ。少なくとも俺は、何の指導もしない奴にはついていきたくない」
「おい、今泉!」
高瀬が喝を入れる。今、野球部はただでさえ評判が悪いのだ。千歳にまで監督を辞められたら、それこそ廃部まっしぐらだ。
長い長い沈黙の後、千歳は口を開いた。
「……何の指導も、って、さっき言ったよね?」
「え? あ、まあ」
「指導なら出来るよ。『野球の』指導は、期待しないでほしいけど」
指導できる? でも野球の指導は期待するな? だとしたら、何の指導をするつもりだ?
俺の頭の中にはクエスチョンマークが並んだ。
「はい、解散、解散。続きは明日ね」
千歳は半ば強引に、今日を終わらせた。
◆◇◆追記
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