第26話 日曜日

 12月の中旬。

 期末テストもどうにか切り抜け、今泉いまいずみ優一ゆういちは、自宅で寝っ転がっていた。今日は練習休みの日だが、野球漬けの毎日が望むところだと思っている今泉は、まさしく野球以外することがないのだった。

 外は晴れ。朝の澄んだ空気はとうに消え去っていたが、昨日の夜から雲一つない快晴が続いている。

 暇を持て余していると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

「よっ」

「……なんだ、またお前か」

 そこにいたのは、女房役の米沢健吾けんごだった。


 今の舟高野球部は、日曜日と木曜日が休み。木曜は職員会議の関係で元々休みだったが、現監督の千歳が就任してから一日増えた。

 つまり、授業がある木曜日はまだやることがあるものの、方針変更で丸々ぽっかり空くようになった日曜日。そこを埋めるだけの用事は、2人とも持っていないのだった。

 会話と野球。二つのキャッチボールが行き交っていた。

舟高ウチで一番、足が速いのは?」

「高瀬」

「守備が上手いのは?」

「古口」

「バントが上手いのは?」

「吹浦」

「バッティングが上手いのは?」

「それは四番に決まってるだろ。泉田」

 米沢が質問し、今泉が次々に答えていく。流石に「オレだ」とは言いにくいが、今泉も各項目で一・二を争うくらいなので、投球も含めて総合的に見たら、このチームで一番実力があるのは今泉だろう。

「まあ、それはそれとして、今泉」

「ん」

「舟高に来たこと、後悔してないよな」

「してねえよ。お前こそどうなんだよ」

「してねえよ」

 2人は、示し合わせて舟高へ来た。リトルシニア時代からバッテリーを組んできたということもあるが、米沢は高校でも今泉と組みたい、と常々思っていたのだ。

 しかし今泉は、さして強くもない、むしろ弱小の類に入る舟高を選んだ。今泉も米沢もいくつかの高校から声はかかっていたが、今泉は結果的に地元の学校を選び、米沢はそれを聞いてここへの進学を決めた。

「米沢」

「ん」

「関根がいなくなって、どう思う」

 関根とは、前監督の関根栄介えいすけのことである。

「千歳監督になってからってこと?」

「そう」

「まあ、ハッキリ言えば、かなり滅茶苦茶だな」

「なんで?」

「都合良すぎんだよ。俺みてえな野球バカに、考える力があるとかってさ」

「考える力なら、あるだろ」

「どこにだよ」

「だって、明二あきじくんと育三いくみちゃんの面倒も見るために、舟高選んだんだろ? 自分の意思で」

「……」

 優一は、今泉家の長男である。そして17歳の彼には、年の離れた弟と妹が一人ずついる。弟の明二は小学校四年生、妹の育三は保育園の年長。親は共働きだから、どうしても育三の迎えの時間には間に合わない。

 それで優一は、自ら世話役を買って出たのだった。

「それなら、もう自分で考えて動いてるじゃんかよ。今更増えたところで」

「……そういうところだけは鋭いな、お前」

 大石田おおいしだ町在住の今泉と、天童てんどう市在住の米沢では、より南に居住する米沢の方が通学が大変である。米沢はそれを分かっていて、今泉と同じ学校へ来たのだ。

「まあ、関根監督は、どこか適当すぎる気もしたけどな。だってあの人……」

 そこまで言って米沢は、言葉を止めた。

「あいつが、なんだよ?」

「いや。今の俺らには関係ないことだな」

 それに、少し調べれば出てくることだし。というのは、あえて言わなかった。


 *****


「……なんだ、またお前か」

 俺がドアを開けると、遊佐が立っていた。

「『またか』はないでしょ。吹浦の家に来るの、中学時代から数えても、まだ20回くらいだよ?」

「それは十分多い」

 逆になぜ、それほどの回数を多いと思っていないのか。

「あら、樹ちゃん、また来てくれたの」

 叔母さんも、そんなに歓迎してどうするつもりだ。

「お邪魔しまーす」

「ちょっとぉ」

 俺の部屋は汚いから、あまり見せたくないのだ。


 *****


「なんだ、またお前か」

「他に誰も来ねえだろ」

 小さい町の狭いコミュニティーでは、同じ人と何度も顔を合わせることは珍しくない。それは船形町も例外ではなく、休日に外出すると、大体見知った顔を見かける。声をかけないで通り過ぎることも多いが、なぜか野球部の面々は互いを無視することに抵抗を持っている。

 練習がない日は何をするのかというと、そこはもちろん人それぞれで、村山むらやま新庄しんじょう、山形まで買い物に出る者や、ゲームに勤しむ者、暇を持て余し過ぎて町内を自転車や徒歩でぐるぐる廻るだけの者もいる。そして、一番最後の文言に当てはまる荒砥と瀬見の二人が偶然出会い、何とはなしに駄弁っているところだ。

「高瀬の様子はどう?」

 突然、荒砥がそう切り出したものだから、瀬見は少し身構えた。

「いきなりなんだよ」

「そのまんまの意味。俺らも関係してるけど、あいつは高校から野球にだろ? お前、幼馴染だから俺よりは詳しいかと思ってさ」

「別に、お前が学校で見てる姿と変わりねえよ」

「そ」

「……なあ。ホントに、なんでいきなりそんなこと聞くんだ?」

「まあやっぱり、中学時代のことがあったからな」

「だからあれは……」

「分かってるよ。俺もチームメイトだったんだし、事情も全部知ってる。今更、本人の前で掘り返す気も無いよ」

「それならいいけど」

 高瀬は主将を務めているが、中学時代を含めると、野球人生は荒砥や瀬見より遥かに揺れ動いてきた。

「あー、暇だな。お前んち、ゲームある?」

「無いよ」

 もしあるなら、こんなところで超低速で歩き廻ってはいない。それを確認しあうと、荒砥と瀬見は、なぜか2人で同じ方向へ歩き出した。舟形駅の方向だった。


「おいおい、本当マジかよ」

 駅には4人の高校生。泉田、高瀬、高擶、古口が集合していた。駅の待合所が広いことと駅舎が地元の交流館を兼ねていることは差し引いても、行く場所が思いつかないことは一目瞭然だ。

「丁度いいや。こいつらの相手、してやってくれ」

 そう言って泉田は、小学生くらいのチビッ子たちを指さした。手にはトランプを持っている。

「外でトランプかよ」

 そうは言ったものの、断る理由もないのでババ抜きを相手した。この後、2回続けて荒砥と瀬見がワンツーフィニッシュして「容赦ねえな」と冷やかされるのだが、当の2人はというと、他人の見方が少し変わったような気がしていた。

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