第6話 オーダー

「まず新庄栄のチームの中心は、投手の伊佐いさと捕手の南野みなみののバッテリーだね。伊佐は主に三番、南野は四番を打ってるから、打者としても評価は高い。あとは一番打者の遊撃手、赤倉あかくらも要注意かな。盗塁を積極的に狙ってくるよ」

 抽選決定後、俺たちは監督が持ってきた相手校の資料を読み合わせていた。僅か三日ほどでこれだけのデータを手に入れるのは凄いというほかない。

「俺こーいうの嫌い。俺が抑えるから研究とか別にいい」

 今泉は乗り気ではないようで、机に突っ伏している。どこから抑える自信が来るのか分からないが、投手としての負けん気があると解釈しておこう。

「いやいや、栄ってここ数年で一番の強力打線らしいぞ。お前、ストレート135キロだっけ? あと持ち球何がある?」

「カットボールとチェンジアップ」

「三つで抑えられるほど強豪校の打線は甘くないし、そうでなくてもチームの戦術に影響出るだろ、聞いとかないと」

 中学時代にチームメイトだったという米沢が窘める。二人はリトルシニアの出身で、中学時代からバッテリーを組んでいるらしい。なぜこんな超弱小校に来たのか謎は深まるばかりだが、今は相手の研究が先だ。

 ちなみにチーム研究の欲や熱度が同じくらいの場合、大体は格下が多く情報を得られる。理由は簡単で、格上のほうが公式戦の試合数が多いからだ。


「じゃあ今のところだけど、これオーダー表ね」

 そう言って監督は、プリントを配った。勿論変更する可能性もあるからね、と付け加えたが、野球をあまり知らないのにオーダーを組むのは大丈夫なのだろうか。


『一番 ⑧中堅手 高瀬(主将)

 二番 ④二塁手 吹浦

 三番 ①投手  今泉

 四番 ⑥遊撃手 泉田

 五番 ②捕手  米沢

 六番 ⑨右翼手 荒砥

 七番 ⑤三塁手 古口

 八番 ③一塁手 高擶

 九番 ⑦左翼手 瀬見』


 しかし配られたオーダーは、ほとんど予想したものと変わりなかった。ただ、俺が二番とはどういうことだろう。中学生時代は下位打線しか打ってこなかった。

「まず一、三、四、五番は最初に決まったんだけど、吹浦くん」

「はい」

「足はそんなでもないけど、小技利くし選球眼良いから、二番ね」

「あ、はい」

 小技は、バスター打法やバント、エンドランへの対応といったところだろう。一番の高瀬は足が速いから、エンドランは十分にあり得る。


「荒砥くんは状況に応じたバッティングセンスがある。古口くんは足が速いから、相手がホッと一息ついたところにかき回せると思う。高擶くんと瀬見くんは、……中学時代の打率順。適当でごめんね」

 サラッと「中学時代の打率順」と言う辺り、並大抵のリサーチではないことが分かる。

「それと県の高野連に確認してみたけど、ゆっちゃんはやっぱり試合に出してあげられない。ごめん」

「しょうがないですよ、あたし女子だし」

 監督は重ねて謝ったが、遊佐はあまり気に留めていないようだった。

 そう、遊佐は女子である。従って十人の中で唯一「試合(公式戦)に出られない」のであり(第1話参照)、監督も親近感からかあだ名で呼んでいる(前話参照)。

 え、言ってなかった? それなら今覚えればよろしい。


 **********


 そんなこんなで試合の日がやって来た。地区予選なので基本的に近隣の球場が使われるらしく、新庄市民球場の第二試合となっている。相手は言わずもがなの新庄栄。第一試合の四回終了時に行われたじゃんけんで高瀬は負け、舟形高校は後攻に決まった。どんだけ弱いんだ、高瀬。

 ちなみに統計はないが、一般に主将同士で行われる試合前のじゃんけんで勝つと、後攻を取るチームが多いと言われる。九回以降は同点ならサヨナラ勝ちのチャンスがあるし、延長で勝ち越されても裏の攻撃が残っている。1点2点のビハインドだとしても、追いついた時点でサヨナラの走者が塁上に残ることが多い。

 だからじゃんけんに勝って先攻を取るチームは、先に点を取って優位に立ちたいというところがほとんどである。つまり上位打線に絶対的な自信がある。

「じゃあ、お願いします」

 高瀬は新庄栄の主将、ごしと握手を交わした。そして監督と審判間で打順表の交換が行われる。両者が握手を交わし、試合開始前の手続きは終了した。

 新庄栄の監督が「向ごうの監督、すこだま綺麗だな」と砂越に言っていた、というのは高瀬に聞いた話で、高瀬はチーム一のおしゃべりである。それで主将としての威厳を持ち合わせているのだから、口下手な俺からしたら羨ましい限りだ。

 新庄栄の打順は以下のように判明した。


『一番 ⑥遊撃手 赤倉

 二番 ⑧中堅手 角沢つのざわ

 三番 ④二塁手 砂越(主将)

 四番 ②捕手  南野

 五番 ③一塁手 新町あらまち

 六番 ⑨右翼手 けん

 七番 ⑤三塁手 及位のぞき

 八番 ⑦左翼手 升形ますがた

 九番 ⑩投手  鳥越とりごえ


 新庄栄は公立校のため他県から選手を集めることはしていないらしいが、それでも地区内では強い。60年前の甲子園に出場したОBたちの協力で、近年になって室内練習場が作られたと聞く。この最北地区は豪雪地帯であることも相まって、昭和30年代の新庄西から甲子園出場校は出ていない。

 そして先発投手はエースの伊佐ではなく、左サイドスローの鳥越となっている。継投なのか舐められたのか分からないが、恐らく後者の可能性が高そうである。


「整列!」

 審判団が声をかけ、ホームプレートを挟んで整列する。

「新庄栄高校対舟形高校の試合を始めます。礼!」

 結局、練習試合すら出来ないまま、春の地区予選が始まった。




◆◇◆追記

 いよいよ試合編に突入です。なお、練習やその他の要素も取り入れていく予定ですが、現時点では試合描写がウェイトを占めると思います。なるべく間延びしないようにしますので、ご勘弁を。また、方言はその都度変換機能などを使っていますので、間違いがありましたらご教示頂けると幸いです。

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